■□ 写真タイトル と 撮影場所 □■
クレマチス
空堀川沿いの民家にて (撮影: H290617) |
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「唱歌ラヂオ」 は結局、同梱されていた 「ACアダプター」 はクレーム扱いにならず、手持ちのアダプターを使うことになったが、納得出来かねる対応だった。
一昨日からはこのラジオで唱歌を聴く機会が増えたが、妻も結構口ずさんでいるからその姿を見るだけで私の気持ちも充分に落ち着いてきた。
妻と静かな環境で唱歌を聴いていると、無骨者の私でも遙かに遠い幼い頃の情景が浮かんでくるから不思議だ。
想えば戦後のある時期までは何もかも不足がちな環境の中では、唯一つの楽しみはラジオから流れる音楽を聴くことだった。それは唱歌であり、童謡であり、そして歌謡曲だった。
「門前の小僧、習わぬ経を読む」 の例えの通り、聴いているだけで憶えた歌が多いので、このラジオから流れる唱歌の多くは馴染みのある音調だから懐かしい想いが湧いてくる。
私のような世代はそんな時代に育ったから、今時の団体女子で踊りながら歌を唄うことなどにはあまり親しめない。東海林太郎さんのように直立不動でマイク無しでも広い会場に響き渡る歌手に憧れたものだった。
この 「唱歌ラヂオ」 には100曲が集録されているが、私の大好きな 「里の秋」 は見当たらない。 「里の秋」 は唱歌では無く、童謡の部類に入るからだろうか?
それとテレビと違ってラジオは音声からその歌の持つ情景を自分なりに頭に浮かべられるから、いささか歳を重ねた脳細胞にリフレッシュな刺激を与えてくれるかもしれない。
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歌えなく忘れている歌でも、ある日突然
思いだして全フレーズを歌う・・
そんな事をブログの友人が語ってくれました
梅雨になると、亡くなった母が歌ってくれた
こんな曲を・・其れが何故か全部歌える
いままで何十年も一度も歌った事が
ないのに・・不思議ですね
唱歌に心打たれるようになるとは思いませんでした。
でも戦後の楽しみと言えば歌を聴くくらいでしたから
それは無意識に憶えているようで
何十年経っても忘れることもないようです。
妻も同じように唄っていますから
唱歌は私たちには想い出の歌となっているようです。
今は小学校では唱歌などは教えていないでしょうが
日本人にとっては歌の故郷のような歌詞が多いのは
唱歌は捨てがたいものがあると思っています。