1997年に劇場公開された “ もののけ姫 ” は、当時、興行収入記録と観客動員数記録で日本映画史上トップとなった。作品規模の大きさからもジブリ・ファンの注目度は大きかっただろうし、“ 紅の豚 ” の公開から5年を経ていた事から生粋の宮崎駿ファンの期待度は相当に高かっただろうから、公開されるまでの予備初速とでも言おうか、旋風が吹き荒れる兆しは既に水面下で起こっていたと捉えて良いと思う。
この映画の話題は他にも色々とあるが、主題歌にも世間が注目した事を忘れてはならない。
米良美一(めらよしかず)--彼の功績も実に大きい。カウンターテナー歌手として、それまでクラシック音楽や日本の古い歌曲を歌っていた彼が “ もののけ姫 ” の主題歌の歌い手として抜擢され、一躍その名が知られる事となったのは周知の通りである。
映画館で初めてこの作品を観て、物語中盤で主題歌が流れた時、僕は異様なまでの冷気と畏怖を感じた。空調で館内が冷やされていたのとは別に、何と言えば良いのだろう、もののけ姫であるサンの絶対的な孤独と悲哀が切々と染み渡ってきて、心身丸ごと無常の雨に打たれたのだ。
この曲は序奏からして、人の心に儚い誠たるや如何なるものかを沁みゆかせる力が宿っている。その強靭な引力に、僕は一瞬にして呑み込まれた。
ましてこの歌が流れるシーンは劇中最大の見せ場といっても良いぐらいに緊迫したもので、アシタカとモロが問答する圧巻な様子に、ただただ息を呑むばかりである(トップ画像はその1コマ)。
米良美一の、夜天を覆う様な、そして澄み切った中性的な歌声に魅了された人も多くいるだろう。苦しいまでに、胸を丸ごと掴まれる。
宮崎駿監督作詞による主題歌は、以下の通り。
はりつめた弓の
ふるえる弦よ
月の光にざわめく
おまえの心
とぎすまされた
刃の美しい
その切っ先によく似た
そなたの横顔
悲しみと怒りにひそむ
まことの心を知るは
森の精
もののけ達だけ
もののけ達だけ
この曲は1番のみ歌詞が付いていて、2番は uh と ah の2音による歌唱で同じ旋律が繰り返される。
宮崎監督は2番の歌詞も考えたのだが、結局は1番と比べて相応しいものが浮かばなかったため、やむやむ uh と ah の2音による歌唱にしたのだそうだ。
僕はこの2番の、歌詞にならない歌詞も大変好きで、かえって下手な言葉を付帯させなくて良かったと思っている。この方が、サンの言い尽くせぬ複雑な心情が見事に伝わってくるからだ。抽象を以って具象とする技があるのだという事を、僕はここに学んだ訳である。
本心を言えば、ここに僕なりの2番を書き連ねてみようと考えていたのだが、改めて主題歌をじっくりと耳にしてみて、やはりそれが意味を成さないと痛感した次第である。