銀河夜想曲   ~Fantastic Ballades~

月が蒼く囁くと、人はいつしか海に浮かぶ舟に揺られ、
そして彼方、海原ワインのコルクに触れるを夢見、また、眠りにつく……

1000の風 1000のチェロ

2007年05月20日 22時17分57秒 | 絵本・童話・児童文学
作 いせひでこ
偕成社



ぼくは、なににむかって、こんなにれんしゅうしているんだろう。あのこは? おじいさんは?

大切なものを失った男の子と女の子(両者共にチェロを習っている)が、阪神淡路大震災復興支援のチャリティー・コンサートに出演するまでを描いた、短くも印象深い作品。


いせひでこ(伊勢英子)の画風は僕の嗜好と重なるもので、現在何冊かの絵本が手元にある。
この作品では全体的に淡い色彩を配しながらも、人物の大きさ、木の大きさ等がしっかりと据えられているために各頁の中心が明瞭で、故に作品としての説得力があり、またその力強さをストレートに感じ受ける。更に、絵柄はデッサン(スケッチ)の風合いが残されていて、特に男の子がチェロに打ち込んでいる場面とコンサートの出演者達が合奏している場面ではその技法が活かされており、本当に風が起こっているようで驚嘆するのだが、それは生命の流れ、想いの馳せというものを筆者が見事に描いているからである。そしてこの作品を繰り返し読んでいると、頁と頁の間にも風が吹いているような感覚になるから不思議でもあり、それが清々しくもある。

仮にこの物語が阪神淡路大震災復興支援を題材にしていなくとも、チェロを奏する男の子と女の子の魅力が失われる事はないだろう。少ない会話の遣り取りからも、彼等の性格が自然と優しく伝わってくる。

現代を生きる者に一番欠落している『想いを馳せる』という行為。例えば通信手段が発達し、その利便性が手軽になればなる程に人の不遜たる側面は顔を出し、結果、先に掲げた行為が不得手になっていく中で、この作品は人としての1つの在り方を問い掛けているように思う。