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日本とは何か―近代日本文明の形成と発展

2015-04-04 09:27:12 | 日本の文化
◆『日本とは何か―近代日本文明の形成と発展 (NHKブックス)

著者・梅棹忠夫は主著『文明の生態史観 (中公文庫)』であまりに有名な文化人類学者であり、その文明学は今もなお強い影響力をもっている。本書は、その二十年を超える比較文明学のエッセンスを、アメリカやフランスなどで講演した内容を中心にまとめたものである。時間に限りのある講演なので彼の主張がコンパクトにまとめられており、梅棹文明学への本人自身による良き入門書にもなっている。

さて、私はこのブログで日本の文化を他地域の文化と比較して、「日本文化のユニークさ8項目」の視点から探ってきた。とくに西洋文化との違いを強調してきた。一方で梅棹は、日本と西洋との、歴史的展開の共通性を打出し、独自の文明論として内外から注目されたのである。私自身、この論が、両地域の歴史展開の深い真実をついていると思う。梅棹が指摘するような共通性が確かにある。しかし、一方で大きな違いもある。その違いのひとつが、遊牧文明や牧畜文明とのかかわりからくる違いである。いずれにせよ梅棹文明学は、ここで取上げるにはきわめて興味深い題材である。

梅棹はまず、日本文明をどのように捉えるかを三つの説に整理する。

ひとつは模倣説である。日本人は模倣の才能に優れ、この1世紀間ひたすら西洋文明を模倣した結果、今日のような一見西洋化した文明を作り上げることができたという説である。もう一つは、転向説とでもいうべきものだ。日本は古来、独自の文化をもって発展した国であるが、19世紀に西洋からの衝撃を受けて、そちらの方向に進路を変更した。トインビーは日本を、伝統的原理をすてて西洋的原理に乗り換えた、文明の「改宗者」と呼んだ。これも一種の、日本「転向者」説である。

模倣説も転向説も、現代の日本文明を西洋文明の一変種としてとらえている点では、視点が同じである。いずれも、日本はいちじるしく西洋化することによって近代化に成功したひとつの例であるとみている。日本文明は、西洋文明という先行者の追随者という関係でとらえている。

梅棹自身は、これらの説をとらず、いわば「平行進化説」というべきものを主張する。日本はもちろん西洋文明の模倣を多かれ少なかれおこなったが、それは全面的なものではなく、一定の方針のしたがっての取捨選択である。その一定の方針こそ、長年の歴史の中で培われた日本文明の基本的デッサンである。ただ、この事実はこれまでも多くの人々が指摘してきたことだ。梅棹の主張が新鮮だったのは、近代日本が、かならずしも明治以来の西洋化の産物ではないことを事実と理論に基づいて明確にしたことである。

ペリーの来航する半世紀も前から、日本には近代社会への胎動が見られた。土地開発がすすみ、手工業的工場が各地に現れ、交通通信ネットワークも完備し、教育は普及した。前近代的な要素をのこしながらも、全体として「近代」の入り口まで来ていた。西洋の衝撃を受ける以前に、そのような事実があったことに注目すべきである。日本の近代化は、西洋文明によってもたらされたのではなく、明治以前から独自の路線による近代化が進行していた。西洋文明の衝撃によって、それがさらに促進されたにすぎないのである。

日本文明は、西洋文明とは独立に、独自に発展してきた別種の文明だ。他にも別種の文明はあるが、西洋文明の衝撃を受けも、多くは挫折か停滞を余儀なくされた。じょうずに近代化に成功したのは日本文明だけだった。それはなぜなのか。

梅棹は、この問いに答えて、西北ヨーロッパと日本の文明には、歴史的にみて様々な共通性があったからではないかという。どちらも古代において、ローマ帝国と秦・漢・唐の帝国という巨大帝国の周辺に位置した。中世においてはこの二地域だけが、軍事封建制という特異な制度を発展させた。その中から絶対王制(梅棹は徳川期を絶対王制の時代とみる)をへて、近代社会が生まれた。つまり、日本の近代化は、模倣説や転向説では充分説明できない。それはいわば、平行進化説によってこそ正しく説明できる。西北ヨーロッパと日本とは、ユーラシア大陸の両極にありながら平行進化をとげてきた。それが西洋の衝撃によっていち早く近代化できた大きな理由である。

ではなぜこのような平行進化が生まれたのか。その基盤にあるのは、西北ヨーロッパと日本との、生態学的な位置の相似性だという。両者は、適度の降雨量と気温にめぐまれた温帯にある。またアフロ・ユーラシア大陸をななめに走る巨大な乾燥地帯から適度な距離で隔てられている。この乾燥地帯が人類にとって果たした役割は大きいが、とくにそこにあらわれた遊牧民の存在が、その後の人類史において繰り返し強力な破壊力をおよぼした点が重要である。西北ヨーロッパと日本との共通性は、その破壊力からまぬがれて比較的平穏に文明を展開できたという点にも見出されるという。

わたしがとくに興味を持つのはこの点である。西北ヨーロッパと日本とは、遊牧民の破壊力からまぬがれたところに共通性があるという。それは事実であろう。しかし、このブログで探っている「日本文化のユニークさ8項目」の中には次のような項目がある。

(2)ユーラシア大陸の父性的な性格の強い文化に対し、縄文時代から現代にいたるまで一貫して母性原理に根ざした社会と文化を存続させてきた。

(3)ユーラシア大陸の穀物・牧畜文化にたいして、日本は穀物・魚貝型とも言うべき文化を形成し、それが大陸とは違う生命観を生み出した。

ユダヤ・キリスト教は、父性的な宗教であるが、その性格は砂漠や遊牧民との関係が密接である。そして、遊牧民や牧畜民ともっとも関係の薄い文明のひとつが日本文明なのだ。次回は、この点と梅棹の主張とを比べながら検討をすすめたい。

《関連記事》
日本文化のユニークさ8項目
日本文化のユニークさ04:牧畜文化を知らなかった
日本文化のユニークさ05:人と動物を境界づけない
日本文化のユニークさ06:日本人の価値観・生命観

《関連図書》
アーロン収容所 (中公文庫)
肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 (中公文庫)
日本人の価値観―「生命本位」の再発見
ユダヤ人 (講談社現代新書)
驚くほど似ている日本人とユダヤ人 (中経の文庫 え 1-1)
ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)
一神教の誕生-ユダヤ教からキリスト教へ (講談社現代新書)
旧約聖書の誕生 (ちくま学芸文庫)
蛇と十字架・東西の風土と宗教
森のこころと文明 (NHKライブラリー)
一神教の闇―アニミズムの復権 (ちくま新書)
森を守る文明・支配する文明 (PHP新書)


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