伯父の戦記_26_甲板整列と山腹の灯(1)

　伯父の戦記の本編です。
　今回の掲載分は、伯父が新兵としてその教育を受け、いよいよ実戦配置に就くため、最初の任務となる「戦艦比叡」に乗艦することになった際の話です。
　伯父は淡々と書いていますが、乗艦することになった「比叡」は、天皇のお召し艦としても知られています。この艦に乗艦することになった伯父の心中は高揚したものであったと思います。
　画像は本文とは直接の関連はありません。「比叡」の母港は横須賀市の東京湾側でしたが、画像はその横須賀市の相模湾側の小さな漁港の現代の風景です。

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甲板整列と山腹の灯(1)

　この想出は、私が新兵教程を卒業して戦艦比叡に乗艦し、なれない艦隊勤務についたいわゆる実施部隊における新兵生活の一コマである。

　戦艦比叡は長い航海「作戦」を終え、昭和17年4月23日に母港横須賀に帰港し、「ドック」に入った。それは言うまでもなく艦の補修と整備、そして乗組員の休養にあった。
　私共はこの時に乗艦することに決まった。海兵団での教育期間中、教班長から度々、「貴様達のようなダラシない意気地なしの兵隊を乗せる艦は今の帝国海軍にはない」と言われながらも厳しい海兵団の訓練に励む毎日であった。
  私達新兵は、当時その教班長の言葉を心から信じこんでいた。そして教育期間終了間近くなった頃、私達新兵の転勤先が発表された。しかし私は教班長の言葉と違い配属先は戦艦比叡であった。
　又、ある者は陸上部隊に、ある者は艦隊勤務へと配属先が発令された。そして数日後には共に教育を受けた仲間達とは別れ別れに、それぞれの任務先に出発することになった。
　私は幸か不幸か夢にまで見た艦隊勤務を命ぜられ、感激と誇りとを強く胸に抱きしめ4月某日比叡に乗艦すべく、懐かしくそして厳しかった海兵団の衛門を後にしたのである。

　逸見埠頭に到着した私は、艦隊配属となった他の新兵達に混じり迎えの「ランチ」を待っていた。埠頭には戦艦へ行く者、或いは空母、巡洋艦、駆逐艦へと乗艦する兵隊でゴッタ返していた。
　その顔は、皆緊張と不安のせいか幾分青ざめていた。暫くすると各艦から新兵引き取りの担当か下士官が現れ、それぞれの艦へ誘導され乗艦していった。

　数分後、比叡乗組員集合の号令が鋭く耳をつんざいた。私は夢中で衣のうを担ぎ急ぎ足で集合場所へと走った。そして次の号令を待った。暫くすると「整列、番号」の号令がかかり人員点呼があった。それから下士官より士官に人員異状なしの報告がなされる。
　私達新兵は、只、号令の一つ一つを忠実に聞こうとするだけで頭が一杯になり五里霧中の行動だった。漸く迎えの「ランチ」で埠頭を離れたのである。
　その折り強烈に目に入った光景は、25才前後の下士官が20才くらいの若い士官の号令一つで動く動作の機敏さに驚いた。この時、初めて鍛えあげられた海軍のりりしい姿を見せられ心新たにしたものである。新兵をギッシリ乗せた「ランチ」は波に揺られながら沖へ沖へとと進んでいった。

　私は目を皿のようにし自分の乗艦をこの艦か、あの艦かと胸を踊らせながら見当をつけてみた。しかしどれもみな的はずれであった。それから十分も経過したであろうか、眼前に城のような大艦が目に入った。
　その時である。突然引率士官から、「前方に見えるのがこれからお前達が乗艦する戦艦比叡である。よく見ておけ。」と紋切り型の説明があった。その姿は重く、力強く、堂々とした威厳ある雄姿そのものだった。
　さすがに戦艦だなァーと思うと同時に若い私の血潮は燃えた。やがて「ランチ」は比叡の外舷に到着、私達新兵は慣れない足どりで甲板に上り整列した。そして士官より乗艦の祝いの言葉と艦歴の説明、その他の訓辞を聞いた。
　私等は緊張のせいか、顔をつつ張らせながらも比叡乗員であることを自覚し、肝に命じたのである。
（以下続く）

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