TONALITY OF LIFE

作曲家デビュー間近のR. I. が出会った
お気に入りの時間、空間、モノ・・・
その余韻を楽しむためのブログ

映像的クラシック Vol. 2 ~「24の前奏曲 作品28 第3番 ト長調」by ショパン

2024-05-19 13:33:40 | 音楽

湖面を飛行する昆虫を、遊覧船のデッキから見つけた。
5月のきらめく陽光のなか、羽を超高速で震わせながら、滑るように進んでいる。
ブーンという羽音がかすかに一瞬だけ聞こえた気がした。
どうか水中や大空からの魔物に捕まりませんように。
そんな心配もよそにやがて対岸に到達すると、茂みのなかへと消えていった。

湖面飛小虫
五月光愈煌
雖羽高速滑
可到岸姿消

この曲も左手の鍛錬に尽きる。
羽のばたつきを微塵も感じさせることなく、ただ滑らかに、ひたすら優雅に。
冒頭の左手のパッセージは6小節繰り返され、そのあとの7小節目は
ユーミンの♪「やさしさに包まれたなら」や♪「ダンデライオン」とも共通するコード進行だ。
風を味方に加速してみたり、高度を調節してみたり、小さな生命が自由自在に輝く。
22と23小節目の左手のF#は羽のノイズ。
ポゴレリチの録音が一番それっぽい。
最後の4小節は両手のユニゾンとなり、その安定感は着陸を想起させる。

昨年初めて取り組んだエチュードがあまりに難しく、一曲が短い前奏曲を何曲かさらうことにした。
3番以外には、1番、13番、20番あたりが好みである。
ゴールデンウィークに足を運んだ横山幸雄さんのリサイタルに触発されて。

2024.5.3
横山幸雄「横山幸雄 ピアノ・リサイタル 入魂のショパン Vol.15」@東京オペラシティ コンサートホール


YUMING MUSEUM@東京シティビュー

2023-02-26 14:45:50 | 音楽

六本木ヒルズ・森タワーの52階。
広告で目にしていた空間が最初のエリアだった。
高い天井から舞うようにディスプレイされた譜面や歌詞は、
アルバム『パール・ピアス』のジャケットを彷彿とさせる。
グランドピアノの周辺に降り積もった様子は、
50周年という♪「経る時」をイメージしての砂時計の底といったところか。
1枚1枚を覗き込むと、そこには初めて目にするユーミンの字体。
少しだけ丸みを帯びている。
清書されたものよりも、二重線が引かれてまさに創作の最終段階と思しきものが多く、
いきなりテンションが上昇した。

そのあとの肉筆が展示されたコーナーでは、たくさんの発見に時間を忘れそうになった。
例えば荒井由実時代の♪「晩夏」はメモのような状態で、
タイトルはないまま冒頭に「1975.9.10 in Yokote」と記されている。
全体のまだ3割程度でありながら、「ひとり」というキーワードとともに作品の方向性は定まっているようだ。
♪「Corvett 1954」はユーミンの生まれた年と勝手に結びつけていたものの、
当初は1953であったことに驚き、
♪「緑の町に舞い降りて」はタイトルのあとに括弧で(MORIOKAモリオカ紀行)と添えられているのを見つけ、
これが英語タイトルの「Ode of Morioka」に昇華されていたのだと解釈した。

かつてインタビューでユーミンが作詞における生みの苦しみを、
鶴が自分の羽毛を抜いて糸の間に織り込んでいく「鶴の恩返し」の一場面に喩えていたことを思い出す。
念写のような気持ちで言葉を紡ぎ出すとも語っていた。
世の中に発表されているのとは異なるフレーズを目にする度に、
パズルの最後のピースはここだったのかという興奮に包まれる。
極めつけは、アルバム『DAWN PURPLE』のなかの♪「遠雷」。
2行目の「冷めたカップ ペイズリーの煙草のけむり」は特に惹かれる一節なのだが、
ここはなんと「冷めたカップ 薄い煙 めくらないページ」となっているではないか。
「めくらないページ」は削ぎ落とされ、煙の動きにフォーカスした結果の「ペイズリー」。
部屋のなかの静物と対比され、より映像的になっていると感じるのである。
貴重な幼少期の写真からシャングリラに出演したロシア人のメッセージまで
実に盛りだくさんの内容であったが、
創作の過程を垣間見られたことがやはり一番贅沢であった。

ユーミンの声で展示をナビゲートしてくれたのもいい。
日没の時間帯だったので、昔エフエム東京でやっていた「サウンドアドベンチャー」を思い出した。
売店のエリアに来場者交流の場としてストリートピアノを置いてみてはと思った。
ピアノの得意なファンがユーミンの名曲を代わる代わる奏でたに違いない。

記念のグッズ購入は、ジャケ写をあしらったミニノートと行く前から決めていた。
1つずつシルバーの袋に入っていて、中身は前もって分からないという。
初めて買ったLPレコード『VOYAGER』になる確率は40分の1ということになる。
結果はなんと『ユーミン万歳』! 袋から独特の赤が覗いた瞬間、すぐに分かった。
大当たりのような気もするし、オリジナルアルバムのほうが何らかの思い入れと重なったかもしれないし、
最新のベストアルバムを引き当てた偶然をどのように味わったらよいのか
頭のなかをまだぐるぐるとしている。

YUMING MUSEUM(ユーミン・ミュージアム)
2023.2.23@東京シティビュー
かみさんからの誕生日プレゼント


映像的クラシック Vol. 1 ~「ヒースの茂る荒れ地」by ドビュッシー

2021-05-15 21:21:11 | 音楽
冒頭の右手ではるかスコットランドの彼方へと誘われる。
ドローンが飛び立って空中撮影をしたかと思うと、今度は地表で風に震える花芽にフォーカス。
荒涼とした大地の俯瞰とそこに息づくミクロをレンズが行き来する。
ヒースは日本の園芸店ではエリカとして目にする植物なのだとか。
例えば「夢」が白の絵の具を少しずつ足しながら筆を重ねていくかのような
まさに印象派の絵画を想起させるのに対し、
「ヒースの茂る荒れ地」はカメラワークを大胆に取り入れた映像が浮かぶのである。

初めて弾くショパン 〜 ピアノ・ソナタ第3番第3楽章

2018-07-15 12:38:55 | 音楽

物語は「ドウロ河流域の小さな町」の夜景からスタートする。
カメラは雨の降りしきる或る通りへとフォーカスしていき、
そのあいだバックに流れていたのがショパンの「ピアノ・ソナタ第3番第3楽章」。
ポルトガルの巨匠、マノエル・ド・オリヴェイラ監督の映画『アンジェリカの微笑み』である。

実はエンドロールのクレジットで確かめるまでショパンと気付かなかった。
さらにマリア・ジョアン・ピリスの名前を捉えたとき、2度目の衝撃を受けた。
まるでこの映画のために作られたのではないかと思わせる巧みな選曲は、
ポルトガル出身のピアニストによって奏でられていたのである。
テロワールの一致は心の土壌にも深く沁み込んだ。

緩徐楽章ならばなんとかなるかと思い、譜読みを開始したのは今年の1月。
この曲は以前にも耳にしたことがあるはずだが、この映画と出会うまで素通りしていた。
家にあったCDを聴くと、かなりゆったりめに奏でるピアニストが多い。
前後の楽章とのコントラストを意識してのことと思われる。
この楽章のみを弾くので、一番早いミロシュ・マギンの演奏をお手本にした。

中間部分には海を感じる。
より低い音域の鍵盤へ移ると海の底に潜っていく。波間に揺れる光が遠ざかる。
再現部の左手の動きには水面を撫でるような心地よさがある。
ところどころ現れる定型のトリルは意外に難しい。
締めの2段は大事に弾きたい。
最終小節の前の休符には何か想いを凝縮させる。
H-durは黒鍵が5つ。白鍵に比べて幅が狭い分、指先の焦点が研ぎ澄まされる感覚になる。

https://www.youtube.com/watch?v=US7C_XnQeM8


サウダージの影を踏む

2018-01-08 20:42:37 | 音楽
11th(イレブンス)のコードから第5音を抜く。
答えはコレだった。

イヴァン・リンスの♪「ヴェラス」をピアノで耳コピしながら、
最初のコードがDm7とは若干異なっているのが以前から気になっていた。
どうやって音を重ねているのか、遂にギターのコード譜から読み解くと、
なんと引き算という結果だったのである。
D-F-A-C-E-GからAを抜いて、D-F-C-E-Gと重ねることで手に入るその響き。
3度ずつ重ねられた梯子の一段が消えるとほんの少しだけ不安定になる。
それが心の襞に引っ掛かる。
サウダージの正体はこんなところにあるのかもしれない。
いや、些細な発見なのだからサウダージの影の端っこを踏んだ、ということにしておこう。

Songbook IVAN LINS - Volume 1
Idealizado por Almir Chediak
Irmaos Vitale S. A. Industria e Comercio, Sao Paulo, Brazil

楽譜探しの小さな旅

2016-12-12 01:16:03 | 音楽
ワンクリックの買い物では味わえない図書館での楽譜探し。
実物を手に取って中身を確認しながらというのは久々の感覚である。
お目当てはショスタコーヴィチの『24のプレリュードとフーガ 作品87』。
第1番のプレリュードを、ヨハン・セバスティアン・バッハの『平均律クラヴィーア曲集』第1巻第1番のそれと
並べて演奏することを思いついた。
大曲に挑む余裕のないなか、18世紀と20世紀の聖典の冒頭を並べるという選曲の工夫で乗り切りたい。
どちらもハ長調で、すべての調性を網羅する大規模な連作の入り口に相応しい親しみやすさと、
非常にモダンな響きを湛えている。
バッハはあまりに有名な分散和音、一方のショスタコは和音中心という違いも互いを引き立てるに違いない。

検索で最初に引っ掛かった日本語タイトルのものは、あいにく別の場所に所蔵されているという。
次に “Russian Piano Pieces” という作品集を当たったところ、残念ながら第1番は収録されておらず、
あとはロシア文字の羅列から類推するしかなかった。
作品番号が決め手となって、2つヒットしたものは出版社がロシアとドイツのもの。
ここはキリル文字が神秘的な前者がいい。
それにロシア版は冒頭にプレリュード第1番の自筆譜の写真が載っている。
これがマティスを彷彿とさせる実に魅力的な線なのである。

母校は美術館の完成によって印象が大きく変わってしまった。
一方でレンガの門柱に乗った外灯は通っていた頃のまま。
すぐに辿り着けなかった分、探し物を見つけた充実感は高まって、上野公園を歩く足取りは軽かった。

ラ・ボエームとジランドールの休日

2016-12-11 00:38:47 | 音楽
新国立劇場の『ラ・ボエーム』を13年ぶりに観た。
パリの屋根が連なったスクリーンが上がると、カメラのズームのようにとある屋根裏部屋が現れるという
粟國淳氏の演出を覚えていた。
♪「冷たい手を」は、この世で最も美しいものに出合った気分にさせてくれる。
詩人のロドルフォが「貧乏な暮らしでも心豊かに愛の歌や讃歌を創作している」と自己紹介するあたりから一気に胸が熱くなる。
第1幕で登場するこのアリアに心底酔いしれるには、開演前にアルコールを口にしておくべきだった。
第2幕の舞台を埋め尽くすほどのキャストも記憶に残っていた一方で、
忘れかけていたのが第3幕の魅力。
「春に別れることにしたから願っていたい。永遠に
冬が続くことを」というミミのセリフに
招待した両親もやられたようだ。
雪の降らせ方の強弱にまで切なさが行き届いている。
ムゼッタのカップルの痴話喧嘩と四重唱にしてしまうところもいかにもオペラらしい。

劇場を出ると、残酷なほどに舞台の世界は遠ざかる。
例えばウィーンのホールでモーツァルトを聴くと、外に出ても彼が生きた時代の街並が残っているという。
そのような連続性は東京では望めないものの、せめて電車には乗りたくなかった。
パークハイアットに昇って、燭台を意味する “ジランドール” で観劇の余韻を味わうことにした。

ボエームは冬のオペラ。
クリスマスの装飾が街に現れ始めたこの時期によく似合う。
今回のメインキャストは
ミミ:アウレリア・フローリアン
ロドルフォ:ジャンルーカ・テッラノーヴァ
マルチェッロ:ファビオ・マリア・カピタヌッチ
ムゼッタ:石橋栄実
指揮者のパオロ・アリヴァベーニ、オーケストラ、美術、照明といった脇役も質の高いことが窺われた。
オペラはボエームだけでいい、というのは言い過ぎだろうか。
王道の演出と舞台セットで鑑賞できれば尚更である。

2016 11.26 sat
新国立劇場

♪「GREY」〜 ユーミンのセルフカバーを聴く

2016-11-11 02:02:18 | 音楽
ヨーロッパの石造りの街並みが浮かんでくる歌詞。
教会音楽に影響を受けたという原点を思い起こさせるアレンジ。
昔の声とは変わってしまったこともこの曲では重厚感を生み出す効果に転じている。
ユーミンの新作『宇宙図書館』の抜粋をチェックしながら、ラストの曲♪「GREY」を思わずダウンロードした。
アルバムの切り売りはユーミンの本望でないことを知ってはいたものの、
まずはこの一曲にだけどっぷり浸りたいと思った。

ユーミンが他のアーティストへ提供した楽曲を、自身のアルバムでセルフカバーすることは珍しくない。
なかには制作が間に合わず、カバーに甘んじたのではないかと意地悪な見方に傾くこともあったのだが、
♪「GREY」は見事なまでに新作のテーマと符合している。
大学に入った夏、レンタル屋さんで偶然手にした小林麻美のアルバム『GREY』。
ユーミンの全面プロデュースにより、そのエッセンスが香水のように華やかに噴霧された作品だった。
様々なレビューにはタイトル曲のセルフカバーを待望するコメントが早くから残されており、
1987年の発表から実に29年を経て、パズルの断片の如くぴったりなアルバムに収まったことになる。

それにしてもあらゆる情報を検索できる時代というのに、小林麻美が歌った音源にヒットしない。
ネット通販の中古CDは5,000円超。
この週末は昔ダビングしたはずのカセットを探すとしようか。
久々に雑誌の表紙にカムバックしているし、発売元が再発に動く可能性にも期待したい。

ユーミンのアルバムは綿密に練られた曲順も聴きどころであり、
最後に置かれた作品はそのアルバムのテーマやメッセージそのものを語って余韻となる。
一曲目をアルバムのタイトルチューンが飾り、終曲で再びテーマを繰り返すというテッパンの手法が
『宇宙図書館』における♪「GREY」でも披露された。
『REINCARNATION』における♪「経る時」と等しい構図だ。
膨大な作品群のなかに埋もれることなく、いぶし銀の味わいを堪能できたのは、ユーミンが今も現役で走り続けていてくれるからこそ。

リオの心はアントニオ・カルロス・ジョビン

2016-09-04 01:31:14 | 音楽
夏季五輪開催都市のなかで、リオデジャネイロのような昂揚感を与えてくれた都市があっただろうか。
トライアスロンがコパカバーナのビーチからスタートしたときは南米初の開催を実感したし、
雨模様の男子マラソンでコルコバードのキリスト像が雲間から姿を現していたのもドラマティックだった。
また開会式や閉会式のみならず、シンクロなどではサンバの曲で盛り上がるシーンをいくつも見た。
ありふれた都市とは異なる強い個性を纏っていて、熱量がある。

そんなリオ大会の余韻を味わいたくて、イヴァン・リンスのブルーノート東京公演へ出掛けた。
ビッグバンドと共演する一夜限りの公演は会社の仲間と、
同じリオ出身のジョイス・モレーノとのジョイントは、台風が接近するなか、残業帰りにふらっと。
本来ならばイヴァンの単独を望みたいところだが、
昨年古稀を迎え高齢になってきている影響かもしれない。
“A Tribute to Rio by 2 Cariocas” という副題が添えられた後者は、
前半がイヴァン、後半にジョイスで、クロスタイムは二人でジョビンを慈しむかのように歌った。
五輪中はサンバの印象があまりに強く、存在が遠ざかっていたジョビン。
音楽の輝きが玉のように溢れだすデュエットを眼の前にして、
リオの心はジョビンにあるのではないかということに思いが至った。
何せ空港の名前は「アントニオ・カルロス・ジョビン国際空港」である。

ジョビンと言えば、マイケル・フランクスもトリビューターの一人。
ブラジルがテーマだったり、ボサノバ・テイストの楽曲にも事欠かない。
♪「ジャルダン・ボタニコ」は、冬のケネディ空港を飛び立って、クリスマス休暇をリオで過ごすという設定。
「バナナの樹の下で雨やどり、人生はこんなにも優しい」と歌われる。
トライアスロンの自転車が駆け抜けた坂道には南国らしい植物が茂っていて、歌詞の世界が膨らんだ。

ブラジリアン・ミュージックの複雑な転調は、
飛行機の旋回する窓からリオのパノラマが次々と斜めに現れるかのような感覚を呼び起こす。
シュガーローフにコルコバードにイパネマのビーチ…
ヴァリグ・ブラジル航空は消滅してしまったそうだが、気分が上がるそんなフライトを一度は体験してみたいものだ。
閉会式のトーキョーショーがあまりに見事で、クールダウンに時間が掛かった。
ジョビンの穏やかな調べのようにようやく熱狂の夏が終わろうとしている。

BLUE NOTE TOKYO ALL-STAR JAZZ ORCHESTRA directed by ERIC MIYASHIRO
with special guest IVAN LINS
2016 8.26sat.

JOYCE MORENO & IVAN LINS -A Tribute to Rio by 2 Cariocas-
2016 8.29mon

http://www.bluenote.co.jp/

プーランクの「ノヴェレッテ第1番」を弾いてみて

2016-03-07 01:26:59 | 音楽
リヒテルやアラウ、和音をがっしりと掴んでピアノの躯体を芯から響かせるようなピアニストが好きだ。
しかしながら最近、ピアニシモで滑らかに奏でられるパッセージもまたピアノの魅力であることに気付かされている。
きっかけは久々に人前で演奏したこと。
昨年目標に立てた3曲のうち、プーランクの「ノヴェレッテ第1番」とチャイコフスキーの「舟歌」をモノにした。
本番の録音を聴くと、せっかくさらってきたのだからと言わんばかりの凹凸に反省。
食事に例えるならばお茶漬け、小品はさらっと弾くのが相応しいのである。

2年前のパスカル・ロジェのコンサート。
前から2列目に座ったこともあり、意外に音量があると驚いたのも事実なのだが、
それでも伸ばした音符のなかに柔らかく旋律を収めるやり方など
洗練された味わいに嘆息した。
その演奏はフランスの水や空気を摂取しているからこそ、
あるいはフランス語という言語に育まれて初めて可能となるように思われた。
一緒に出掛けた友人が「寿司食ってちゃダメなんだなあ」と冗談交じりに漏らしたのは図星。
ドビュッシーやプーランクが作曲したときの湿度すら、共通の感覚としてロジェの内側に流れているのだろう。

小山実稚恵も優美なフレージングに魅力が宿っているタイプ。
そもそもピアノとは、指の太さに逆らって、一番細い小指で最も強調したい音を鳴らす楽器である。
親指の打鍵は力を半分以下にしたり、独立した動きを取りにくい薬指をコントロールしたりして凹凸を排除する。
その滑らかさをお手本にしたい。

ところで、ライブの醍醐味は安全運転のストッパーが外れる瞬間。
コントロールとパッションが徐々に拮抗し、やがて後者が前者を凌駕するときが訪れる。
ロジェは最初の「ベルガマスク組曲」のあと、小山は後半のショパンの「バラード第1番」から解き放たれた。
2014年に足を運んだ2つのピアノのコンサートは、久々に向き合ったピアノの練習の糧となっている。
残る一曲、ドビュッシーの「夢」はあと一息。

2014.5.27
パスカル・ロジェ ピアノ・リサイタル《ソワレ》@大田区民ホール・アプリコ 大ホール
2014.11.29
小山実稚恵「小山実稚恵の世界 第18回 ~粋な短編小説のように~」@Bunkamuraオーチャードホール