origenesの日記

読書感想文を淡々と書いていきます。

須賀敦子『ユルスナールの靴』(河出書房新社)

2008-10-23 19:33:49 | Weblog
ベルギー生まれのフランス語作家マルグリット・ユルスナールは子どものような皮の靴を履いていた……。
ユルスナールの人生とその作品を描いた、須賀敦子のエッセイである。ユルスナールを描きながらも、著者はその過程で自らの半生を省みる。優れた文学者が優れた文学者を描くとはどういうことなのか、この作品はそれを端的に伝えてくれる。
ユルスナールの代表作『ハドリアヌス帝の回想』の内容に、著者が肉薄していく箇所が圧巻である。ローマの皇帝ハドリアヌス帝の生き様を空想するユルスナールとユルスナールの生き様を空想する著者。生きた時代も国も全く違うハドリアヌス・ユルスナール・著者を結ぶ空想上の糸が浮き彫りにされていく。ユルスナール歴史小説『黒の過程』では、16世紀のフランドル地方を生きた錬金術師ゼノン(パラケルスス、カンパネッラ、ブルーノをモデルにする)が主人公であるが、ここでもユルスナールの16世紀フランス・ルネッサンスへの想像力が、著者によって美しくなぞられる。これこそが、文学者が文学作品を読むということだろう。
著者はカトリック信者だが、若い頃アンドレ・ジッドの『狭き門』をシスターたちから隠れるようにして読んだという。ジッドの小説がプロテスタント的な内容だからだ。しかし、あまりジッドの世界観に耽溺することはなかったようだ。『狭き門』のヒロイン・アリスは当時の文学青年に人気があったみたいだけど……。

島田裕巳『宗教常識の嘘』(朝日新聞社)

2008-10-23 19:29:58 | Weblog
日本で一般的に信じられている宗教の常識には嘘がある。宗教学者として有名な著者が宗教の「意外な」事実を明らかにしている。キリスト教や仏教をある程度知っている人ならば常識的な知識も多々あったが、全体としては面白かった。
「仏教は世界の三大宗教にあらず」
仏教は意外と信者が少なく、上座部仏教の東南アジアや大乗仏教のチベット・日本を除くと広く信じられているとは言い難い。むしろヒンデュー教の方が信者人口は多いのではないかと著者は指摘する。世界三大宗教などという言い方をするのは日本人だけだとも。
「イスラム教に聖職者はいない」
イスラム教の宗教儀式をとりしきるのは法学者であり、世俗を捨てた聖職者ではない、という話。どのような信徒にも世俗的な生活や結婚を認めている点ではイスラム教はむしろ仏教やキリスト教よりも緩い。ユダヤ・キリスト・イスラムを一様に見なす誤りを著者は説く。
「イスラム教徒になるのはとても簡単」
「アラーのほかに神はなし」と宣言すればそれだけでイスラム教徒になれる。イスラム教は厳格な宗教のように認識されているが、必ずしもそうではないのではないか、というのが著者の主張である。著者はイスラム教の聖典コーラン(クルアーン)は「神の道」(宗教儀式の方法)を説いており、その点では神道にも近いと指摘する。
「隠れキリシタンは信仰を守れたのか」
実は明治以降も隠れキリシタンは存在した。長い間鎖国化の日本で信仰を守ってきた隠れキリシタンたちの一部は開国後も、本場のカトリックに馴染めずに、独自の信仰を長崎で守っていったという。戦後すぐの頃も存在していたが、現代ではその存在を確認することはできないようだ。さすがに絶えてしまったのだろうか。