歩いたりジョグしたりして楽しく旅ラン(誰でも参加OK)…四ッ谷 走Run会!!(はしらんかい!!)

NPO法人ネイチャーズが母体の、基礎から始めてウォーキング、ジョギング、旅ランを楽しむ会です。孤独な人もおいで!

上の段地区/福島宿@旅ラン「中仙道走膝痛シ」

2022年03月20日 | 中山道走膝痛シ(旧中山道ランニング)
ひきつづき2020年10月18日、福島宿です。

木曽駒山系からの伏流水で造られた銘酒の蔵元、七笑(ななわらい)酒造のお店がありました。
創業は明治25年、美しい店構えです。



------------「七笑」名前の由来(酒通販、CRAVITONより)

「七笑(ななわらい)」の名前の由来は、さかのぼるとひとつの地名に行き着く。
この地の歴史に残る「木曽義仲(きそよしなか)」は、武士の始祖とも言われる豪傑。
源平合戦では見事に勝利をあげ天皇から征夷大将軍を拝した有名な人物。
その義仲がまだ「駒王丸(こまおうまる)」と呼ばれていた幼少のみぎりに、木曽駒の山奥に自然児として過ごした美しい場所があった。
そこは、木曽川の源流木曽駒高原(きそこまこうげん)に実在する「七笑」と言う名を持つ地籍だった。
屈しない強さを誇る木曽義仲が、最も大切にした場所「七笑」には、さらにはこんな逸話もある。
青年となった彼は、なんとこの場所で、逢い引きをした。
・・・と言うのだ。
お相手が、かの「巴御前(ともえごぜん)」であったかどうかは定かではないが、鬼神と詠われるほど神がかった戦(いくさ)の天才「旭将軍・木曽義仲」の、なんとも微笑ましくおおらかな一面をかいま見るようではないか。
生誕から850年を経た現在も、木曽義仲は木曽路屈指の英雄である。
七笑酒造は、義仲の原点ともなった場所「七笑」のように、美しく清らか、豪快でおおらかな日本酒の味の原点を、守り抜く姿勢で酒造りに携わり続けている。
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七笑は前回で取り上げた小沢村のヤバそうな正沢川の鉄の橋を渡った辺りの様ですね。
七笑というバス停があるみたいです。


試飲もできるようですが、コロナの関係で大抵の蔵元は不可になっていますので立ち寄りませんでした。
かつては木曽谷だけで37もの蔵元があったらしく、昔の人が中仙道を延々と歩いて宿に着いた時の慰めには旨い日本酒が一番だったと思います。


創業350年の老舗宿 いわや
浴室はすべて木曽の檜だそうで、館主のルーツは川中島の戦いに参戦した家老だそうです。

この時はGOTOキャンペーン中でしたので、贅沢な一泊するチャンスでしたが、旅の計画を考えると、もっと先の上松宿手前の梯温泉がベストだと考え、泊まりませんでした。


七笑酒造の蔵元


高札場跡

この坂を上がると上の段という小高い地域になります。
木曽義昌の上之段城城下町跡で、旧家の街並みが残っていて、水場があります。

木曽福島宿 上の段にて


ここで木曾義昌って誰?
と気になりました。

木曾義昌…乱世に情けは無用!現代まで語られる千葉のヒーロー


ふう~ん。
旅ランは勉強になります。
木曽義仲(源義仲)とはあまり関係なさそうです。
木曽という苗字と、義という字が付くのですが、地元民うけするために義仲のブランドを借りただけみたいですね。


井戸がありました




木曽の山中ですが、金沢港の週な魚が味わえるところみたいです。
この辺りで宿泊してれば入ってみたいところです。
(何軒か宿が近くにありました。)

写真をよく見るとガラス戸に自分が写ってました。


木曽福島駅

街道は木曽町役場にぶち当たります。
江戸中期までは中仙道は旧木曽川沿いにあったみたいですが、流れてしまったみたいです。

中仙道は木曽町役場の裏を回り込んで細道になります。




塩淵の一里塚跡(江戸より70里、京へ67里)


木曽川に架かる構造物、なんだろう?

(つづく)


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