こんにちは。
真実の答えとは何かそして、人はなぜ争うのか PART2の補足として書いておきたいことがあるようです。
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あなたは、あなたが持つネガティブな気持ちに素直にはなれません。つまり、妬んでいる自分や、怒っている自分、怠けている自分を自分だと受け止めることができずにいます。
真の自分探しというのは、まさに自分を丸ごと受け入れてあげることなのです。
喜びも悲しみも同じ体の同じ心から発生しているのになぜ、あなたには悲しみは受け入れられないのでしょうか。それは、そう思う自分が醜いとあなたも感じるからです。
ですが、人間は人を思いやり、慈愛の心だけでは生きていけないのです。人を思いやり、妬み、喜び、怒り・・・そうしてあなたの人生は彩られていくのですから。移ろいゆく気持ちにだけ焦点を当てず、心の大本の流れを見てください。長い目であなたの人生を見るのです。すると、妬みを抱いている自分が、
「とてもかわいい存在」
に見えるときが必ずあります。真剣に怒っていたのが、笑っちゃうような一コマになるときがきます。
夜明けのない夜はありません。では、いつ夜明けが始まるのか。あなたは知っていますか?太陽の光陰がほのかに見えた瞬間ですか?それとも、暁の明けの雲が朱色に染まるときですか?もしかしたら、昨日の夕焼け雲が真っ赤だったところからかもしれません。
夜明けの定義ができないように、今あなたの目の前に暗い影を落としているものがいつ消えるか、いつ消えたか、はっきりとした定義はないのです。
あなたは、ただ、流れる時にゆったりと身を任せて、あなたの心の音を聞けばよいのです。そして美しい心の音を鳴らしてください。醜いと思う音階も、美しいと思う音階も、みんな決まっただけの音で羅列されています。あなたは、ドの音が嫌いですか?いいえ。ミの音が嫌いですか?いいえ。ファはどうですか?いいえ、いいえ。
・・・・そうです。音はみんな揃わなくては、音階は奏でられません。そして、限った音だけ使えば、音階は同じものしか紡げないようになってしまうのです。
もうおわかりでしょう。あなたの中の負の気持ちも、あなたを彩る大事なもの。そして、あなたを成長させるためになくてはならないものなのです。
妬みや僻み、悔しさ、怠けたい気持ち、怒り、不安、驚き。
あなたの人生を豊かにするものです。決して否定しないでください。それらが、完全になくなってしまったら、人間として生きている価値がなくなります。受け入れて、自分のものになさってください。そうすれば、あなたはあなたを許すことができます。そうして、自分を受け入れてあげてください。どんな小さな気持ちにも、心を傾けてあげて、でも、それだけにならないように。生きていくという本枠から決して外れずに、あなたは、あなたの生活を送ってあげるのがよいのです。
大体の人は、自分に甘いと聞きます。
ですが、自分が負の感情を持っていると知っている自分に甘いのであって、負の感情を抱いた自分に甘いのではありません。
負の感情を受け入れ、そして、新たな音階を紡いでください。そうすれば、また美しいメロディがあなたの人生にやってきます。いつしか、そうして、夜明けが来るのです。そして、あなたはその音を受け入れることで、次の日を無事に迎えることができるようになるのです。
そして大事なことは、今のあなたが乗り越えられない試練をあなたは決して組みません。あなたが、生まれる前、これをしておこうと決めた試練は、乗り越えられると分かっているときにだけ組まれています。
無理だ、だめだ、もうできない、苦しい、辛い。
いいのです。負の感情を吐露し、更に前を見てください。今吐露した負の言葉が、あなたの音階を作ろうと、音になろうと準備をしているところが見えてきます。あせらず、あなたの、あなただけのスピードでゆっくりと音を鳴らしてください。辛いときには辛いでよいのです。ですが、その辛さはあなただけのもので、人のものではありません。その辛さを抱きとめるために、あなたには、冷静さと客観的な視覚が必要になります。そうして、ゆっくりと、怯えている泣きそうなあなたの負の感情を抱きしめたら、守ってあげてください。
全身全霊で自分を護ってあげてください。
きっと、そこには、夜明けが来ていると私は確信しています。そして、あなたにも実感でき、次の試練に立ち向かうのが待ち遠しくてしょうがなくなると私は思います。
あなたに良い旅を。
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PS:ここまで一気に書いたんですが、一回も読み返してません。3回とも書き口調が違うのもなんでか知りません。で、なんかよくわからないので私は、これから、また、「新耳袋」を読もうと思っています。おったぬきさーん助けて~
この話はこの辺でよろしくお願いします。
tomo
真実の答えとは何かそして、人はなぜ争うのか PART2の補足として書いておきたいことがあるようです。
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あなたは、あなたが持つネガティブな気持ちに素直にはなれません。つまり、妬んでいる自分や、怒っている自分、怠けている自分を自分だと受け止めることができずにいます。
真の自分探しというのは、まさに自分を丸ごと受け入れてあげることなのです。
喜びも悲しみも同じ体の同じ心から発生しているのになぜ、あなたには悲しみは受け入れられないのでしょうか。それは、そう思う自分が醜いとあなたも感じるからです。
ですが、人間は人を思いやり、慈愛の心だけでは生きていけないのです。人を思いやり、妬み、喜び、怒り・・・そうしてあなたの人生は彩られていくのですから。移ろいゆく気持ちにだけ焦点を当てず、心の大本の流れを見てください。長い目であなたの人生を見るのです。すると、妬みを抱いている自分が、
「とてもかわいい存在」
に見えるときが必ずあります。真剣に怒っていたのが、笑っちゃうような一コマになるときがきます。
夜明けのない夜はありません。では、いつ夜明けが始まるのか。あなたは知っていますか?太陽の光陰がほのかに見えた瞬間ですか?それとも、暁の明けの雲が朱色に染まるときですか?もしかしたら、昨日の夕焼け雲が真っ赤だったところからかもしれません。
夜明けの定義ができないように、今あなたの目の前に暗い影を落としているものがいつ消えるか、いつ消えたか、はっきりとした定義はないのです。
あなたは、ただ、流れる時にゆったりと身を任せて、あなたの心の音を聞けばよいのです。そして美しい心の音を鳴らしてください。醜いと思う音階も、美しいと思う音階も、みんな決まっただけの音で羅列されています。あなたは、ドの音が嫌いですか?いいえ。ミの音が嫌いですか?いいえ。ファはどうですか?いいえ、いいえ。
・・・・そうです。音はみんな揃わなくては、音階は奏でられません。そして、限った音だけ使えば、音階は同じものしか紡げないようになってしまうのです。
もうおわかりでしょう。あなたの中の負の気持ちも、あなたを彩る大事なもの。そして、あなたを成長させるためになくてはならないものなのです。
妬みや僻み、悔しさ、怠けたい気持ち、怒り、不安、驚き。
あなたの人生を豊かにするものです。決して否定しないでください。それらが、完全になくなってしまったら、人間として生きている価値がなくなります。受け入れて、自分のものになさってください。そうすれば、あなたはあなたを許すことができます。そうして、自分を受け入れてあげてください。どんな小さな気持ちにも、心を傾けてあげて、でも、それだけにならないように。生きていくという本枠から決して外れずに、あなたは、あなたの生活を送ってあげるのがよいのです。
大体の人は、自分に甘いと聞きます。
ですが、自分が負の感情を持っていると知っている自分に甘いのであって、負の感情を抱いた自分に甘いのではありません。
負の感情を受け入れ、そして、新たな音階を紡いでください。そうすれば、また美しいメロディがあなたの人生にやってきます。いつしか、そうして、夜明けが来るのです。そして、あなたはその音を受け入れることで、次の日を無事に迎えることができるようになるのです。
そして大事なことは、今のあなたが乗り越えられない試練をあなたは決して組みません。あなたが、生まれる前、これをしておこうと決めた試練は、乗り越えられると分かっているときにだけ組まれています。
無理だ、だめだ、もうできない、苦しい、辛い。
いいのです。負の感情を吐露し、更に前を見てください。今吐露した負の言葉が、あなたの音階を作ろうと、音になろうと準備をしているところが見えてきます。あせらず、あなたの、あなただけのスピードでゆっくりと音を鳴らしてください。辛いときには辛いでよいのです。ですが、その辛さはあなただけのもので、人のものではありません。その辛さを抱きとめるために、あなたには、冷静さと客観的な視覚が必要になります。そうして、ゆっくりと、怯えている泣きそうなあなたの負の感情を抱きしめたら、守ってあげてください。
全身全霊で自分を護ってあげてください。
きっと、そこには、夜明けが来ていると私は確信しています。そして、あなたにも実感でき、次の試練に立ち向かうのが待ち遠しくてしょうがなくなると私は思います。
あなたに良い旅を。
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PS:ここまで一気に書いたんですが、一回も読み返してません。3回とも書き口調が違うのもなんでか知りません。で、なんかよくわからないので私は、これから、また、「新耳袋」を読もうと思っています。おったぬきさーん助けて~
この話はこの辺でよろしくお願いします。
tomo

自分自身に余裕がない時などはついついイライラして思ってしまったり。頭では怒る必要なんてないとわかっているけれど、気持ちの部分ではどうしても湧いてくる思い、そして、それを思ってしまう自分がイヤで自己嫌悪。
うん、でも、それもひっくるめて私であり、私の素直な感情でもあり、そういうことがあるから人間なんだし、人生でもあるんですね。
全部ひっくるめて自分も自分以外の人をも受け止めていけるように…肩の力を抜こうと思います。
が、醜く感じる私も受け入れるのは難しいですよね。
これぞ、ハイハイワロスワロスの極意ではないかと思います。
毎日自分の中でささやかな葛藤があったりして。
出来ない英語を使っての海外暮らし、夫は長期不在(仕事ではない)、目の不自由なお姑さんとの同居…夫の話を笑顔で聞く私の心の中には自分お置いてけぼりにしている葛藤があり、価値観の違うお姑さんのちょっとした言葉に心がささくれてしまったり。
だけど、本当はそれもこれもひっくるめて皆も自分も受け止めたい。
こういうのって眉間にシワ寄せて頑張らなきゃ!頑張らなきゃ!って追い風に向って前に進めるものではないんでしょうね。
ハイハイワロスワロスの極意…しかと身につけたいと思います。
例えば、ある奥さんの髪型がかわいかった→今日の私きれいじゃないわ→嫉妬
すると、その嫉妬という気持ちが小さな結晶になって手と手の間で光るんです。
うわぁ、私にまだこんな感情があったのねぇ。そうね、あの奥さんきれいだったわ。私も真似してみようかな。いいとこはみんな取り入れなくちゃ。嫉妬の感情が残ってたなんて、かわいいわ。私・・・
ハイハイワロスワロス、そのうち、私なりの解釈を載せたいと思っています。
そしたら、相手のそんな感情も可愛いなあって思えて笑えるんですよね。
もう少しなんでしょうね。
今もそう思えたりするんですよ。自分の中の別の一人が落ち着いて「あらあらら~」って思ってるの。
相手のことにも「うふっ」って思っているんです。
だけど、自分の中のもう一人が「だけどねっ!だけどねっ!」って言ってるんですよ。
もうちょっとしたら統合するのかなあ。
tomoさんのハイハイワロスワロスの解釈楽しみにしています。