さぬきの歴史

さぬきの歴史やお寺のことなど

志度寺の仁王門

2022-01-30 09:54:18 | 志度寺
志度寺の仁王門は法隆寺の東大門、東大寺の転害門と同じ形式の
三棟造りです。

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仁王門は、寛文10年(1670)高松藩初代藩主松平頼重の寄進により
再興されたと伝わっていますが、この三棟造の建築様式は
奈良時代特有の建築様式らしいです。
仁王門自体は、奈良時代からあったということでしょうか。
奈良時代(710~784)



藤原宮子

2020-12-16 22:41:39 | 志度寺
志度寺に伝わる「縁起絵」の背景を探っています。

志度寺には縁起文7巻と縁起絵6幅が伝わっています。
そのうち、
「讃州志度道場縁起絵」⑴⑵では、
志度浦に来た藤原不比等と地元の海女が結ばれて、不比等の二男、「房前」が生まれたことになっています。

藤原不比等で調べてみると

  • 父:藤原鎌足(ただし、前述の通り一書に天智天皇の皇子と記される)。
  • 母:車持与志古娘(車持国子の女。ただし、不比等の母は鏡王女とする説が有力)。
  • 妻:蘇我娼子または媼子 - 蘇我連子の女
    • 長男:藤原武智麻呂 (680-737) - 南家祖
    • 次男:藤原房前 (681-737) - 北家祖
    • 三男:藤原宇合 (694-737) - 式家祖
  • 妻:五百重娘 - 不比等の異母妹。もと天武天皇夫人
    • 四男:藤原麻呂 (695-737) - 京家祖
  • 妻:賀茂比売 - 賀茂小黒麻呂の女[11]
    • 長女:藤原宮子 (683?-754) - 文武天皇夫人、聖武天皇母
  • 妻:県犬養三千代(橘三千代) - 県犬養東人の女。もと美努王妻で文武天皇と聖武天皇の乳人
    • 三女:藤原光明子(安宿媛、藤三娘)(701-760) - 聖武天皇皇后(光明皇后)、孝謙(称徳)天皇母
  • 生母不明
    • 二女:藤原長娥子 - 長屋王室
    • 四女:藤原多比能(吉日) - 橘諸兄室
    • 五女?:藤原殿刀自 - 大伴古慈斐室[12]
『麻績氏系譜』では「中臣不比登」は「妻麻貫玉取ノ子ヲ養嗣」とし、それが房前公であったとしている。  (ウィキペディア)


房前は、歴史上では、蘇我娼子の子供となっています。
それが「志度道場縁起」では、志度の海女が生んだ子となっています。
どうして、そんな話ができたのか、もしかして、本当にそんなことがあったのかな、と思わせてくれるのが、古代史の面白いところなのですが、
今日、不比等の長女で、文武天皇夫人、聖武天皇母の藤原宮子に、
「海女だった説」があることを初めて知り、驚愕しました。

紀州の海女説
梅原猛は、『海人と天皇』新潮文庫(9503)で、宮子は不比等の養女であり、紀州の海女であったとする説を考証している。
「文武天皇が紀州御坊へ療養の旅をしていたとき、美しい海女を見初めたが、いくら美女でも海女の娘では后にはなれないので、権力者・不比等が一旦養女とし、藤原の貴種として嫁入りすることとなった」というのである。
(ウィキペディア)

もうこれ、絶対、不比等と海人族との間に深いつながりがあるとしか思えません。


ここで面白いブログを見つけました。


それから気になるのが
宮子の母とされる賀茂比売 。

志度寺の近くに、房前の母である海女が息絶えた真珠島いうのがあるのですが、その島のある土地は、「鴨庄」「鴨部」という名の地なのです。
この地に昔、加茂族がいたという証ではないのか、と以前からうっすらと思っていました。

房前の母親も加茂族だったのかな~?
縁起絵では「凡直」だったと言われています。
「凡直」も海人だったらしいです。

これも気になりますね。↓

『麻績(おみ)氏系譜』では「中臣不比登」は「妻麻貫玉取ノ子ヲ養嗣」とし、それが房前公であったとしている。  

志度寺

2020-07-17 22:35:00 | 志度寺

17日は月に一度の、志度寺閻魔様ご開帳の日です。
それに気づいたのが14時頃。
慌てて家事を済ませて、のんびり歩いていきましたら、
ああそうでした。
7月は年に一度の志度寺御本尊のご開帳の日でもあったのです。



いやあ、よく思い出したわ。

15時まででしたから、ギリギリでした。
本堂の中は撮影禁止なので、写真は
撮れませんでしたが、
拝観料500円を払って、本堂の中に入らせて頂くと、
御本尊についての説明が始まったばかりのようでした。

志度寺縁起の、薗子尼が流木で御本尊を彫らせたお話や「ポタラ」とは観音様のおられる「補陀落山」のことであるとか、
志度寺にまつわるお話をいろいろ聞かせて頂いて、
「良い話が聞けた」と
その場にいた皆さん、たいへん喜んでいました。

本堂の中には、御本尊の十一面観音と脇侍の不動明王立像、毘沙門天立像の他、秘仏の歓喜天や愛染明王、薗子尼の像もあるんですよ。

慌しく出かけたのですが、良い時間が過ごせました。

もちろんその後、
閻魔大王様と奪衣婆様にもお参りしましたよ。



地獄の入り口で亡者の着ぐるみを剥がす
怖いお婆さんですが、
女性ですので、女性を守って下さるとも
言われています。

何度もお参りするうちに、親しみを
感じてしまっています。