伯父の戦記_28_甲板整列と山腹の灯(3)

2007-08-11 | 伯父の戦記



 「伯父の戦記」本編、「甲板整列と山腹の灯」の3回目、今回でこの編は終わります。伯父は手記を定年退職後に書き始めたようです。それは今から20年くらい前のことで、今編は南太平洋のニューアイルランド諸島にある「カビエン」という地に駐屯した方々の軍人会の会報に昭和58年に掲載されたものです。

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(
前回より続き)

 こうした毎日、兵隊が本当に体を休ませる時間と言えばハンモックに入った時だけである。そのハンモックに入ってからも男泣きに泣いている者をあちこちに見た。
 私は、こうした制裁と労働は監獄以上の残酷なものであると思うと憤まんやるかたなかったが、一方又この整列の意義について何かわかるような気もしてきた。
 それは服従の精神を養うことに繋がる教育の一つでもあること、兵隊の殆どは軍隊に入る前はその職業も雑多である。その集団であるから主義も思想も違うし、動作も緩慢このうえない。
 従ってこうした集団を短期間のうちに戦うことのできる兵隊として作り上げるには又必要欠くべからざるものかと。
 戦闘では一人でも違った行動をとれば統率は乱れ、そればかりでなく大きな敗因ともなりかねない。というような私は私なりの理解に努力をしてみた。しかし、それにしてもえらい所へきてしまったなあーと心の底では思ったものだ。

 それから数日後、甲板掃除、そして巡検後である。突然私達新兵に前記のような整列がかかった。かねてより覚悟はしていたものの、とうとう来るものがきたのである。私達新兵も古い兵隊の中に加わりその制裁をまっこうから受けることになった。
 その時は、全身から血の気はなくなり、暗い、せつない地獄の一丁目にいるような気持になった。それに追いうちをかけるように罵声、怒号がとぶ。
 次はお定まりに説教と「ビンタ」、
精神棒が唸りをあげて尻に食いこんできた。最初の一発二発目のバッターは、頭のてっぺんにズシンとくる痛みを感ずる程度だが、三発目あたりからは何が何だかわからなく、気が遠くなり無我の境地となる。
 この洗礼を受けてみると、精神教育という理解よりも苦痛の方が優先し、毎日毎日夜のくるのが恐ろしかった。そして早く戦闘に参加して自分の乗っているこの艦が沈んでしまうことを願ったものだ。又加害者側のことを考えると、よくもまぁ・・・毎日説教したり叱る材料があるものだと感心もした。
 下士官から見れば、新兵はまだまだ軍人精神に欠けた、たよりない半人前の兵隊なのかもしれない。

 或る夜、日課になっている甲板整列の終わった後、一人で露天甲板に出た。それは、只現在の自分から脱皮したい、そして別の人間になる。即ち勇気と忠誠心に燃えた誇りうる自分を探し求めるためだった。正に自分自身の戦いであった。
 この時、艦上の私に強く焼きついた光景は、夜空に輝く星でもなければ海上に光る艦の灯でもなかった。それは墨色に染まった山腹に点々とともる民家の灯であった。今思うとその灯の光は、温かさと優しさ、懐かしさがあふれていた。そしてそこに想像したものは、自然と愛情につつまれた一家団らんの光景だった。私にも数ヶ月前まではこうした日々を送っていたものをと、こんな気持を胸に秘め郷愁の思いでこの灯をみつめた。暗闇の中にともる灯がこれほど私の心を和やかにし、夢を抱かせる温かいものとは思ってもいなかった。私は現在の自分を忘れ、暫くその山腹の灯のとりこになっていた。潮風が頬を優しくなでる静かな夜だった。
 突然誰かの靴音が近づくのを知り現実に戻され、早々に居住区に引きあげていった。(完)

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