青い空が大好きな゛bluesky531゛の徒然日記

日常の出来事を日記風に徒然なるままに書いています。

小学生時代の恩師からいただいた13年前のハガキに感涙

2018-03-03 06:30:00 | 報道・ニュース

■小学3・4年生担任の恩師からのハガキ

 先日、家内は、引出しにあったと言いながら一通のハガキを出してきました。

 私が小学3年生から4年生の時に担任だった恩師からいただいた今から13年前のハガキでした。

 平成17年12月5日の消印で、先生からのハガキを読んでみると、その年の平成17年5月11日94歳で亡くなった母の喪中ハガキに対する返事でした。

「御母上様の悲報に接し驚いています。心からご冥福を御祈り致します。

 『僕が夜中に目をさますと、母はいつもチクチクチクチクと何かを縫っている・・・』

 という作文を思い出します。

 夜も頑張っていた御母上様を想像致しております。

 94歳の長寿にあやかりたいものですね。あと9年で私も94歳。あの世とやらでお会いして思い出話などをするのも楽しみです。もうすぐですね。

 御健康をお祈り致します。」

 私は、小学生の時からずっと先生へ年賀状を差し上げていました。

 先生からのハガキを読み返してみると、亡くなった母が、夜なべをして縫物をしていた時期があったことを思い出しました。

 私の同級生のお母さんが着物を縫う内職をしていて、私の母が、それを手伝っていた時がありました。

 何日まで仕上げなければならないということで、夜、遅くまで縫物をしていた母を見ていた私が、作文を書いて提出したのではと思いました。

 先生は、45年前の作文の内容をしっかり覚えておいでだったのではと思うと感慨深いものがありました。

 校長先生で退職された先生ですから沢山の生徒をご指導され送別されたことを思うと不思議な気持ちになりました。

 私自身、先生との思い出は、いっぱいありました。

 同級生と一緒に先生のご自宅へ何度が遊びに行ったことがありました。

 先生のお母さんが作ってくれたお昼ごはんの「親子丼」が忘れられません。勿論、初めて食べた「親子丼」でした。その時は、「親子丼」という名前さえ知らず、ハイカラな美味しい卵ご飯と思っていました。

 今でも「親子丼」を食べるたびに先生のお母さんが作ってくれた昔の「親子丼」を思い出します。

 先生からの年賀状は、2016年までありました。

 今年の年賀状を差し上げていましたが、ご返事がありませんでした。

 どうされておられるのかと思いながら、実家の兄へ先生のご様子を教えてもらうようにお願いしました。