TONALITY OF LIFE

作曲家デビュー間近のR. I. が出会った
お気に入りの時間、空間、モノ・・・
その余韻を楽しむためのブログ

Bunkamuraの長期休館に寄せて

2023-05-14 01:01:06 | 映画

エントランスのフロアから窓のあるエレベーターに乗って
6階のル・シネマへと駆け込むのが好きだった。
ドゥ マゴ パリのグリーンとパラソルを眼下に、オーチャードホールのフロアを抜け、
松濤の街並みが視界に入る頃すりガラスに遮られるのは残念に思いつつ、
屋根のない吹き抜けに面しているので、空の色に包まれて到着する。

Bunkamuraは渋谷の雑踏の先にあるオアシスのような空間である。
大学生になって上京したのとほぼ同時期にオープンした。
シアターコクーンで体験したスティーブ・ライヒのコンサート、
インドに傾倒するなかで観た映画「インド夜想曲」は初期の印象深いプログラムで、
それ以降N響のオーチャード定期やル・シネマを好んでチェックしているが、
建築としての魅力に開眼したのは比較的最近のこと。
ドゥ マゴ パリのテラスで開演前に一服していたとき、
空に直結した吹き抜けから届く雨が、墨色の床タイルを漆黒に潤していくのに見入った。
都会のオアシスたらしめているのは、間違いなくこの外気とのつながりなのである。
フロアマップによると、吹き抜け部分の底は「スパイン広場」という名称になっていて、
スパイン(Spine)とは英語で“背骨”を意味することから
この建造物の重要な仕掛けであることは間違いない。
背骨は恐らくドゥ マゴ側を貫く柱のことと思われたが、
逆説的に空洞そのものと解釈してもエスプリが薫ろう。

建築デザインは、フランス人建築家のジャン=ミシェル・ヴィルモット。
完成時に以下のメッセージを残している。
「我々が大切にしたのは時間に耐えるものであるということ。
フランスも日本も伝統的に、時を経て古びない文化やスピリットを持っている。
絵画、音楽、そして建築を含めて、その魅力を感じていただきたい」。
東京の街は相変わらずのスクラップ・アンド・ビルドなので、
東急百貨店本店の営業終了と、その後の開発計画のニュースを聞いたときには、
もしや取り壊されるのではないかと不安が過ぎった。
幸いなことにBunkamuraは「長期休館」であるというから、
この美しい建物が大規模改修を経てどのように姿を現すのか、2027年に期待したい。

休館に入る直前の週末、オーチャードホールの公演に足を運んだ。
終演後のドゥ マゴ パリは一時間待ちの状態。
店内の席はかなり前に予約で埋まって、名物のタルトタタンは午前中に売り切れたという。
ガッカリしたのが半分、名残りを惜しむファンが多いことを内心うれしくも思った。

備忘録として以下はル・シネマで鑑賞した映画:
1991 インド夜想曲
1993 めぐり逢う朝
1993 愛を弾く女 ※ダニエル・オートゥイユ出演作
1994 さらば、わが愛 覇王別姫
2007 厨房で逢いましょう
2012 ミラノ、愛に生きる
2012 クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち
2013 ローマでアモーレ
2013 危険なプロット
2014 ブルージャスミン
2014 白鳥の湖
2014 グレート・ビューティー/追憶のローマ
2014 リスボンに誘われて ※ポルトガルの独裁政権時代の一端を知る
2015 トレヴィの泉で二度目の恋を
2015 マジック・イン・ムーンライト
2015 イタリアは呼んでいる
2015 ベティ・ブルー/愛と激情の日々
2015 ヴェルサイユの宮廷庭師
2016 グランドフィナーレ
2016 パコ・デ・ルシア 灼熱のギタリスト
2016 アンナとアントワーヌ 愛の前奏曲(プレリュード)
2016 人間の値打ち ※期待を大きく上回った作品
2016 ブルゴーニュで会いましょう
2017 ミラノ・スカラ座 魅惑の神殿
2017 セールスマン
2018 君の名前で僕を呼んで
2019 幸福なラザロ
2019 イル・ヴォーロ with プラシド・ドミンゴ 魅惑のライブ~3大テノールに捧ぐ
2020 冬時間のパリ
2020 17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン
2020 ポルトガル、夏の終わり
2020 シチリアーノ 裏切りの美学 ※イタリア語をたっぷりと浴びた
2020 パヴァロッティ 太陽のテノール
2021 ヤンヤン 夏の想い出
2021 ヘカテ
2021 ファーザー
2021 クレールの膝
2021 皮膚を売った男 ※期待を大きく上回った作品
2022 アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド ※期待を大きく上回った作品
2022 白いトリュフの宿る森
2022 英雄の証明
2022 マイ・ニューヨーク・ダイアリー
2022 さよなら、ベルリン またはファビアンの選択について
2022 さらば、わが愛 覇王別姫 ※再上映
2022 トリコロール/赤の愛
2022 わたしは最悪。
2022 魂のまなざし ※画家ヘレン・シャルフベックを知る
2022 太陽が知っている ※ロミー・シュナイダー出演作
2022 彼女のいない部屋 ※前評判どおりの斬新な映画表現
2022 気狂いピエロ
2023 モリコーネ 映画が恋した音楽家
2023 すべてうまくいきますように
2023 逆転のトライアングル

アンジェリカの微笑み」や「セザンヌと過ごした時間」のように
予告編で目にしたものを借りて、家で観ることもあった。
N響を聴くならオーチャード公演を贔屓にしていたし、随分と足繁く通ったものだ。

https://www.bunkamura.co.jp/fete2014/design/
https://www.bunkamura.co.jp/archive/?hall=cinema


アトランティスのこころ

2013-06-23 17:15:09 | 映画
2002年公開の映画『アトランティスのこころ』。
観ようと思っているうちに10年以上も経っていた。
親友の訃報から子供時代の回想に入る冒頭も、大人の入り口に差し掛かった年頃を描いているところも、
『スタンド・バイ・ミー』を髣髴とさせる。

アンソニー・ホプキンズ演じる超能力をもった老人テッドは、ボビーという少年にこう言った。
「子供の頃は楽しいことがいっぱいで、まるで不思議の国にいるようだ。アトランティスのような。大人になると心は壊れてしまう。」
そしてボビーが近所の同級生キャロルにキスをすることになると予言した。
 テッド「(キャロルとは)キスしたか?」
 ボビー「まさか」
 テッド「そのうちきっとする」
 ボビー「やめてよ」
 テッド「ハハ、するさ。君の人生のすべてのキスは、そのキスには到底及ばないだろう」
その晩、お祭りで観覧車に乗った二人。
トラブルでストップしたタイミングにボビーはキスをした。
一瞬戸惑ったものの、「ねえ、もう一回」とキャロル。
地上に降りる前の束の間、あまりにもパーフェクトなシチュエーションのファースト・キスに
テッドの言葉の重みが増すというもの。

一人観終えてから、この夏9歳になるミンモを思い出さない訳にはいかなかった。
この映画に描かれている11歳はもうすぐそこまで迫っているではないか。
七五三を終えた頃から幼児の面影が徐々に消えていくのを感じていた。
北米の小学校に通わせているので成長は写真とスカイプから。
思い出について「老いるほどに鮮明に思い出すね」とアンソニー・ホプキンズ。
監督のスコット・ヒックスいわく「どんな人間の人生も記憶から成り立っている」。
みずみずしい時代の出来事が異国の地ですてきであるようにと、ただただ願わずにはいられない。