五劫の切れ端(ごこうのきれはし)

仏教の支流と源流のつまみ食い

玄奘さんの御仕事 其の四拾四

2006-07-03 15:02:03 | 玄奘さんのお仕事
■ナーランダー寺院で玄奘さんが学んだのは唯識思想ばかりではなく、翻訳という大目標を達成するのに欠かせない文法学や音韻学、更に仏教以外の各種インド思想も学んだとされていますが、天才玄奘さんが集中して晩年のシーラバドラ(戒賢)の直接指導を受けて5年間も学んだのですから、その間に吸収した知識は以下の体系と無関係だったとは到底思えません。

■インド伝来の学問体系は、基本的に「大五明学」と「小五明学」に分かれます。それが更に分科して総合的な知識体系が構築されます。


大五明学
①語学………サンスクリット文法書4種
②因明学……弁論学(討論術)・哲学(形而上学)
      ・心理学(認識論)
③工芸学……美術学(絵画・彫刻)・文学・音楽
④医学………8科15種
⑤仏教学……説一切有部・経量部・中観学・唯識論


■旧漢訳では、①声明、②因明、③工巧明、⑤内明と呼ばれていました。音声によって言語を究め、語と文の使い方を究め、知識を象徴する技術を究め、最後に仏教修行の完成を目指すという構成になっています。内明こそが大小五明学の頂点とされ、その他の明学は単なる概念と定義を学ぶ科目という位置付けがなされています。今の学校教育に重ねてみますと、主要五科目は全て概念と定義を学んで知識を増やす基層の学科で、倫理学や道徳教育が頂点に置かれると言う事になるでしょうか。何のための知識なのか?何のために学ぶのか?進学や資格試験合格だけを目的とした教育が不毛になって行くのは仕方が無いことなのかも知れません。合掌

■次に④医学の中身を確認して置きます。


8科……①身体科、②小児科、③婦人科、④外傷科、⑤毒部科、
    ⑥養生養老科、⑦男性科、⑧鬼病(精神)科。

15類……①三障因、②内科、③発熱、④上半身、⑤五臓六腑、
    ⑥隠病、⑦零星病、⑧天然痘、⑨小児科、⑩婦人科、
    ⑪鬼病、⑫外傷科、⑬毒物科、⑭養生、⑮男性科


仏教医学は「三毒」即ち、貪・瞋・痴の三大煩悩を人間理解の基礎に置くので、心身不離の治療を行ないます。チベット医学には、ルン(風)、チーパ(胆液)、ペーケン(涎)という三要素による身体論が有って、これらのバランスが崩れると様々な疾病に罹ると考えられます。『ギー・シ(四部医典)』というチベット医学の図版解説書が有名ですが、その巻頭にはユダヤ神秘思想のカバラに似た象徴的な大樹を利用した体系図が掲載されているのが特徴的です。


小五明……①詩学・修辞学、②詞藻学、③韻律学、④演劇学、
     ⑤天文暦算学


■小五明⑤天文暦算学は、古代ペルシアの影響も見られる精緻なもので、各種行事の日程や悩み相談にも利用されるばかりでなく、医学の必須科目ともされています。非科学的な占いや呪いではありますが、フラシーボ効果のように世俗的な意味での「病は気から」という面が現実的に存在するのも事実なので、占いによって相談者や患者を安心させるのも友好な「方便」と考えられています。勿論、悪用して金儲けに走る愚か者も確かに居ますが、輪廻転生の倫理学から考えれば慈悲の心を忘れて他人を貪(むさぼ)れば、しっかり恐ろしい後世が待っている事になっております。「自らの心を油断なく見張れ」という釈尊の教えを忘れたら、おしまいです。

■補論として付け加えますと、大五明学の③工芸学には土木建築の技術も含まれているので、生活の不便を解消するために道を拓いたり橋を架けたりした名僧が数多く記録されています。こうした伝統は、唐の鑑真和上や日本の行基菩薩などにも流れています。鑑真さんも行基さんも民間医療にも心を砕きましたし、鑑真さんは多くの薬品を日本に請来したことで有名です。

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