五劫の切れ端(ごこうのきれはし)

仏教の支流と源流のつまみ食い

NHK新シルクロードについて

2005-05-31 21:18:40 | 法話みたいなもの
今回も「玄奘さんシリーズ」から反れ、NHKの新・シルクロードについて書くことにいたします。 ■NHKの『新・シルクロード第五集』を御覧になった方も多いと存じますが、「五劫の切れ端」としましては、なかなかの力作であることは認めるにしましても、はなはだ心許無い思いを強くした内容でした。シルクロードを観光名所として復活させようと熱望する北京政府と、NHKの思惑が一致したのでしょうが、クマーラジーヴァ( . . . 本文を読む

やっぱり頼りはイエス様?

2005-05-29 10:10:42 | 法話みたいなもの
今回は毎度お馴染み「玄奘さん」シリーズから脱線しまして、先日発生した 青森の「王子様(ご主人様)」事件について考えてみたいと思います。 ■青森の「王子様(ご主人様)」の毒牙にかかって監禁された少女が、悪夢から醒めたのはキリスト教の教会の中だった! ……被害少女が監禁されていた東京都足立区のマンションから命からがら逃げ出し、たどり着いたのは、事件現場から約60㌔離れた千葉県内のある教会だった。 . . . 本文を読む

玄奘さんの御仕事 其の壱十六

2005-05-27 14:47:00 | 玄奘さんのお仕事
■突然、パーニニなどという聞いたことも無い仙人の話に当惑されている方も多いと思いますが、それこそ日本と日本語の致命的な問題に直結する大問題なのですなあ。日本だけではありません。文字と記録の国・チャイナの地でもパーニニはまったくの無名です。玄奘さんは、帰国後に随分と啓蒙活動を熱心に行なったようなのですが、それでも誰も受け継がなかったようですし、日本から渡ったお坊様達も、玄奘さんの翻訳経典は熱心に学ん . . . 本文を読む

玄奘さんの御仕事 壱拾五

2005-05-24 22:47:00 | 玄奘さんのお仕事
■いよいよナーランダー僧院に近づいた玄奘さんですが、とても大切な事を書き忘れたまま道を少しばかり急ぎ過ぎてしまったようです。玄奘さんの御仕事に欠かす事が出来ない重大な一節が『大唐西域記』にさり気なく書いてあるのです。これを見落としてはこのブログの意味が無くなってしまいます。少しばかりややこしい御話になりますが、極力分かり易く書きますので、聊(いささ)か長くなるかも知れません。しかし、他では余りお目 . . . 本文を読む

「オン・パ・ニ・ペ・メ・フン」の由来

2005-05-21 23:19:39 | 法話みたいなもの
今日は「玄奘さんのお仕事」をお休みして、チベット仏教徒が唱える「オン・パ・ニ・ペ・メ・フン」の由来と意味についてお話しいたします。 ■ダライ・ラマ猊下が御帰りになって、早一月になります。チャイナの地では「反日無罪」の暴動騒ぎが起こりまして、貧乏な不平漢族がちょっとした憂さ晴らしをしましたが、二重三重に不利な立場に追い込まれている少数民族の中には、あの暴動がもっと大規模になるのを息を潜めて見詰めて . . . 本文を読む

玄奘さんの御仕事 其の壱拾四

2005-05-20 00:00:00 | 玄奘さんのお仕事
■次はいよいよ「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり……」の祇園精舎(ジュータヴィナ・ヴィハーラ)があった舎衛城(シュラーヴァスティー)です。観光に熱心なインド政府が整備してくれて、日本からも多くの観光客?が訪れるようになりましたが、玄奘さんが訪れた時には荒れ果てていたようです。仏教寺院などぜんぜん見当たらずに、ヒンズー教の祠ばかりが沢山有ったと記録にあります。釈尊がここに滞在して弟子達と暮らして . . . 本文を読む

玄奘さんの御仕事 その壱拾参

2005-05-18 00:25:00 | 玄奘さんのお仕事
■猛獣がうろつく大密林を通過してカウシャーンビー国に入るのですが、10数箇所の仏教寺院は荒れ果てていたようです。釈尊と同じ日に生まれたウダヤナ王が釈尊の姿を刻ませた仏像は残っていたようですから、例のヴィシュヌ神の化身として釈尊がヒンズーに取り込まれた後だったのかも知れませんなあ。インドの地では特に仏教が弾圧されることもなく、ヒンズー教の中に吸収されて行って、後のイスラム教徒の侵入によってヒンズーと . . . 本文を読む

玄奘さんの御仕事 その壱拾弐

2005-05-16 22:21:10 | 玄奘さんのお仕事
■玄奘さんは、準備が整ったのでナーランダー僧院に向いました。多なる地理的な位置関係が原因なのですが、ナーランダーへの道順は釈尊の一生を辿る旅になります。巡礼者としての玄奘さんの姿がここに見られます。釈尊の生涯に関する経典を読破していた玄奘さんは、地元の伝承を聞きながら仏跡を次々と訪ねます。名所旧跡を『地球の歩き方』片手に観光して歩くような旅ではなく、求道者が命を懸けた魂の巡礼とでも言うべき旅程でし . . . 本文を読む

玄奘さんの御仕事 その壱拾壱

2005-05-09 07:36:54 | 玄奘さんのお仕事
■『大唐西域記』には、突厥の葉護可汗が付けてくれた通訳係の青年と何処で玄奘さんが別れたのか、一言も述べられていないようです。想像をますます逞しくしますと、仮にこの青年が恐るべき能力を持ち、ソグド商人の情報ネット・ワークも駆使して玄奘さんの旅を大いに助けたとしたら、その報告を読んだ皇帝の太宗が、その情報ネット・ワークを一挙に手に入れれば、不倶戴天の敵である突厥帝国を撃滅することが可能だと判断するはず . . . 本文を読む

玄奘さんの御仕事 その壱拾

2005-05-06 07:00:00 | 玄奘さんのお仕事
■玄奘さんは、この丁字路の東から西へと進んで、分岐点に居た葉護可汗に挨拶をしてから南下して行ったわけです。モンゴル系の「柔然」もトルコ系の「突厥」も支配地域を広げる軍事行動には長(た)けていましたが、商業行為を一手に引き受けていたのはソグド人達でした。彼らは主に丁字路の東西方向、つまりシルクロードを存分に利用してペルシアやビザンツ帝国と、チャイナの地を行き来して抜け目無く利益を上げていたのです。彼 . . . 本文を読む