見よ。わたしは盗人のように来る。
(ヨハネの黙示録第16章 15節 )
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これは、生命体(心と魂と肉体がある)ならいつでもどんなときでも
あてはまる。もちろんどこにいても。
思いがけないときに、主の訪問を受ける。主と顔と顔をあわせてお会い
できるということである。
何も再臨なさるときだけとは限らない。
このことはクリスチャンはだれでも経験することである。
わたしたちは心して主をお迎えしなければならない。
主はいつもどんなときでも、どこででもまるで(言葉はわるいが)ストーカーの
ようにわたしにくっついていてくれる。
わたしたちの多くはそのことに気づかないだけである。
心して祈ろう。
主に助けていただくために。
主イエス・キリストの御名によって。
アーメン。
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↓:ついせき。
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