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【時事(爺)放論】岳道茶房

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10/31余録

2010年10月31日 | コラム
10/31余録 政治的良心はどこへ行った

 政治家の潔い出処進退といえば石橋湛山元首相が思い浮かぶ。自民党総裁選での2・3位連合で岸信介氏に逆転勝利して内閣を組織したが、体調を崩しわずか2カ月で退陣した。1957年2月のことだ。

 「この際思い切って辞任すべきであると決意するに至りました。……私の政治的良心に従います」。石橋氏は辞任の意思を党幹部らに伝える書簡にこうしたためた。作家の半藤一利氏によると、その退陣はある種の感慨をもって「あの日の主張」を想起させたという(「戦う石橋湛山」)。

 その主張とは--。1930年11月、浜口雄幸首相が東京駅でピストルで撃たれて重傷を負い国会に出てこられなくなった。これについて石橋氏が翌年春、自らが主幹を務める東洋経済新報の社説で、浜口首相は意識が回復した時に辞任すべきだったと論じたことを指す。

 石橋氏の首相辞任は、26年前に浜口首相を批判した自らの主張に対するけじめだったのかもしれない。半藤氏は「昭和6年に浜口を裁いたように、昭和32年の自分を裁いた」とその言行一致ぶりをたたえている。翻って、鳩山由紀夫前首相である。

 6月の退陣表明の際「次の総選挙に出馬しない」と明言した舌の根の乾かぬうちに、政界引退の考えを撤回した。「国難というべき時に自分だけ『はい、さようなら』では失礼ではないか」との思いが募っているのだそうだ。

 首相辞任と政界引退は違う。石橋氏は首相辞任後も衆院議員を続けた。だが、四半世紀も前の言論に責任をもった政治家と、4カ月前の発言をあっさり撤回する政治家の落差はあまりに大きい。政治的良心はどこへ行ったのか。

10/30中日春秋

2010年10月30日 | コラム
10/30中日春秋

 中国故事に、「石に枕し、流れに漱(くちすす)ぐ」というところを「石に漱ぎ、流れに枕す」と言い間違えた男の話があって、夏目漱石の漱石がそれに由来することは、よく知られている。

 これも言ってみれば、言い間違いに原因する事故である。二〇〇一年に静岡県上空で発生し、多数が負傷した日航機同士のニアミス。最高裁が先日、指示を誤った管制官ら二人に、刑事責任を認める決定を下した。

 当時、管制官は、一方の航空機にすべき「降下」の指示を誤って他方の航空機にしてしまった。操縦士は、衝突防止装置(TCAS)の「上昇」の警告より管制官の指示を優先して、降下。すんでのところで回避はしたが、危うく衝突につながるところだった。

 無論、多数の命を預かる職責を思えば管制官のミスの意味は重い。だが、管制業務は過密で「一日一回は言い間違いをする」と明かす管制官もいるほど。それに、何より、言い間違いとは縁を切れぬのが人間だ。

 実際、この事故を機に、指示が矛盾した場合、操縦士は管制官でなくTCASに従うようルール化された。人間より機械の信用が上とは寂しいが、いたしかたない。

 あの故事では、言い間違いを指摘された男は「流れを枕にするのは耳を洗うため、石に口をすすぐのは歯を磨くためだ」と言い張る。だが再発防止のためには、この手の強がりを言ってもいられない。

10/30産経抄

2010年10月30日 | コラム
10/30産経抄

 近所の垣根のヒイラギが白い小さな花をつけ、甘ずっぱいような香りを放っている。葉っぱの縁が鋭いトゲ状になっていて、うっかり触れると疼(ひひら)く。つまりヒリヒリと痛むから、この名前がついたのだという。漢字では「柊」である。

 トゲはむろんわが身を守るためだろうが、人間も結構これを利用してきた。防犯のため家の周りに植えたのもそうだが、鬼がこのトゲを嫌うという伝説から魔よけにも使う。節分の日にヒイラギの枝にイワシの頭を刺して戸口に飾るのもその意味らしい。

 花や香りは毎年のことだが、今秋はいつになくそのトゲが凛々(りり)しく見えてしまう。尖閣諸島をめぐる事件で、日本が自国の領土ひとつ守る術(すべ)も持たないことが明白になったからだ。とりわけ民主党政権は、国を守るためのトゲを自ら摘んでいっているように思える。

 もっとも、一人一人の政治家は、立派なトゲをお持ちになっている。それもヒイラギに負けない痛くて硬いものだ。例えば仙谷由人官房長官は、野党やマスコミの批判に対して法律用語を駆使し「恫喝(どうかつ)」まがいの答弁をすることで反撃するのがお得意のようだ。

 蓮舫行政刷新担当相は自民党の小泉進次郎氏の質問がシャクに障ったのか「人を指さすのはやめて」とトゲをいっぱいにふくらませる。小沢一郎氏にいたっては与野党の「出てきて」コールにも側近をトゲに仕立て閉じこもったままだ。まるでハリネズミのように見える。

 つまりはトゲの向け先が間違っている。日本を攻撃する中国などではなく、日本国民や野党に向けられているのだ。国会に提出された中国漁船の衝突のビデオを、中国に配慮して国民には公開しないなど、論外と言うしかない。

10/30編集手帳

2010年10月30日 | コラム
10/30編集手帳

 「神田古本まつり」でにぎわう東京・神保町の古書店街を散策して、ひとつ買い物をした。研究社出版『英和笑辞典』で時価1000円也(なり)、奥付には「昭和36年9月30日発行」とある。

 ぱらぱらめくってみると〈【duty】義務=うんざりして受け、いやいや遂行し、はれやかに吹聴する〉、あるいは〈【Eve】イブ=貴方(あなた)よりいい男がいたのよ、と言えなかった女〉など、どれも気が利いている。

 以前の持ち主が気に入った個所なのだろう、幾つか傍線が引いてある。〈【mirage】空中楼閣=綴(つづ)りがmarriage(結婚)に似ており、意味もほとんど同じ〉や〈【wedding】婚礼=自分で花を嗅(か)げる葬式〉などの傍線をみれば、その方面でご苦労されたお方か。

 傍線ひとつに、名前も知らぬ人が「ね、ここ、いいでしょう?」と顔を出す。読書は著者との対話だといわれるが、かつての所蔵者を交えての“鼎(てい)談(だん)”も古書をひらく楽しみに違いない。

 読書週間が始まった。虫の声、雨の音、そして〈【book】本=声なき言葉〉――秋の夜更け、じっと耳を澄ますものに事欠かない季節である。

10/29中日春秋

2010年10月29日 | コラム
10/29中日春秋

 人間は実にいろいろなものを発明してきた。だが、まだ、不自由なくおしゃべりに使えるような、真に実用的な自動翻訳機はない。

 この星の上で過去に起き、今も起きている紛争が多く、使う言語の違う者同士の衝突であることを考えれば、これほどまたれる発明もない。もし実現すればノーベル賞もの、しかも平和賞がふさわしかろう。

 そもそもは「バベルの塔」がいけなかった。『旧約聖書』によれば、あれですっかり神が怒って、ばらばらの言葉をしゃべるようになさるまで、人間はただ一つの言葉を話していたのだから。

 かくて、共通言語も失い、さりとて完璧(かんぺき)な自動翻訳機も持たぬのが、現世(うつしよ)のわれわれ。だが、それでも多言語という宿痾(しゅくあ)を超えて、何かを、何とかして伝えたいと願うのも、また人間だ。そう考えると、言いたいことを相手の言葉にする翻訳が、何か少し崇高な行為にさえ思えてくる。

 こういう愉快な翻訳なら余計だ。上方の落語家、桂小春団治さんの活動である。日本語でやり、字幕をつける形で、過去二十近い国で落語を公演してきた。十二カ国語の字幕を持ち「地球の半分を笑わせられる」とは痛快だ。

 古典落語には日本独自の風習も多く出てくる。ところが、どこにも似たことはあるようで案外、理解されるらしい。言語の「違い」を超えて、人間は「同じ」を知る、か。いいオチである。

10/29余録

2010年10月29日 | コラム
10/29余録 台風と寒波の錦秋

 「秋の日本こそ典型的な地上の楽園だ」。こう書くのは明治時代に来日した米女性旅行家シッドモアだ。桜咲く日本の春を絶賛し、ワシントンのポトマック河畔に日本の桜の植樹を提案した彼女だが、「もっと素晴らしいのは秋だ」という。

 「陽光はまろやかに暖かで、野山は壮麗に色づく。空気は清く澄み、そして明るい」「山腹はどこも草木の葉が見事な色合いでもつれる」。樹種が多く、彩りの豊かなことでは世界でもまれな紅葉と、天高く澄みわたる青空。多くの外国人を魅了した日本の秋である。

 とくにシッドモアは「秋分のころ見舞う嵐」が過ぎた後の何週間か、「冬のすさまじさ」が訪れる前の穏やかな天気をたたえている(「日本・人力車旅情」有隣堂)。紅葉前線が南下する今、まさにその「地上の楽園」と呼ばれた黄金の季節が訪れる……はずだった。

 10月としては記録的寒気が北日本に雪を降らせ、冷たい雨に震えた地方が多い列島である。一方、季節外れの台風14号が沖縄から奄美群島、週末には本土をうかがっている。夏の名残の「嵐」と「冬のすさまじさ」に挟み撃ちされて、さて「秋」はどこへ行ったのか。

 紅葉と雪と台風と--何ともちぐはぐな組み合わせで、紅葉狩りには残念な週末となりそうだ。ただ台風が過ぎれば、当面は秋らしい天気が戻るという。暑い夏と冷え込む秋は、紅葉を鮮やかにするというのが救いである。

 気象庁によると、今季は厳冬だった5年前と海洋の状況が似ている。その年は冬の訪れも早かった。地上の楽園の主にしては少し情けないが、楽しめる時に楽しんでおいた方がよさそうな今年の秋だ。

10/29編集手帳

2010年10月29日 | コラム
10/29編集手帳

 吉野弘さんに『夢焼け』という詩がある。辞書にない言葉を詩人はどうして思いついたか。〈あるとき、どこかの文選工が活字を拾い違え/私の詩の表題「夕焼け」を「夢焼け」と誤植したから…〉

 二つの字形は似ていないが、「夢」は部首「夕」に属する文字で、印刷所の活字収納箱に隣り合って置かれていたことから生じたミスらしい。誤植から生まれたとはいえ、夢に胸を焦がす若い人が夕べの空を仰いでいるかのような、いい言葉である。

 きのう、プロ野球・ドラフト会議のテレビ中継を見ながら思い浮かべた選手がいる。

 巨人の山口鉄也投手(26)が高校を卒業して単身渡米し、ルーキーリーグに所属したとき、月給は10万円に満たなかった。5人部屋に寝起きし、ハンバーガーで空腹をしのいだという。試合後に長距離移動のバスに揺られて眠り、明ければまた、試合に臨んだ。テレビカメラの放列には無縁であったその人がやがて、日本球界屈指の左腕となる。

 プロを夢見て、きょうも黙々と素振りをし、走り込みをする無名の若者が、どこかにいるだろう。一途(いちず)な「夢焼け」に、いつの日か祝福あれ。

10/28余録

2010年10月28日 | コラム
10/28余録 当たり狂言の勘所

 江戸川柳に「とがなくてしす名誉の仮名手本」がある。仮名手本は歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」だが、いろは歌47文字を7文字ずつ分けた終わりの字を連ねると「科(とが)なくて死す」になる。つまり四十七士への幕府の処断に批判をこめた川柳だ。

 歌舞伎随一の当たり狂言「仮名手本忠臣蔵」は3000以上の江戸川柳になっている。「大石を文鎮にする仮名手本」「義士伝の寄席で下足もいろは分け」--何でも芝居にからめてひねりたくなる庶民の忠臣蔵熱だった。

 「蓮舫の口調で妻が仕分けする/茨木・吉田茂」。こちらは民主党の当たり狂言「事業仕分け」をめぐる万能川柳だ。「ポイントは仕分けでかせぎ基地でパー/横浜・高田弄花」。政権交代による新作狂言への期待が大方あて外れとなり、一座の存亡もかかる公演だ。

 官僚の隠れ資金の温床ともいわれる特別会計を対象とする事業仕分け第3弾前半が始まった。前2弾の仕分けの立役者となった蓮舫議員は行政刷新担当相として作業を統括するが、事前に「財源捻出(ねんしゅつ)に期待しないでほしい」と予防線を張っていたのがやや興ざめだ。

 だが仕組みが複雑で、監視の目が届かなかった特別会計である。「母屋(一般会計)でかゆをすすっている時、離れ(特別会計)はすき焼きを食べている」は塩川正十郎元財務相の言だ。ここは離れに討ち入り、その問題点を国民に示さねば当たり狂言の名がすたる。

 気になるのは蓮舫担当相らが特別会計の「隠れ借金」に言及していたことだ。まさか借金に注目を集め、増税論議を進めるのが「隠れ筋書き」ではあるまい。川柳子もここは刮目(かつもく)のしどころである。

10/28中日春秋

2010年10月28日 | コラム
10/28中日春秋

 首相は、「黒船」にたとえ、官房長官は明治維新、第二次大戦後に次ぐ「第三の開国」だ、と。

 貿易や投資の自由化を目指す環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)のことだ。既に米国など九カ国で枠組みの協議が進んでおり、韓国なども参加の方向。先に、首相も参加検討を表明した。ところが、民主党内で慎重論が噴出している。

 大体、政府の国内経済への影響試算もバラバラだ。参加の場合、GDPを七・九兆円押し下げるとしたのは農水省。対して内閣府は三・二兆円押し上げると正反対。経産省は不参加なら一〇・五兆円のマイナスになるとする。

 まるで将棋の王手飛車。参加なら農業が、不参加なら自動車などの輸出産業が打撃を受けそうだということは分かる。そして、いずれにせよ国内議論には恐ろしく時間がかかりそうだ、ということも。

 ところが、だ。「TPPの扉は閉まりかけており、先送りは許されない」と外相。決断のタイムリミットは来月のアジア太平洋経済協力会議だというから驚く。もう一つ、参加慎重派が首相と一線を画す小沢・鳩山支持派に多いのも気になる。

 「黒船」や「開国」並みというなら、国の行く末を左右する大問題だ。政争がらみは無論、拙速の議論も許されない。だから不可解だ。そんな大事な決断を、なにゆえ、こんなドタバタでしなければならぬことになったのか。

10/28産経抄

2010年10月28日 | コラム
10/28産経抄

 雷といえば、古来地震や火事とともに、人間の生活を脅かしてきた。一方で稲妻は、古代の人々にとっては、秋の実りをもたらしてくれるありがたい存在でもある。

 稲妻の「つま」は、もともと男女どちらの場合でも使った。現代の表記に従えば、雷光が夫で、稲が妻だ。つまり、稲が雷光と結合することで、“妊娠”して穂を実らせたと考えた。迷信と片づけるわけにはいかない。今や人工的に作った稲妻で、シイタケなどのキノコを増産する研究が進んでいる。

 来月に横浜で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)の主要議題となるTPPをめぐって、政府与党内で意見が割れている。TPPとは、米国や豪州を中心に議論が進んでいる自由貿易圏構想だ。国際ルールの軽視が目立つ中国を牽制(けんせい)する意味もある。

 菅直人首相も参加に意欲を示しているものの、案の定聞こえてくるのが、「日本の農業を守れ」の大合唱だ。確かに交渉の過程で、コメをはじめとする日本の農産物の関税撤廃を迫られるだろう。多くの農家にとって、「自由貿易」は厄災そのものかもしれない。

 しかし、恐ろしい雷のエネルギーが、実は豊作を後押しするように、TPPを農業の抜本改革につなげる道が必ず見つかるはずだ。そもそも民主党政権が導入した農家の戸別所得補償は、貿易自由化が前提となるはずだった。

 与党内のTPP参加反対派の多くは、小沢一郎元代表を支持するグループと重なっている。農業保護を旗印にしながら、政権を揺さぶる意図があるなどと、思いたくないが。政争がゴロゴロと雷鳴をとどろかすばかりで、何の実りももたらさなければ、日本は世界からますます取り残されるばかりだ。

10/27中日春秋

2010年10月27日 | コラム
10/27中日春秋

 オバマさんには悪いが、この人にこそ、ミスター・チェンジの異名を冠したい。民主党の鳩山由紀夫さん。

 まずは、昨夏の歴史的な政権チェンジで誕生した最初の首相であることを挙げねばなるまい。そして、米軍普天間飛行場問題では移設先を「最低でも県外」と公約しながら、その実、特段の策もなく、最後は、ほぼ自民党政権時代の案にチェンジしたのは御案内の通り。

 首相時代には、当時の小沢党幹事長にあれこれ言われて政策の方針をチェンジしたことも再々。最近では、自分の後任を決める党の代表選で「菅支持」を何度も言明しながら、やはり、最終的には「小沢支持」へとチェンジした。

 首相辞任表明後には「総理たる者、辞任後までその影響力を行使するのはいけない。次の総選挙には出馬しない」と大見えを切った。その意気やよし、と評価した方も多かったと思うが、今度は、その政界引退宣言も、チェンジするのだという。

 引退撤回の理由は「民主党の状況が思わしくないから」。確かに、それを忘れてはいけない。民主党による新政権に寄せた国民の大きな期待を、見事、失望へと変えたのは、鳩山さんのなしたチェンジの中でも尤(ゆう)なるもの。

 そんな人のことだ。この上は、もう一つぐらいチェンジをおねだりしてみても構うまい。つまり、「辞めるのをやめる」のをやめる、というチェンジを。

10/27産経抄

2010年10月27日 | コラム
10/27産経抄

 台湾の女優、ビビアン・スーさんが「きのうの私はすごくきれいだったのに…」と舞台あいさつで涙ぐんだ。東京国際映画祭の開会式で呼び物になっているグリーンカーペットを歩いての顔見せに参加できなかったのである。邪魔をしたのはもちろん、あの国である。

 中国側が、難癖をつけたのはパンフレットの表記。「台湾」を「中国台湾」と変えよ、と開会式直前になって言い出した。あげくの果てには尖閣問題を持ち出して“ミニ反日デモ”を持ちかけたが、台湾側が断ったのは立派だった。

 結局、台湾は開会式に出席できなかったが、立派でなかったのは、日本の映画関係者である。なぜ、主催者や監督、俳優の誰一人として彼女らをグリーンカーペットに引っ張り出さなかったのだろう。中国市場から締め出されるのを恐れて黙っていたのなら、夢を売るのが商売の映画人たる資格はない。

 中国には言論の自由はない。そんな国でデモをするのは、文字通り決死の覚悟が必要だが、反日デモは例外だった。共産党にとって若者が愛国心に燃え、「小日本打倒」と叫んでくれるのは、一種のガス抜きになり、何より対日カードとして使えたからだ。

 きのうも重慶市内で1千人規模のデモが行われたが、どんどんやってくれた方がいい。「日貨排斥」といっても安月給の彼らには、高い日本製のテレビや車はもともと手が届かない。心ある日本人が中国製品を買わなくなるだけの話だ。

 デモの効用はまだある。「愛国無罪」のはずの行為を当局が厳しく取り締まるほど、共産党のご都合主義と自由のありがたみが身にしみてわかるだろう。ひょっとしたら女性の涙とデモがあの国を変えるかもしれない。

10/27余録

2010年10月27日 | コラム
10/27余録 「かりのたより」今昔

 中国は漢の時代、匈奴(きょうど)に捕らわれた将軍・蘇武は北海のほとりに移され、野ネズミを掘り、草の実を蓄える暮らしを強いられた。この「北海」は現在のバイカル湖といわれる。シベリアの湖沼地帯は、そこで夏を過ごす水鳥の繁殖地だ。

 蘇武はもう死んだという匈奴に、漢の使者はこう述べた。「最近、天子が上林苑で射止めた雁(かり)の足に手紙が結ばれ、『蘇武は大湖のほとりにいる』とあったぞ」。匈奴は恐れ入って、蘇武を19年ぶりに解放したというのだ。

 「雁書(がんしょ)」「雁のたより」という手紙の異名を生んだ故事だが、今はまさにシベリアの湖沼地帯から雁などの水鳥がアジアやヨーロッパなど世界各地に渡っている季節である。だが、その携えるウイルスにも神経をとがらせねばならない昨今の鳥インフルエンザ事情だ。

 鳥インフルエンザはシベリアの繁殖地で感染しながら症状の出ない水鳥が広げるものとみられている。環境省によれば、北海道稚内市の大沼でカモのふんから強毒性鳥インフルエンザのウイルスが検出された。国内の野鳥では一昨年以来の強毒性ウイルス検出となる。

 鳥と接触した人への感染例が東南アジアなどで報告されている鳥インフルエンザだが、人への感染の危険は高くない。今回のウイルス検出は渡り鳥などへの監視網がうまく機能したわけで、ここは妙な風評被害が生じないよう冷静に受け止め、必要な手を打つべきだ。

 昔は遠く離れた人の消息を思い起こさせた秋空の雁の列だ。今や心に浮かぶのは家禽(かきん)の感染の懸念や、人から人に感染するようなウイルスの変異への心配とは、何とも気の沈む「雁のたより」である。

10/26中日春秋

2010年10月26日 | コラム
10/26中日春秋

 このごろ教師が、とんでもない問題やクイズを子どもに出したといって、新聞沙汰(ざた)になるケースが妙に多い。

 「一日三人ずつ殺すと何日で十八人の子ども全員を殺せるか」とは、愛知県の小学校教師が出した算数の問題。実在の教員名を選択肢に「校長暗殺犯は誰か」と聞く問題を出したのは、同県の高校教師だ。東京都の小学校では、教師が「(三姉妹の)三女を殺す」が正答になるクイズを出し…。

 もちろん彼らは軽率、非常識の誹(そし)りを免れ得ない。だが、ドラマのそういう場面を平気で観(み)るように、たいていの人が非現実の中では「人が人の命を奪う」ということを軽く受け止めがちなのも確かだ。現実味のなさ、自分とはまるで無縁という意識の裏返しだろう。

 だが、そんな普通の人が死刑の決断を迫られることもあるのが裁判員制度だ。無論、殺人とは全然違うが、その究極の刑罰が、問題例でもフィクションでもなく現実に「人の命を奪う」ものであることは間違いない。

 身勝手に思いを寄せた耳かき店員の女性と、その祖母を殺したとして殺人罪などに問われた男の裁判で昨日、検察が死刑を求刑した。裁判員裁判では初めてのことだ。

 制度ができた以上、その時が来るのは分かっていた。だが、評議の時間にとどまらないだろう裁判員六人の苦悩を思えば胸がざわつく。そして、彼らとは「私たち」である。

10/26産経抄

2010年10月26日 | コラム
10/26産経抄

 今夏の猛暑で不作が心配されていたマツタケが、実は大豊作だという。微生物生態学者の吉村文彦さんによると、東北から中部地方にかけて、9月半ばから気温が下がるとともに適度な雨が降り、生育に適した環境になった。

 ただ京都などでは、極度の不作だった昨年の2~3倍程度にすぎず、地域でばらつきがあるようだ。中級品以下の値段が下がっているのは、消費者のマツタケ離れも関係があると、吉村さんは指摘する。

 今や国内消費の9割以上を外国産が占めるマツタケは、秋の味覚というより、高級食材の代表のイメージが強い。国産マツタケに親しむ機会がないまま大人になった日本人が増えるにつれて、独特の香りを貴ぶ文化も失われつつある、というのだ。

 国産マツタケの生産量は、昭和10年代の約6200トンから減少傾向が続き、昨年は24トンにすぎなかった。今年の豊作が来年も続く保証はない。マツタケ生育に欠かせないのが、アカマツ林だ。里に暮らす人々が山仕事を行うことで、アカマツにとって、最適な条件が保たれてきた。ところが30年代後半から、農村の生活様式の変化によって山林が放置され、全国的にアカマツ林の荒廃が進む。

 吉村さんは、ボランティアとともに、アカマツ林とマツタケの復活を通して、生物多様性にあふれる里山の再生をめざす運動を続けている。著書の『まつたけ山“復活させ隊”の仲間たち』(高文研)にくわしいが、成果が見えるのは実は、三、四十年先だという。

 確かに目先の値段に一喜一憂するより、孫の世代が再びマツタケ狩りを楽しめるよう、行動を起こすことが大切だ。名古屋市で開かれているCOP10の理念にもつながっている。