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宝田明さんの終わらない戦争・・・戦争体験の語り部

2022年03月18日 09時09分32秒 | 記録しておきたいヒト・モノ・本・映画
つい昨日、記者クラブで戦争体験を語る動画を人に勧めたばかりの俳優の宝田明さんが亡くなったとラジオニュース。
 
 
初代ゴジラはアメリカでもヒットしたが、水爆実験の結果に海底での眠りから目覚めた怪獣という反核実験テーマはカットされた怪獣映画だったが、のちにオリジナル版がアメリカでも公開された。宝田明さんは海外のゴジラ上映の際はゲスト招待され、「人間のエゴで眠りから覚まされたゴジラが殺されるのは理不尽で、初めての試写会のゴジラの最後の場面では涙がとまらなかった」と語っていたそう。
 
 
少年時代を戦時中のハルピンで過ごした宝田さんは、ゴジラ映画、ダンデイな二枚目、喜劇となんでもこなす東宝のドル箱スターであった一方、映画で流暢な中国語や達筆を披露することも多かったが・・・。
 
小学5年の時に日ソ中立条約を反故にしてソ連軍が満州に軍事侵攻、関東軍は在留邦人を置き去りにして逃亡し、ハルピンはソ連軍が暴行・略奪・凌辱を好き放題にする無法地帯となった。
 
宝田少年も自動小銃でわき腹を撃たれた。麻酔なしで裁ちバサミで摘出した弾丸は、国際条約違反のダムダム弾(鉛の散弾)だった。
 
日本人女性が白昼堂々とレイプされる現場も目撃した。
 
記者クラブでは語っていないが、宝田少年の家にもソ連兵が押し入り貴金属類を強盗、そして母親が隣りの部屋に連れていかれたが、その30分ほどの間になにをされたのかは母親が亡くなるまで聞けなかったと涙を流して語る動画もある。
 
命からがら帰国船の待つ港に到着したが、青酸カリで殺処分できなかった飼い犬がキャンキャン鳴きながらどこまでも追いかけてきた・・・本籍地の新潟県村上市で戦後を過ごした。
 
どんなに優れた芸術と言われても、ロシア文学、ロシア映画、ボリショイサーカスやボリショイバレイなどは途中で嘔吐してしまい、生涯触れることができなかった。太平洋戦争は終結しても宝田さんの戦争は終わっていなかった。
 
晩年になって戦争体験を語り始めたのは、人気商売だったことと、口にできないほどの体験であったから。
 
しかし昨今の日本の政治動向をみるにつけ、このままでは戦前に戻ってしまうと危機感を持ち、積極的に戦争体験を語るようになったようだ。
同じ新潟県人でもあり、シベリア抑留生活を送った三波春夫さんも最晩年に「二度と戦争は起こしてはいけない」と戦争体験を語り始めた。
彼らの戦争体験は、戦争を知らない世代への遺言。ちなみに満州鉄道の技術者だった宝田さんの父親が村上藩士族の家系で、宝田さん自身は朝鮮生まれの満州育ち。
 
ニュース映像で流れるドンパチは「戦闘」であって、「戦争そのもの」ではない。
 
戦争を知らない世代は、善悪二元論で戦争を語ったり、したり顔で国際政治や陰謀説を論じる前に、戦争体験者の言葉に耳を傾けるべきではないか。
 
もっと長生きして語り継いで欲しかった。ご冥福をお祈り申し上げます。
 

俳優 宝田明氏 「戦後70年 語る・問う」(29) 2015.8.6



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