Nikkoh の 徒然日記

ゲイ(=男性同性愛者)の Nikkoh が、日々の雑感やまじめなこと、少し性的なことなどを、そこはかとなく書きつくります

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※ マスキュリズム(masculism) = 男性に対する性差別(男性差別)の撤廃を目指す思想・運動。フェミニズムの対置概念とされますが、僕は、並置概念と言いたいと思っています

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みかんの花咲く丘

2015-05-23 22:56:12 | 音楽
青春18きっぷの利用期間中など、東海道本線で東京まで旅することがあります。
その道中、熱海を出発して、湯河原,真鶴,根府川と進むあたりの車窓風景がとても好きです。
みかんの木の背景には、青い空と青い海。なんだか幸せな気分になります。
そして必ず、今回取り上げる『みかんの花咲く丘』を思い出します。
これもまた、大好きな曲のひとつです。



1.みかんの花が 咲いている
  思い出の道 丘の道
  はるかに見える 青い海
  お船がとおく かすんでる

2.黒い煙を はきながら
  お船はどこへ 行くのでしょう
  波に揺られて 島のかげ
  汽笛がボウと 鳴りました

3.いつか来た丘 母さんと
  いっしょに眺めた あの島よ
  今日もひとりで 見ていると
  やさしい母さん 思われる


この曲が作られたのは終戦直後の昭和21年のこと。
静岡県伊東市の学校と東京のスタジオを中継でつないで放送された、NHKのラジオ番組で歌われたのでした。
作詞者の加藤省吾氏は静岡県富士市の出身で、ふるさとのみかん畑を思いながら詩を書いたとされています。
作曲は海沼実氏で、歌い手となった川田正子とともに伊東へ向かう汽車の中で、曲を書き上げたようです。かなり寸前になって完成した曲なのですね。間に合ってよかったです。
汽車で東京から伊東へ向かうとなると、先述の区間も通ったはずです。もしかすると、長野県出身の海沼さんに、あの車窓からの景色がなんらかの貢献をしたのかもしれませんね。

ラジオで放送されると、ものすごい反響があったといいます。
完成は放送の寸前でしたし、当初はこの放送限りの曲となるはずだったのかもしれません。しかし、この曲は多くの人々の心をとらえ、今なお広く愛される曲となっています。

伊東市へ行くと、『みかんの花咲く丘』の 歌碑 が建っているようです。

ところで、みかんの花はいつ頃に咲くのでしょうか?
調べてみると、5月初旬頃に咲く ようです。

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鯉のぼり

2015-05-05 08:45:00 | 音楽
今日は5月5日、端午の節句です。
ちまき,柏餅,菖蒲湯に鯉のぼり。そんな季節ですね。

『鯉のぼり』の歌というと、多くの人は、「屋根より高いこいのぼり」で始まる歌を思い浮かべるのではないかと思います。
そちらも勿論良い曲なんですが、僕としては別の『鯉のぼり』を推していきたいです。

そちらの『鯉のぼり』は、大正二年に『尋常小学唱歌』第五学年用(文部省)で発表されました。
いわゆる“文部省唱歌”のひとつであり、現在でも小学校5年生の歌唱共通教材に指定されています。
したがって、音楽の教科書(小5)には必ず掲載されているので、殆どの方は一度は歌ったことがあるはずです。

男声


児童合唱


1.甍の波と 雲の波
  重なる波の 中空(なかぞら)を
  橘かをる 朝風に
  高く泳ぐや 鯉のぼり

2.開ける 廣き 其の口に
  舟をも呑まん 様見えて
  ゆたかに振ふ 尾鰭には
  物に動ぜぬ 姿あり

3.百瀬の瀧を 登りなば
  忽ち龍に なりぬべき
  わが身に似よや 男子(おのこご)と
  空に躍るや 鯉のぼり


1番の歌詞に描かれている情景が美しいですね。
甍の波とは、瓦屋根が波を打っているようすを指しています。近頃では、瓦屋根も減ってきていますね。
二つの波の間を悠々と鯉のぼりが泳いでいるというわけです。

2番からは、元気な感じと、鷹揚な感じが伝わってきますね。
なんとなく、包容力みたいなものも含んでいそうな気がします。

3番には、端午の節句の趣旨に照らしたメッセージが入っています。
鯉の瀧のぼり。これはもともとは、中国の故事ですね。

このブログで僕が紹介する曲にありがちなように、この曲も歌詞が文語調です。
今の小学生にとっては、歌詞の意味が取りにくいかもしれませんね。
1番の情景などは、写真や映像などで見せてやると、イメージが膨らむのではないかと思います。

現在進行形の男の子も、そして、かつて男の子だった皆様も、どうぞ健やかな日々を送られますよう。
決して「わが身に似」ることのなかった僕も、自分の心身を大切に、日々を過ごしていこうと思います。
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仰げば尊し

2015-03-18 22:08:56 | 音楽
ちょうど1週間前には、強い寒気が流入して雪が降りました。
それとは打って変わり、昨日・今日と、気温が20度を上回り、とても暖かくなっています。春の訪れを感じます。
でも、来週にはまた寒の戻りがあるようで。
今年は、少し《 三寒四温 》の波が大きいような印象です。

3月は卒業式のシーズンでもありますね。
卒業式といえば、皆さんはどんな曲を思い浮かべるのでしょうか。
在校生が『蛍の光』を歌い、卒業生が『仰げば尊し』を歌うというのが、かつての定番だったと思います。
(僕が中学生のときもそのパターンでした)
ただ、特に『仰げば尊し』の方は、今では歌わないという学校も結構あるのかもしれません。

合唱曲で『旅立ちの日に』というのがあって、よく歌われているようです。これは、埼玉県の秩父地方にある公立の中学校で生まれた曲として知られています。
当時の校長先生(最近、亡くなられました)が詩を書き、それに、音楽の先生が曲を付けたのでした。
21世紀の児童・生徒たちが感情移入しやすい歌詞になっていると思います。
旋律も美しくて、僕も好きな曲です。

一方、『仰げば尊し』はなかなか難しい歌詞です。
それもまた、この曲がしだいに歌われないようになっていった要因かもしれません。
でも、よくよく噛みしめてみれば、味わいのある素晴らしい歌詞なのです。これが忘れ去られていくのだとしたら、なんだか寂しいですね。

1.仰げば 尊し 我が師の恩
教の庭にも はや幾年
思えば いと疾し この年月
今こそ 別れめ いざさらば

2.互に睦し 日ごろの恩
別るる後にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ
今こそ 別れめ いざさらば

3.朝夕 馴れにし 学びの窓
蛍の灯火 積む白雪
忘るる 間ぞなき ゆく年月
今こそ 別れめ いざさらば




共通して出てくる「今こそ別れめ」の部分ですが、これは係助詞の“こそ”があるので、係り結びになっています。
「め」は意志の助動詞「む」の已然形です。
つまり、「今別れむ」→「今こそ別れめ」ということですね。
したがって、「今こそ別れ目」と表記するのは誤りということになります。

1番は、卒業生から教師に向けてのメッセージです。
思い返せばあっという間だった学舎での日々を反芻しつつ、教わった先生への感謝の思いを表しています。
仰いで尊いと、心の底から思えるような師と出会えたのだとしたら、その人はたいへん幸せですね。教師だって人の子ですし、相性なんかもあります。現実には、なかなか厳しい部分もあるのかもしれません。
教師と生徒との関係性が、もはやかつてとは違ってきています。その辺りも、この歌詞が共感を呼ばなくなってきた一因なのかもしれません。

2番は、卒業生から学校に残る後輩(在校生)たちに向けてのメッセージだろうと思います。
あるいは、教師から卒業生に向けてのメッセージとしてとらえることも可能なのかもしれません。
「睦む」は仲良くすること。「やよ」は品詞で言うと感動詞で、呼びかけの言葉です。
「身を立て名をあげ」の部分が引っかかるという人もいるようで、音楽の教科書でも出版社によってはこの2番をカットしています。卒業式で歌う場合でも、2番はカットということもあるようです。
個人的には、2番も大切にしたいです。特に、前半部分が歌われなくなるのは勿体ないと思います。

3番は、学業に勤しんだことを振り返る歌詞になっています。
蛍の放つ光や、雪明かりをたよりにして、一所懸命に学んだということです。
ここも今となってはなかなか実感が湧きづらいところなのかもしれません。第一、そこまでの学習意欲を持った生徒というのは、必ずしも多くはありません。
経済成長の時代と停滞の時代では、どうしても違ってきますよね。学力が上がると意欲は低減するという話も、学力調査の結果を見ると浮かび上がってくるようですが。

こうして見てくると、『仰げば尊し』が卒業式で歌われなくなってきているのも致し方ないのかもしれませんね。今の子どもたちの感覚とはかなりかけ離れていると思います。
それでも、僕は『仰げば尊し』を名曲だと考えていますし、忘れ去られることの無いように受け継いでいきたいと願っているのです。
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里の秋

2014-10-27 15:09:15 | 音楽
あと数日で10月が終わります。まだ2014年が始まったばかりのような気がしますが、残すはあと6分の1のみ。本当にあっという間のことですね。

10月には台風が2つ日本列島へやってきました。
2つめの台風が過ぎて行ってから、季節がグッと進んだような気がします。涼しさを感じる日が増えましたね。ここのところは、朝晩に肌寒さを覚えることもしばしばです。秋もいよいよ本番ということでしょう。

個人的には、5月と10~11月が好きな時期です。晴れる日が多く、気温も適度で、心地よく過ごすことのできる貴重なときですね。

この時期になると、『里の秋』 という曲を必ず歌いたくなります。
今でも小学校の音楽の教科書に載っている場合もあるようで、小学生の時に歌ったという記憶のある人もあるかもしれません。
ここでは、改めて歌詞を見つめ直してみることにしましょう。

1.静かな静かな 里の秋
  お背戸に木の実の 落ちる夜は
  ああ 母さんとただ二人
  栗の実 煮てます いろりばた


山村の静寂に包まれた、しかしどこか温かな感じのする、秋の夜の情景が描かれています。
「お背戸」ですが、辞書で「背戸」をひくと、裏口とか裏門とか裏手といった意味のようです。家の裏に木があって、木の実が落ちてくるのでしょう。
「いろり」は、室内の床の一部を四角に切り抜いて火をたくようにした場所のこと。これも、今の小中学生には、写真を見せたり、映像を見てもらったりしながら解説が必要なものですね。
栗の実をいろりで煮て、母子仲良く食べるのでしょう。栗の収穫期など考えると、やはり時期は10~11月頃なのだろうと思います。
この子ども(=詩の主人公)は、男の子でしょうか女の子でしょうか。歌詞からは確定はできないように思えますが、実はこれは男の子で間違いないのです。理由は後述します。

ここでひとつ疑問を呈示してみます。

[質問1]
「母さんとただ二人」とあります。《 父さん 》はどうしたのでしょう?

 ア.仕事に行っている(もうすぐ帰ってくる)。
 イ.遠くの街へ出稼ぎに行っている(年に数回しか帰ってこられない)。
 ウ.もう亡くなってしまった。
 エ.その他(どうした?                    )


あなたはどう思いますか。
そんなことを考えながら、次に2番を見ていきましょう。

2.明るい明るい 星の空
  鳴き鳴き夜鴨の 渡る夜は
  ああ 父さんのあの笑顔
  栗の実 食べては 思い出す


秋の澄んだ空気のおかげで、星空も美しいのでしょうね。
さて、2番には「父さん」が登場してきました。
いろりばたで、母さんと一緒に栗のみを食べながら、父さんの笑顔を思い浮かべている少年という情景です。
いったい、父さんはどうしたのでしょうね。2番を読んでみても、やはり分かりませんね。

あなたはどんな想像をしますか?

『里の秋』には歌詞が3番まであります。
次は、いよいよ3番の歌詞を見てみることにしましょう。


3.さよならさよなら 椰子の島
  お舟にゆられて 帰られる
  ああ 父さんよ御無事でと
  今夜も 母さんと 祈ります


ここから分かること。
「父さん」は、「椰子の島」にいて、舟にのって帰ってくるのですね。
そして、母と子は無事を祈りながら待っているという情景だったのですね。

[質問2]
「父さん」はなぜ椰子の島にいるのでしょう?

 ア.仕事(海外赴任)。
 イ.旅行。
 ウ.その他(なぜ?              )


あなたはどう思いますか?

実はこの『里の秋』がつくられたのは、1945年(昭和20年)のことでした。
これでピンと来た人もいるかもしれませんね。
「父さん」は、徴兵されたか志願したかはともかくとして、軍人さんとして椰子の島へ赴いていたのです。
そして、8月に戦争が終わったので、ようやく故郷への帰還を果たすことができるということなのです。

一方、故郷にいる家族は、本当に「父さん」が帰ってくるのか分かりません。
戦中・戦後の混乱の中で、情報も錯綜しています。
もしかしたら、既に戦死・病死しているのかもしれないのです。あるいは、捕虜としてどこかで囚われているかもしれません。仮に無事に帰還の途につくことができたとしても、事故の可能性だってあります。
実際に、「ただいま!」と帰ってくるそのときまで、無事を祈るしかないのですね。

『里の秋』は、昭和20年12月24日にNHKのラジオ番組で放送されました。それは、「外地引揚同胞激励の午后」と題された特別番組で、復員兵や戦地からの引き揚げ者、あるいはその家族・関係者たちを励ますためのものでした。
歌い手は、童謡歌手の川田正子でした。
この放送は多くの人の心を揺さぶり、電話や手紙の反響(問い合わせや感想など)がおびただしかったと言います。

そんなことを思いながら、改めて『里の秋』を聴いてみてください。

里の秋_川田正子さん


1.静かな静かな 里の秋
  お背戸に木の実の 落ちる夜は
  ああ 母さんとただ二人
  栗の実 煮てます いろりばた

2.明るい明るい 星の空
  鳴き鳴き夜鴨の 渡る夜は
  ああ 父さんのあの笑顔
  栗の実 食べては 思い出す

3.さよならさよなら 椰子の島
  お舟にゆられて 帰られる
  ああ 父さんよ御無事でと
  今夜も 母さんと 祈ります


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ところで、『里の秋』はもともとは『星月夜』という題名でした。歌詞も4番までありました。
1番と2番は現行の『里の秋』のものと同じです。そこで、ここには、『星月夜』の3~4番の歌詞を掲載してみます。


旧3.きれいなきれいな 椰子の島
   しっかり護ってくださいと
   ああ 父さんのご武運を
   今夜も 一人で 祈ります

旧4.大きく大きく なったなら
   兵隊さんだよ うれしいな
   ねえ 母さんよ 僕だって
   必ず お国を 護ります


作詞者の斎藤信夫が『星月夜』を作ったのは1941年(昭和16年)のこと。折しも、大東亜戦争(アジア・太平洋戦争)が始まった年のことでした。
消えた3番と4番の歌詞にも、そんな時代が反映されていますね。

今の3番は、NHKラジオでの放送のために作り直されたものです。放送当日、ギリギリになって完成したといいます。

その辺りのことも含めて、詳しいことは、こちらのブログ記事 で読むことができます。
ぜひあわせてご覧になってみて下さい。

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荒城の月

2014-09-07 21:39:35 | 音楽
明日(9月8日)は、旧暦8月15日というわけで、〈 中秋の名月 〉 なんですね。
「中秋の名月、十年に九年は見えず」という記述が江戸時代の書物にあるようです。台風とか秋雨とかの影響で、なかなか晴れない時期だということなのでしょう。
(実際のところ、旧暦8月15日の晴天率がどうなっているか、少し気になります。気象庁の統計を地道に拾っていけば分かるはずなので、時間に余裕のあるときに、調べてみたいですね)

※ なお、こよみのページ が有益かつ面白いので、ご紹介しておきます。

今年は、お月さんが綺麗に見えたら良いですね(´∀`*)

月といえば、思い浮かぶ曲が、『荒城の月』 です。

1.春高楼の 花の宴(えん)
  めぐる盃(さかずき) 影さして
  千代の松が枝(え) 分け出(い)でし
  昔の光 今何処(いずこ)

2.秋陣営の 霜の色
  鳴きゆく雁(かり)の 数みせて
  植うる剣(つるぎ)に 照り沿ひし
  昔の光 いまいずこ

3.いま荒城の 夜半(よわ)の月
  変わらぬ光 誰(た)がためぞ
  垣に残るは ただ葛(かずら)
  松に歌(うと)うは ただ嵐

4.天上影は 変わらねど
  栄枯は移る 世の姿
  映さんとてか 今もなお
  ああ荒城の 夜半の月


瀧廉太郎『荒城の月』 Rentaro TAKI: "Kojo no Tsuki" (The Moon over the Ruined Castle)

※ 女声の独唱です。深みのある声で、1番から4番まで歌い上げています。

滝 廉太郎「 荒城の月」 志摩大喜 Taiki Shima

※ 男声の独唱です。1番と4番のみですが、なかなか良い味わいを出しています。

『荒城の月』は、中学生の頃から僕の好きな曲の一つで、一人カラオケでもよく歌います。
場合によっては、複数人で行くカラオケでも歌ってみたりも…。
ただ、機種によってはフルコーラスで歌えなくて、それが残念です。
3番が省略されていたり、3番までで終わってしまったり…。
やっぱりフルコーラスで歌いたいなあと、いつも思います。

約2年前の2012年9月26日に、僕と閑寂美 という記事を書きました。
思えばこの『荒城の月』も、閑寂美を感じさせる楽曲ですね。

いつか、どこかの城跡で中秋の名月を鑑賞してみたいものです。

さて、『荒城の月』の作詞者は土井晩翠,作曲者は瀧廉太郎です。

瀧廉太郎は明治時代の音楽家で、『荒城の月』以外にも、『花』や『箱根八里』などの作曲者として広く知られています。
非常に若くして世を去った人物ですが、その功績は大きいですね。

『荒城の月』は、1900(明治33)年に、文部省編纂の『中学唱歌』で発表された作品です。
現在でも、中学校2~3年生向けの音楽教科書に掲載されることが多いようですね。

実は、『荒城の月』の原曲は、現在よく歌われているものと曲調が違いました。
原曲はもう少しテンポが速く、「はなのえん」の「え」が半音上がっていたのです。
JR豊後竹田駅のホームで放送される駅メロディーは、原曲に忠実な歌い方をしています。

ご当地駅メロディー JR豊後竹田駅「荒城の月」


あなたはどちらがお好きですか?

ところで、幼稚園から小学校低学年の子どもに今でも親しまれている曲に、『お正月』があります。
「もういくつ寝るとお正月」で始まるあの曲です。
これも実は瀧廉太郎の作曲です。
こちらは、1901(明治34)年に、『幼稚園唱歌』で発表されました。

『荒城の月』については、こちらのブログ記事 に色々と記載があります。
よかったら、併せてお読みになって下さい。
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われは海の子

2014-07-10 21:58:25 | 音楽
あれよあれよという間に、7月になりました。
今年の夏も暑いのでしょうかねー。

読者の皆様は、『われは海の子』という曲をご存じでしょうか?

♪ わーれは うーみのこ しーらなみのー

と、小学校で歌った記憶がある方もいらっしゃるかもしれません。
この曲は文部科学省によって、〈 歌唱共通教材 〉に指定されていて、戦後ずっと小学校6年生用の音楽教科書に掲載され続けています。
したがって、ちょうど毎年この時期(7月頃)になると、全国の小6児童たちが、音楽の時間に『われは海の子』を歌うことになるのです。

その際には、歌詞は3番まで歌われます。
そこで、『われは海の子』は3番までで終わる歌だと思っている方も居そうですが、実はこの歌は7番までの歌詞があります。
すべてを取り扱うと、あまりに長大になってしまうため、教科書では3番までの掲載となっているのでしょう。

4番,5番,6番と続く歌詞も、僕はなかなか好きです。
最後の7番については、政治的なスタンスによっていろいろな意見が出て対立を招く可能性があるかなあと思うのですが、4~6番はそういったこともまずないでしょう。
海の男(おそらくまだ若い青年)が、その半生を振り返るといった内容になっています。
とても力強く、かつ、味わい深い歌詞だと思います。

せっかくですから、今ではあまり知られなくなってしまった4番以降の歌詞も含めて、『われは海の子』の歌詞を見ていきましょう。

ところで、この曲は小学校の音楽の授業で扱われるためか、児童の歌声で聴くことが多い印象です。
それはそれで勿論いいのですが、僕としては、力強い男声で聴くのがこの曲には一番マッチするような気もします。
そういう思いから、男声で聴ける音源を載せておきます(^^)

~われは海の子~ ダーク・ダックス


1.我は海の子白浪の
さわぐいそべの松原に
煙たなびくとまやこそ
我がなつかしき住家(すみか)なれ。


(波の打ち寄せる岩石海岸にある、茅葺きの粗末な家で生まれたのですね。松並木や煙の描写も美しいです)

2.生まれてしほ(潮)に浴(ゆあみ)して
浪を子守の歌と聞き
千里寄せくる海の氣を
吸ひてわらべとなりにけり。


(海水で産湯(うぶゆ)を使い、ずっと浪の音を耳にしながら育った少年は、まさに「海にはぐくまれた」という感じですね)

3.高く鼻つくいその香に
不斷の花のかをりあり。
なぎさの松に吹く風を
いみじき樂と我は聞く。


(磯の香りや、松並木に吹き寄せる風を讃えています。いみじき楽とは、すばらしい音楽のことです)

4.丈餘(じょうよ)のろかい操りて
行手定めぬ浪まくら
百尋(ももひろ)千尋(ちひろ)海の底
遊びなれたる庭廣し。


(3メートルを超えるような長い艪や櫂を、自由自在に扱って船旅をしていたようです。深い深い海の底へも、潜ることがあったようですね。海の雄大さを感じさせる秀逸な歌詞です)

5.幾年こゝにきたへたる
鐵より堅きかひな(腕)あり。
吹く鹽風にみたる
はだは赤銅(しゃくどう)さながらに。


(雄大な海で遊ぶ中で少年はたっぷり鍛えられ、たくましい青年へと成長しました。〈 鉄より堅い腕 〉や、〈 赤銅のような肌 〉などの描写が、立派な海の男となったことを感じさせますね)

6.浪にたゞよう氷山も
来らば来れ恐れんや。
海まき上ぐるたつまきも
起らば起れ驚かじ。


(氷山も竜巻も恐れない、勇猛さが描写されています。5番はどちらかというと身体的な力強さでしたが、6番はどちらかというと精神面の強さを描いているともいえそうです)

7.いで大船を乘出して
我は拾はん海の富。
いで軍艦に乘組みて
我は護らん海の國。


(いろいろな意見を招きそうな7番です。この詩が作られた時期を考えると、もちろん軍国主義を意識しているのだろうなあとは思います。ただ、前者は例えば漁師さんの仕事などはまさに〈 海の富 〉を拾っているわけですよね。後者についても、自分の国を護るというのは当然のことともいえそうですね。そうやって考えてみると、絶対的に忌避されるべき歌詞とまでは言えないだろうと、僕は思います)

いかがでしたでしょうか?
やはり、7番については、色々な意見があることと思います。
4~6番は本当に秀逸な歌詞で、これが忘れ去られていくのは勿体ないなあという風に、僕としては思います。

『われは海の子』は、カラオケでも7番までフルコーラスで歌えます。
7番は抵抗があるという方は、6番まででも、ぜひ歌ってみてくださいね(´∀`*)♪

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僕と叙景詩 : 付録(紅葉)

2013-11-22 23:41:45 | 音楽
以前、僕と叙景詩 という記事を書きましたが、これはその付録です。
(2012年9月22日の記事にいまさら付録をつけるのですw)

11月中旬以降、冷え込みがきつくなってきました。
もうそろそろ紅葉を見に行こうかなあという感じですね。

叙景詩シリーズ、ラストは『紅葉』について記事を書きます。

大変有名な曲(4曲の中で一番有名だと思う)なので、わざわざ紹介するまでもない気もするのですが、秋だけ記事が無いというのも落ち着きが悪いので、一応書いておきます。

作詞は高野辰之さん,作曲は岡野貞一さんです。『おぼろ月夜』 と同じコンビですね。
また、『冬景色』『おぼろ月夜』 と同様、《 文部省唱歌 》とされています。



1 秋の夕日に照る山 紅葉(もみじ)
  濃いも薄いも 数ある中に
  松をいろどる 楓や蔦は
  山のふもとの 裾模様

2 渓の流に散り浮く 紅葉(もみじ)
  波にゆられて 離れて寄って
  赤や黄色の 色さまざまに
  水の上にも 織る錦

この曲は、《 文部省唱歌 》となっていることからもわかるように、小学校の音楽(戦前は《 唱歌 》という科目でしたが)の教科書に載せるために作られた曲です。
1911年に『尋常小学唱歌 第二学年用』に載ったのが初出です。
現在は、小学校4年生向けの音楽教科書に掲載されています。

※ 確か、現行の学習指導要領でも、小学校4年生の《 歌唱共通教材 》に指定されていたはず

作詞者の高野辰之さんの郷里は長野県で、東京との往来には信越本線を使っていました。
この路線は、現在は新幹線の開通によって分断されていますが、もともとは碓氷峠を越える区間がありました。
( 横川 - 軽井沢 間 です。有名な《 峠の釜飯 》は、もともとは横川駅の駅弁だったのです )
この区間に、熊ノ平という駅が(1966年まで)あったのですが、高野さんはそこから見た紅葉の美しさに惹かれて、『紅葉』の詩を作ったといわれています。

歌詞の内容は、もう完全な叙景詩であって、夕日に映える紅葉や、渓谷に散り流れていく紅葉など、綺麗な風景を描き出しています。
まさに、文字による風景画ですね。

『紅葉』といえば、前半部分にカノン形式が見られる二部合唱というのが定番のような気がしますが、合唱曲としてのいろいろな編曲も試みられています。
ここでは対照的な2つの編曲をご紹介します。

(この記事を書くにあたっては、こちらのサイト を参考にさせていただきました)

1.『ふるさとの四季』バージョン

源田俊一郎さんによる編曲です。



ゆったりとしたテンポで、しんみりとした印象が強い編曲ですね。
晩秋の落ち着いた、なんとなくもの寂しい感じがよく表れています。

2.『唱歌の四季』バージョン

今年亡くなられた、三善晃さんによる編曲です。



こちらはテンポも良く、ものすごく華やかな感じがする仕上がりですね。
心がウキウキしてきます。

2つを聞き比べてみると、同じ曲でも編曲次第でこうも印象が違ってくるんだなあと、改めて気づかされますね。

紅葉の美しさは、華やかな美しさでもありますし、同時に 閑寂美 の要素もあって、一言では言い表せないと思うのですが、
『ふるさとの四季』バージョンではどちらかというと閑寂美が、
『唱歌の四季』バージョンではどちらかというと華やかな美が、
それぞれ強く伝わってきますね。

--------------------

『冬景色』・『おぼろ月夜』・『夏は来ぬ』・『紅葉』と、予定の4つを紹介し終えることが出来ました。
これをもって、叙景詩シリーズは完結とします。
お読みいただきありがとうございました。
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僕と叙景詩 : 付録(夏は来ぬ)

2013-07-17 19:24:36 | 音楽
以前、僕と叙景詩 という記事を書きましたが、これはその付録です。
(2012年9月22日の記事にいまさら付録をつけるのですw)

今回は、夏ということで、『夏は来ぬ』について記事を書きます。
夏の訪れを歌い上げた曲で、5番まであります。ただ、1番が8小節で終わります。
(『冬げしき』は3番まで,『おぼろ月夜』は2番まででしたが、1番は16小節ありました)

作詞は佐々木信綱さん,作曲は小山作之助さんです。
作詞の佐々木さんは、万葉集の研究で有名な、古典が大好きな方だったようで、この『夏は来ぬ』の歌詞にも、随所に古典のエッセンスが散りばめられています。
リズムの整った、美しく秀逸な歌詞です。

とても格調高い内容のため、小学生が理解するには、『おぼろ月夜』や『冬げしき』以上に難しいのかもしれません。
また、学習指導要領において《 歌唱共通教材 》の指定もされていません。
戦後は、昭和30年代まで、主に小学校5年生向け教科書に収録されていたようですが、その後は長らく姿を消していたようです。
しかし、10年ほど前に復活を果たし、現在は小学校4年生向けの音楽教科書(教育出版版)に収録されています。
はたして、現代の小学4年生にこの歌詞が分かるのだろうか



1 卯の花の匂う 垣根に
  時鳥(ほととぎす) 早も来 鳴きて
  忍び音 もらす 夏は来ぬ

2 五月雨の注ぐ 山田に
  早乙女が 裳裾濡らして
  玉苗 植うる 夏は来ぬ

3 橘の薫る 軒端の
  窓近く 蛍飛び交い
  おこたり諌(いさ)むる 夏は来ぬ

4 楝散る 川辺の宿の
  門遠く 水鶏(くいな)声して
  夕月すずしき 夏は来ぬ

5 五月闇 蛍飛び交い
  水鶏鳴き 卯の花咲きて
  早苗植えわたす 夏は来ぬ

せっかくなので歌詞を順に見ていきましょうか。
(なお、こちらのサイト を参考にさせていただきました)

1番は『万葉集』をモチーフにしているようです。
卯の花+ホトトギス=夏到来 というのは万葉集の定番 とのことで、この曲の歌い出しの歌詞は、これを意識しているはずです。
さすが、万葉集の研究で有名な人物ですね。

2番は『栄華物語』がモチーフではないかと思われます。
『栄華物語』の「御裳着」巻に収録されている

五月雨に 裳裾濡らして 植うる田を 君が千歳の みまくさにせむ

という和歌があり、夏は来ぬの2番と似ています。
それで、ここをモチーフにしたのだろうと考えられています。

3番は一番わかりやすいですよね。
卒業式の定番歌となっている『蛍の光』の歌い出し、《 蛍の光 窓の雪 》と同じで、蛍雪の功 をモチーフにしていると思われます。

4番は先ほどのリンク先によると確かな情報が無いそうです。何がモチーフになっているのか気になりますよね。
楝はセンダンという木で、初夏に淡紫色の五弁花を多数つけるのだそうです。

5番は……今までの内容をオールスター出場させています。
もうネタが尽きてしまったのでしょうか

五月闇 蛍飛び交い(←3番)
水鶏鳴き(←4番)
卯の花咲きて(←1番)
早苗植えわたす(←2番)
夏は来ぬ

実にてんやわんやですよね。
特に、蛍が飛び交う夜に早苗を植えわたしているというのは、「ん!?」となります。
こういうのって、明るいうちにするもののような気がしますよね。

『あわてんぼうのサンタクロース』 の5番が、1番から4番までの総集編みたいな感じになっているのですが、なんだかそれと近いものを感じます。

(個人的には、『夏は来ぬ』は4番までで終わってもよかったのではないかなあと思ってしまいます)

さて、これで、冬・春・夏と制覇しました。あとは秋を残すのみ。
というわけで、11月ごろに、『紅葉』の記事を書く予定です。

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僕と叙景詩 : 付録(おぼろ月夜)

2013-04-22 23:56:42 | 音楽
以前、僕と叙景詩 という記事を書きましたが、これはその付録です。
(2012年9月22日の記事にいまさら付録をつけるのですw)

今回は、春ということで、『おぼろ月夜』について記事を書きます。
僕のお気に入りの曲です。春・夏・秋・冬で1曲ずつ挙げたわけですが、あの4曲の中でもこの『おぼろ月夜』が一番かな。何せ、癒されるのです。

秋の月は澄んだ月ですが、春の月はかすんだおぼろ月です。
おぼろ月の灯りに照らされた日本の農村の風景を淡々と歌い上げた叙景詩の名作がこの『おぼろ月夜』です。

作詞は高野辰之さん,作曲は岡野貞一さんです。前回紹介した 『冬景色』 と同様、《 文部省唱歌 》とされています。



1 菜の花畠に 入日薄れ
  見わたす山の端(は) 霞ふかし
  春風そよふく 空を見れば
  夕月かかりて におい淡し
2 里わの火影(ほかげ)も 森の色も
  田中の小路(こみち)を たどる人も
  蛙(かわず)の鳴くねも 鐘の音も
  さながら霞める 朧月夜

この曲は、《 文部省唱歌 》となっていることからもわかるように、小学校の音楽(戦前は《 唱歌 》という科目でしたが)の教科書に載せるために作られた曲です。
1914年に『尋常小学唱歌 第六学年用』に載ったのが初出で、その名残か、今でも、小学校6年生向けの音楽教科書に掲載されています。

※ 確か、現行の学習指導要領でも、小学校6年生の《 歌唱共通教材 》に指定されていたはず

『おぼろ月夜』の歌詞は、おぼろ月に照らされた農村の、菜の花畠の風景を詠んだ、秀逸な叙景詩です。
この詩の中で描かれている風景は、日本の原風景の1つともいえ、かつては、ありふれた風景だったのかもしれません。しかし、今となっては、なかなか目にすることが難しい風景であるように思います。
詩そのものが格調高い文語体でつくられているのに加え、もはや『おぼろ月夜』の描く風景はなじみのない風景になってしまっているので、学校の授業などでこの曲を習う子どもたちにはとっつきにくい印象を与えるかもしれませんね。
それでも、日本に生まれた子どもたちには、一度は歌って欲しい曲の1つだと思っていますし、視聴覚機器の活用など工夫しながら、これからも世代を越えて伝えていってほしいなあと思います。

ところで、『おぼろ月夜』は、整った《 定型詩 》でもあります。
歌詞を朗読していただくと分かると思いますが、どの行も、8音+6音 になっています。さらに分解して、4音+4音+3音+3音 として捉えることもできます。

2番の歌詞では、「○○も」という表現が5つ連続して出てきます。それもまたいい感じです。
霞んでいるものとして列挙されるのは、最初の3つは視覚的なものですが、あとの2つは聴覚的なものです。もちろん実際に音が霞むことなど無いわけですが、目に入ってくるものがすべて霞んで見えるこの夕べにあっては、音ですらも霞んで聞こえるということなのでしょうね。

さて、次は、6~7月ごろに、『夏は来ぬ』の記事を書く予定です。


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僕と叙景詩 : 付録(冬景色)

2012-12-16 12:50:59 | 音楽
以前、僕と叙景詩 という記事を書きましたが、これはその付録です。
(2012年9月22日の記事にいまさら付録をつけるのですw)

冬の叙景詩の名作で、僕の好きな曲が『冬景色』です。
文部省唱歌で、大正時代に作られたことはわかっているのですか、作詞と作曲はともに不詳とされています。

冬景色  唱歌


1. さ霧(ぎり)消ゆる 湊江(みなとえ)の
  舟に白し朝の霜
  ただ水鳥の声はして
  いまだ覚(さ)めず岸の家

2. 烏(からす)啼(な)きて 木に高く
  人は畑(はた)に麦を踏む
  げに小春日(こはるび)ののどけしや
  かえし咲(ざき)の花も見ゆ

3. 嵐(あらし)吹きて 雲は落ち
  時雨(しぐれ)降りて日は暮れぬ
  若(も)し燈火(ともしび)の漏(も)れ来ずば
  それと分かじ野辺(のべ)の里

1番が《 朝 》,2番が《 昼 》,3番が《 夜 》という具合に、時間帯を変えて、初冬の美しい風景を描いています。ちょっとした三部作といってもいいのかもしれませんね~。
たまに本なんかで、2番までしか歌詞を載せていないものがあったりしますが、もったいない気がします。せっかく整った構成なのですから、3番までしっかり載せてほしいなあと思ってしまいますね

この曲は、《 文部省唱歌 》となっていることからもわかるように、小学校の音楽(戦前は《 唱歌 》という科目でしたが)の教科書に載せるために作られた曲です。
1913年に『尋常小学唱歌 第五学年用』に載ったのが初出で、その名残か、今でも、小学校5年生向けの音楽教科書に掲載されています。

※ 確か、現行の学習指導要領でも、小学校5年生の《 歌唱共通教材 》に指定されていたはず

ただ、格調高い曲である反面、歌詞は難しいので、今の小学生が理解するのには困難な部分はあるのかもしれませんね。
とはいえ、美しい日本語に触れる機会も減りつつある時代なので、せめて授業で触れてほしいなあという気持ちも強いです。
映像や写真などをうまく使って、イメージを豊かに描かせてあげたら、なんとか伝わる気もします。
(音楽の先生、がんばって

2番の歌詞に《 小春日和 》というのが出てきます。これは、《 晩秋から初冬にかけて、移動性高気圧に覆われた時などの、穏やかで暖かい天候のこと 》だそうで、冬の終わりや春の初めにぽかぽかした日があっても、小春日和とはいわないようです。
今日(2012年12月16日)はちょうど小春日和という言葉がぴったりな気候になっています。つい先日までの寒さが緩んで、ほっとしますね。
そんな小春日和ののどかの農村を描いた2番にはなんだか癒されますし、1番は人間くさいなあと感じます。水鳥たちは早くから起きてさかんに声をあげているんだけど、人間たちは寒いからか、まだお布団の中なんですもんね~。
3番は3番で、冬の夜という感じがしていいです。冬は夜が長いですしね。特に、この詩が描いている初冬は1年間でもっとも日が短い時期ですから。

そんな感じで、まとまりませんが、僕の好きな冬の叙景詩、『冬景色』について、少し語ってみました。
ぜひ皆様もこの曲の歌詞と旋律を味わってみてください。

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