さぬきの歴史

さぬきの歴史やお寺のことなど

一宮寺

2020-03-15 14:27:00 | おへんろ
今日は、四国霊場83番札所、一宮寺に行ってきました。

一宮寺HP




一宮寺のお隣の田村神社には何度も来ているのですが、一宮寺は初めてです。

諸国に一宮が建立されたとき、行基によって堂塔を修築。
讃岐国一宮・田村神社の第一別当職となり、寺号を一宮としました。
大同年間(806~810)に弘法大師が逗留、聖観音像を刻み、
本尊として安置。このとき、宗派も真言宗に改められた。

延宝7年(1679)高松藩主松平頼重によって、田村神社別当職を
解かれ、神仏は分離した。



一宮御陵
三基の宝塔で、田村神社の祭神である孝霊天皇(こうれいてんのう)・百襲姫命(ももそひめのみこと)
・五十狭芹彦命(いさせりひこのみこと)の供養塔と言われているそうです。




鐘の響きが良かったです。



山門には大きなわらじが。



本堂です。写真を撮っているのを知っていて、どかないうちの夫。

写真を撮り損ねましたが、大師堂がとても大きくて素敵でした。





この薬師如来の小さな祠は、「地獄の釜」と伝えられていて、
心がけの悪い人が、地獄の釜の音を聞こうと、首を突っ込むと、
石の扉が閉まり、頭が抜けなくなるのだとか……。





御朱印と八十八カ所の納経印が別にありました。



不安なご時世なので、
気持ちが明るくなるような、きれいなお守りを買いました。



さぬき市へんろ88ウォーク

2019-11-03 21:39:15 | おへんろ



今日はこれに行ってきました。
歩いたのではなく、スタッフの方です。

私は大窪寺の西側にある仁王門を入った所にある手水場の横で、
「コースはこちらですよ~」と
声をかけるのが役割でした。



家を出るときは晴れていたのに、
山の上のせいか、ずっと曇り空、
「寒いですよ」と聞いてはいたが、
本当に寒い。

高い、高い所にあるのだなあ、と改めて思いました。

5時間近くいましたが、
お遍路ウオークに参加している人が皆ここを通るので、
娘が幼稚園の時にお世話になった先生と25年ぶりくらいに会えたり、
志度からの長距離walkerの中に、知り合いが4、5人もいたりで、
なかなか楽しい一日となりました。


手水場のすぐ横に立派な鐘楼堂があります。
この鐘は享保元年(1716)に徳川光圀の実母が
梵鐘を寄進し、後に明治14年に紀州で改鋳された
ものだそうです。

ずっとこの前に立っていたので、たくさんの方が鐘をつく様子を
見ることができましたが、皆さん、楽しそうでした。
お寺の鐘は、仏様にご挨拶をする意味で鳴らすので、
本堂への参拝の前につくのが正しい参り方で、
参拝後につくのは「戻り鐘」と言われ、縁起が悪いとされています。

長距離を歩いて来た人たちの、しんどいけれど、達成感で
満足そうなお顔を見ているうちに、私も歩きたくなってきました。

今でも毎朝、20分くらい歩いていますが、もっと歩く距離を増やして、
来年は、一番短い5kmコースに挑戦してみようかな~~。



前山おへんろ交流サロン開館20周年記念

2019-09-22 23:12:28 | おへんろ
今日は、さぬき市前山にあるおへんろ交流サロンの
開館20周年記念行事に行ってきました。


台風の影響で、行きは土砂降りの雨の中、どうなることかと思いましたが、


県知事、国会議員、さぬき市市長、などなど……お偉いさんがたくさんお祝いに駆けつけて下さって、このおへんろ交流サロンが、いかに地域の人たちに大切に思われているかということが、ぺーぺーの私にもよくわかったのでした。


四国遍路を世界遺産に!

という大きな目標に、四国四県で取り組んでいます。



スタッフTシャツ頂きました。😁 


地域のお母さんたちのお接待。

これぞ、さぬきうどん!



日本という国は、国の形や人の考え方も、仏教の変遷と共に、
造られてきたように思います。
四国遍路のことを調べることは、日本人の歴史をたどることになります。

でもだから、最近の日本は不安定なんでしょうか。
確固たる信仰心がなくなってしまって、心の芯がなくなってしまっている。

という私も何かを特別に信仰しているわけではないのですが。