五劫の切れ端(ごこうのきれはし)

仏教の支流と源流のつまみ食い

玄奘さんの御仕事 其の壱十六

2005-05-27 14:47:00 | 玄奘さんのお仕事
■突然、パーニニなどという聞いたことも無い仙人の話に当惑されている方も多いと思いますが、それこそ日本と日本語の致命的な問題に直結する大問題なのですなあ。日本だけではありません。文字と記録の国・チャイナの地でもパーニニはまったくの無名です。玄奘さんは、帰国後に随分と啓蒙活動を熱心に行なったようなのですが、それでも誰も受け継がなかったようですし、日本から渡ったお坊様達も、玄奘さんの翻訳経典は熱心に学んで持ち帰っていますが、パーニニの話は不要なものと思ったのか、日本には伝わらなかったのです。唯一、パーニニの名前と著作を今でも大切にしている所が有ります。それはチベットなのです。

■引用個所の最初に『声明論』(vyakaranam)と出ていますが、「文法学」のことです。チベット人が作り上げた文化の基盤は文字と文法学なのです。文字はサンスクリット文字の元となったインド系の文字を全て写し取って独自の書記法を作りましたし、恐るべき事にまったく種類の違うサンスクリット語の文法理論をそっくり自国語に適応させる奇跡を起こして伝承しているのです。パーニニが活躍したのは紀元前4世紀と推測されていますが、チベット語文法の聖典『三十頌』が完成したのは、伝説では紀元7世紀、つまり玄奘さんの時代なのです。但し、チベット学の碩学・山口瑞鳳先生の綿密な考証によると、『三十頌』が扱っている文法は9世紀頃のものらしいのですが、ここでは伝説を採用して面白がりたいと思います。

■チベット語を伝統的なカリキュラム通りに勉強する人は、文字の読み書きを習得した後で、「これを丸暗記せよ」と言って数枚の紙を渡されます。それがトンミ・サンポータという伝説の偉人が書き上げたと言われる『三十頌』です。


rgya gar skad du.
bya ka ra na mu la trim shad na ma.
bod skad du.
lung ston pa rtsa ba sum cu pa zhes bya ba.
第一句「インドの言葉で」
第二句「言語学根本三十頌という本」
第三句「チベット語で」
第四句「理論を示す根本三十頌という本」


これが『三十頌』の正式な題名です。アルファベットは便宜的に欧州の学者がくっ付けただけですから、そのまま読んでもチベット語の発音にはなりません。念のため。しかし、インド伝来の単語を音写した場合にはアルファベットとの音の対応が残っているのです。ですから、題名の二行目を見て下さい。[ byakaranamu ]という文字が拾えるでしょう。チベット語には V の音が無いので、音を移すとこうなります。どちらも「バヤカラナム」になるのがお分かりになると思います。

■チベット仏教の学問寺では、可愛い小僧さん達が大きな声で『三十頌』を唱えています。御経の意味を理解するためには、どうしても文法の知識が必要ですから、この勉強は必修です。その後、文法学を専門的に研究するかどうかは、本人の資質と希望によりますが、本格的に研究するとなると、何十年もかかって、最終目標を『パーニニ文法』に定めて勉強が続くのです。ですから、世界最古の文法学はチベットの御寺の中では今でも生きているというわけです。せっかく玄奘さんがこの遺産を学んで唐の長安に持ち帰ったのですが、文法嫌いなチャイナのお坊さん達は、玄奘さんの言うことを聞かずに何処かに仕舞い込んでしまったまま、すっかり忘れてしまったのでした。ですから、日本にもしっかり伝わることもなかったという訳です。玄奘さんが大事な御経典を漢文にしてくれたのですから、後はそれを熱心に読めば良い、と考えるのが普通なのかも知れません。
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