( ※ 弱者男性問題,男性差別,女災,マスキュリズム,メンズリブ,男性解放,男性運動などのキーワードにアレルギー反応を起こす方は、お読みにならないことを推奨します )
男性の性的羞恥心が軽視あるいは無視されてしまう問題 は、マスキュリズム(男性差別に反対する思想・運動)で取り扱うべき重要な問題の1つです。
2018年7月24日付の読売新聞に、中学生の投書が掲載されました。
全文を引用します。
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『男子着替え 見られていいのか』 14歳 中学生
剣道大会に行った時のこと。
男子は大会会場の観覧席で、女子は更衣室で着替えることになった。
「男子は着替えを見られても構わない」のだろうか。
日本はよく「男尊女卑」の社会だと言われる。
しかし、男性が女性に年齢や電話番号を聞けばセクハラ認定されるのに、その逆はあまり聞かない。
もちろん、女性に性的な発言をすることは慎むべきだ。
だが、今のままの流れだと、やがて「女尊男卑」の社会につながってしまうのではないか。
男女が同じ立場で扱われることを望みたい。
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今でもこういうことが起こるのですね。残念な話です。
性的羞恥心は男女ともにあるので、等しく配慮されるのが当然だと思います。
更衣室が1つしかないのだとしたら、例えば時間をずらして利用することはできないのでしょうか。
あるいは、他の部屋を更衣室として利用することはできなかったのでしょうか。
投書をした中学生が「男尊女卑」「女尊男卑」の語を使っているので、ここで不毛な論争が起こるかもしれません。
“尊”とか“卑”とかいうのは、価値判断であって、各人のとらえ方・感じ方によってずれてきます。
同じ状況を見ても、まったく反対のとらえ方・感じ方をする人がいます。
女子のみに更衣室が用意されていて、男子には更衣室が用意されない事象に対して、例えば以下のようなとらえ方・感じ方があるでしょう。
1)女子は性的羞恥心に配慮されて、更衣室が利用できる。男子の性的羞恥心は無視されて、更衣室が利用できない。
つまり、女子は大切にされ(尊ばれ)、男子は粗末な扱いを受けている ⇒ 「女尊男卑」
2)男子はどこでも着替えることができるという特権を持っている。女子は着替え場所について制約を受ける。
つまり、男子は自由度が大きく、女子は自由度が小さい ⇒ 「男尊女卑」
今回の投書をした少年は、1)のとらえ方で、「女尊男卑」と書いたのだと思います。
男子にも性的羞恥心があり、したがって女子と同じように配慮が必要であるという問題提起をしているのは明白です。
一方、2)のとらえ方をする人たちもいますね。
そういう人たちは、少年が「女尊男卑」という語を使ったことに反論したくなることでしょう。
男性から女性への性的加害が多くあるというのは、事実です。
そのため、女性は自分を性的被害から守らなければならず、制約を多く受けるというのはわかります。
ただ、男性が性的被害を受けることは無いのでしょうか?
そんなことはありません。男性もまた、性的被害を受けることがあります。
男性には性的羞恥心が無いのでしょうか?
そんなことはありません。男性にもまた、性的羞恥心があります。
男性と一口に言っても色々で、性的羞恥心が強くない男性の場合であれば「どこでも着替えることができる」のでしょう。
しかし、性的羞恥心が強い男性の場合、そうはいきません。
性的にまなざされることに敏感な感性を持つ男性にとって、観覧席のような異性を含めた不特定多数の人の目にさらされる場所での更衣は、大きな苦痛となります。
そういった人たちに対しても、「男子はどこでも着替えることができるという特権を持っている」といえるでしょうか?
「性的羞恥心が強い人」という集合の中で、おそらく男性は少数者(マイノリティ)です。
女性の性的羞恥心には配慮されるが、男性の性的羞恥心には配慮されないということが多々起こります。
これは、性的羞恥心の強い男性がマイノリティだからなのだと思います。
他のマイノリティの問題と同じように、この問題も理解されづらく、いろいろな障壁があるでしょう。
今回の場合、「女子のみに更衣室が用意されていて、男子には更衣室が用意されない事象」があったのでした。
それを「男尊女卑」ととらえるか「女尊男卑」ととらえるかを、いくら議論しても不毛です。
僕たちが目を向けるべき点は、そこ(解釈)ではなく、
男子に更衣室が用意されないことで、不快に思ったり苦痛に感じたりしている人がいる
という事実です。
扱いに差があって困っている人がいるので、差をなくしましょうという、ただそれだけの話です。
冒頭で書いた通り、男子更衣室を用意したり、時間差をつけて男女で更衣室を利用したり、いろいろとやり方はあるでしょう。
☆ 関連記事(よろしければあわせてどうぞ)
男子生徒への半裸強制に関する新聞記事(1) ~男性の性的羞恥心を考えるために~
男子生徒への半裸強制に関する新聞記事(2) ~男性の性的羞恥心を考えるために~
男性の性的羞恥心が軽視あるいは無視されてしまう問題 は、マスキュリズム(男性差別に反対する思想・運動)で取り扱うべき重要な問題の1つです。
2018年7月24日付の読売新聞に、中学生の投書が掲載されました。
全文を引用します。
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『男子着替え 見られていいのか』 14歳 中学生
剣道大会に行った時のこと。
男子は大会会場の観覧席で、女子は更衣室で着替えることになった。
「男子は着替えを見られても構わない」のだろうか。
日本はよく「男尊女卑」の社会だと言われる。
しかし、男性が女性に年齢や電話番号を聞けばセクハラ認定されるのに、その逆はあまり聞かない。
もちろん、女性に性的な発言をすることは慎むべきだ。
だが、今のままの流れだと、やがて「女尊男卑」の社会につながってしまうのではないか。
男女が同じ立場で扱われることを望みたい。
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今でもこういうことが起こるのですね。残念な話です。
性的羞恥心は男女ともにあるので、等しく配慮されるのが当然だと思います。
更衣室が1つしかないのだとしたら、例えば時間をずらして利用することはできないのでしょうか。
あるいは、他の部屋を更衣室として利用することはできなかったのでしょうか。
投書をした中学生が「男尊女卑」「女尊男卑」の語を使っているので、ここで不毛な論争が起こるかもしれません。
“尊”とか“卑”とかいうのは、価値判断であって、各人のとらえ方・感じ方によってずれてきます。
同じ状況を見ても、まったく反対のとらえ方・感じ方をする人がいます。
女子のみに更衣室が用意されていて、男子には更衣室が用意されない事象に対して、例えば以下のようなとらえ方・感じ方があるでしょう。
1)女子は性的羞恥心に配慮されて、更衣室が利用できる。男子の性的羞恥心は無視されて、更衣室が利用できない。
つまり、女子は大切にされ(尊ばれ)、男子は粗末な扱いを受けている ⇒ 「女尊男卑」
2)男子はどこでも着替えることができるという特権を持っている。女子は着替え場所について制約を受ける。
つまり、男子は自由度が大きく、女子は自由度が小さい ⇒ 「男尊女卑」
今回の投書をした少年は、1)のとらえ方で、「女尊男卑」と書いたのだと思います。
男子にも性的羞恥心があり、したがって女子と同じように配慮が必要であるという問題提起をしているのは明白です。
一方、2)のとらえ方をする人たちもいますね。
そういう人たちは、少年が「女尊男卑」という語を使ったことに反論したくなることでしょう。
男性から女性への性的加害が多くあるというのは、事実です。
そのため、女性は自分を性的被害から守らなければならず、制約を多く受けるというのはわかります。
ただ、男性が性的被害を受けることは無いのでしょうか?
そんなことはありません。男性もまた、性的被害を受けることがあります。
男性には性的羞恥心が無いのでしょうか?
そんなことはありません。男性にもまた、性的羞恥心があります。
男性と一口に言っても色々で、性的羞恥心が強くない男性の場合であれば「どこでも着替えることができる」のでしょう。
しかし、性的羞恥心が強い男性の場合、そうはいきません。
性的にまなざされることに敏感な感性を持つ男性にとって、観覧席のような異性を含めた不特定多数の人の目にさらされる場所での更衣は、大きな苦痛となります。
そういった人たちに対しても、「男子はどこでも着替えることができるという特権を持っている」といえるでしょうか?
「性的羞恥心が強い人」という集合の中で、おそらく男性は少数者(マイノリティ)です。
女性の性的羞恥心には配慮されるが、男性の性的羞恥心には配慮されないということが多々起こります。
これは、性的羞恥心の強い男性がマイノリティだからなのだと思います。
他のマイノリティの問題と同じように、この問題も理解されづらく、いろいろな障壁があるでしょう。
※ ジェンダー論やフェミニズムの知識がある人、マイノリティの問題に取り組んでいる人でも、
いやむしろ、そういう人だからこそ、性的羞恥心の強い男性を踏みにじってしまっている場面を多く目にします。とても残念な話です。
性的羞恥心の強い男性が、不公平感を持つのは、当たり前のことです。
女性は、自分たちが望んでもなかなか受けることができない配慮を受けることができるのですから。
他のマイノリティの問題で、当事者が不公平感を持つのと、同じ構造です。
この点を理解してほしいものです。
(なかなか理解されないでしょうけれど。あるいは、理解しようとしないでしょうけれど)
いやむしろ、そういう人だからこそ、性的羞恥心の強い男性を踏みにじってしまっている場面を多く目にします。とても残念な話です。
性的羞恥心の強い男性が、不公平感を持つのは、当たり前のことです。
女性は、自分たちが望んでもなかなか受けることができない配慮を受けることができるのですから。
他のマイノリティの問題で、当事者が不公平感を持つのと、同じ構造です。
この点を理解してほしいものです。
(なかなか理解されないでしょうけれど。あるいは、理解しようとしないでしょうけれど)
今回の場合、「女子のみに更衣室が用意されていて、男子には更衣室が用意されない事象」があったのでした。
それを「男尊女卑」ととらえるか「女尊男卑」ととらえるかを、いくら議論しても不毛です。
僕たちが目を向けるべき点は、そこ(解釈)ではなく、
男子に更衣室が用意されないことで、不快に思ったり苦痛に感じたりしている人がいる
という事実です。
扱いに差があって困っている人がいるので、差をなくしましょうという、ただそれだけの話です。
冒頭で書いた通り、男子更衣室を用意したり、時間差をつけて男女で更衣室を利用したり、いろいろとやり方はあるでしょう。
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男子生徒への半裸強制に関する新聞記事(1) ~男性の性的羞恥心を考えるために~
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