財部誠一の「ビジネス立体思考」
尖閣沖事件、中国国内は静かな反応
尖閣諸島沖の東シナ海で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突、船長が逮捕された事件は、中国国内でどのように受け止められているのだろうか。
丹羽宇一郎中国大使を夜中に呼びつけ、閣僚の訪日予定を一方的にキャンセルし、旅行客1万人の日本ツアーまで中止。9月21日には国連総会出席のためにニューヨークを訪れた温家宝首相が、中国人船長の「即時、無条件釈放」を日本政府に迫った。報道される中国政府の対応だけを見ていると、中国国内の反日感情はいまや燎原(りょうげん)の火となり、中国全土を覆いつくしているかのように思いがちだが、事実はまったく違う。
■上海の日本食レストランは若い中国人で店はいっぱい
「上海の日本領事館にペンキや石が投げつけられた2005年の反日デモの当時と比べものになりません。一般庶民レベルでは反日運動など何も起こっていない。静かなものです」
中国滞在30年の日本人ビジネスマンによれば、少なくとも上海では反日感情の高まりなどまったく見られないという。
「中国人船長の拘留延長が決まった晩に、食べ放題飲み放題の日本食レストランに行きました。さすがに今日は中国人客がいないだろうとの予想に反し、若い中国人で店はいっぱいでしたよ。北京の日本大使館前に集まったデモ隊も参加者は100人程度だったうえに、公安によって完全にコントロールされていたし、05年に起こった反日デモの当時と比べたら無風といってもいい」
■デモはしっかり押さえ込んだ北京政府
05年、中国各地で起こった反日デモのすさまじさは私自身も現地取材を通じて良く知っている。デモ隊の投石やペンキの投げつけで破壊された上海総領事館や、店内を完全に破壊された日本食レストランなど、暴徒化した中国人の悪辣(あくらつ)ぶりには度し難い怒りを覚えたものだ。また、日本製品不買運動を呼びかける携帯メールが大量に送りつけられ、巻き添えを恐れたタクシー運転手が日本人の乗車を拒否するなど、上海在住の日本人が身の危険を感じるような場面が少なからずあった。
だが21日現在、当時と比べたら、上海は無風だ。05年と今と、いったい何が違うのか。
最も大きな違いは北京政府の対応だ。表向き、中国共産党の幹部は船長の逮捕、拘留延長など、日本の対応を厳しく非難しているものの、反日デモについてはしっかりと押さえ込んでいる。そもそも05年に起こった反日感情むき出しのデモは間違いなく組織化されていた。中国共産党青年団が組織した「官製デモ」という理解が一般的だ。繰り返すが、共産国家である中国では、自然発生的にデモが起こり、破壊活動をしながら街を練り歩くなどという行為は起こりえない。反日デモも政府の意思がなければ成立しない。それが共産国家、中国である。
05年とは対照的に、中国政府は反日デモをしっかりと押さえ込んでいるし、日本製品不買運動の呼びかけメールなども、現時点では一切ないという。05年には日本食レストランを破壊した中国人の若者が、今回は日本食レストランの食べ飲み放題に興じているという現実を知るべきだろう。
■日中の経済的な相互依存関係は抜き差しならない
もちろん、だから今回の事件は簡単な話だと片付けるわけにもいかない。中国漁船による海上保安庁の巡視船に対する体当たりに対して公務執行妨害を問うだけの話で終わるのか、それとも日中の領土問題にまで広げてしまうのかで、この事件が日中関係の今後に与える重大性はまったく異なるものになってしまう。
それは中国も承知しているはずだ。日本国内の報道を見ていると、ややもすると日中関係の悪化で日本ばかりが経済的損失を被るかのような発言も見受けられるが、そんなことはない。いまや日中の経済的な相互依存関係は抜き差しならないところまできている。政治問題の取り扱いしだいで双方が経済的ダメージを被ることくらい中国政府は百も承知だ。ただ国内世論への配慮もあり、振り上げた拳を簡単には下ろせない状況にある。
落としどころをどう作るか。
まさに菅政権の外交手腕が問われている。
2010年9月22日 日経BP
尖閣沖事件、中国国内は静かな反応
尖閣諸島沖の東シナ海で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突、船長が逮捕された事件は、中国国内でどのように受け止められているのだろうか。
丹羽宇一郎中国大使を夜中に呼びつけ、閣僚の訪日予定を一方的にキャンセルし、旅行客1万人の日本ツアーまで中止。9月21日には国連総会出席のためにニューヨークを訪れた温家宝首相が、中国人船長の「即時、無条件釈放」を日本政府に迫った。報道される中国政府の対応だけを見ていると、中国国内の反日感情はいまや燎原(りょうげん)の火となり、中国全土を覆いつくしているかのように思いがちだが、事実はまったく違う。
■上海の日本食レストランは若い中国人で店はいっぱい
「上海の日本領事館にペンキや石が投げつけられた2005年の反日デモの当時と比べものになりません。一般庶民レベルでは反日運動など何も起こっていない。静かなものです」
中国滞在30年の日本人ビジネスマンによれば、少なくとも上海では反日感情の高まりなどまったく見られないという。
「中国人船長の拘留延長が決まった晩に、食べ放題飲み放題の日本食レストランに行きました。さすがに今日は中国人客がいないだろうとの予想に反し、若い中国人で店はいっぱいでしたよ。北京の日本大使館前に集まったデモ隊も参加者は100人程度だったうえに、公安によって完全にコントロールされていたし、05年に起こった反日デモの当時と比べたら無風といってもいい」
■デモはしっかり押さえ込んだ北京政府
05年、中国各地で起こった反日デモのすさまじさは私自身も現地取材を通じて良く知っている。デモ隊の投石やペンキの投げつけで破壊された上海総領事館や、店内を完全に破壊された日本食レストランなど、暴徒化した中国人の悪辣(あくらつ)ぶりには度し難い怒りを覚えたものだ。また、日本製品不買運動を呼びかける携帯メールが大量に送りつけられ、巻き添えを恐れたタクシー運転手が日本人の乗車を拒否するなど、上海在住の日本人が身の危険を感じるような場面が少なからずあった。
だが21日現在、当時と比べたら、上海は無風だ。05年と今と、いったい何が違うのか。
最も大きな違いは北京政府の対応だ。表向き、中国共産党の幹部は船長の逮捕、拘留延長など、日本の対応を厳しく非難しているものの、反日デモについてはしっかりと押さえ込んでいる。そもそも05年に起こった反日感情むき出しのデモは間違いなく組織化されていた。中国共産党青年団が組織した「官製デモ」という理解が一般的だ。繰り返すが、共産国家である中国では、自然発生的にデモが起こり、破壊活動をしながら街を練り歩くなどという行為は起こりえない。反日デモも政府の意思がなければ成立しない。それが共産国家、中国である。
05年とは対照的に、中国政府は反日デモをしっかりと押さえ込んでいるし、日本製品不買運動の呼びかけメールなども、現時点では一切ないという。05年には日本食レストランを破壊した中国人の若者が、今回は日本食レストランの食べ飲み放題に興じているという現実を知るべきだろう。
■日中の経済的な相互依存関係は抜き差しならない
もちろん、だから今回の事件は簡単な話だと片付けるわけにもいかない。中国漁船による海上保安庁の巡視船に対する体当たりに対して公務執行妨害を問うだけの話で終わるのか、それとも日中の領土問題にまで広げてしまうのかで、この事件が日中関係の今後に与える重大性はまったく異なるものになってしまう。
それは中国も承知しているはずだ。日本国内の報道を見ていると、ややもすると日中関係の悪化で日本ばかりが経済的損失を被るかのような発言も見受けられるが、そんなことはない。いまや日中の経済的な相互依存関係は抜き差しならないところまできている。政治問題の取り扱いしだいで双方が経済的ダメージを被ることくらい中国政府は百も承知だ。ただ国内世論への配慮もあり、振り上げた拳を簡単には下ろせない状況にある。
落としどころをどう作るか。
まさに菅政権の外交手腕が問われている。
2010年9月22日 日経BP