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ハードボイルドで行こう!

本人はハードボイルドじゃないんですけどね。憧れってところですかね。

~ ハードボイルドで行こう ~ Vol.9

2006-08-28 | 小説
 カタルーニャの人々はみんなこんなに素朴で温かい人達なのかなと感心していると、うまい具合にさきほど注文したスープが運ばれてきた。スープはブイヤベースにも似た魚介類の煮込みであった。地中海で採れたと思われる大きなエビや貝がふんだんに入っていた。味は絶品としか言い様のないものであった。ワインに口をつけると、こちらも言い様のないうまさだった。アルコールとしてうまさよりも、果実の風味が勝っている、実に口当たりがまろやかなものであった。「酒を呷る」気持ちの時には似つかわしくない、爽やかな味であった。さきほど注文した白ワインは正解であった。夢中でグラスの中のワインを飲み干すと、次にでてくるであろうメインに思いを馳せていた。

 しばらくすると、テーブルの上にメインが運ばれてきた。その登場は、喜びをよりいっそう大きくするものであった。親指より二周りぐらいのサイズのイカが10パイほど、ガーリックで炒められた料理となって出てきたのである。このサイズのイカと出会ったのは初めてであったし、味も初めてであった。イカの上品な甘さにオリーブオイルとガーリックがアクセントを加え、ほんのりとした香ばしさも加わっていた。普段は食事に時間がかかるのだが、この時ばかりはあっという間にたいらげてしまった。

~ ハードボイルドで行こう ~ Vol.8

2006-08-18 | 小説
 しばらくすると、店の奥から女主人のような人が出てきた。先ほどの女性よりも大柄で、目尻には良い歳のとり方をしたと想像させるしわが何本も刻まれていた。各テーブルを回り挨拶らしきものをしているようであった。私のテーブルの前まで来ると、テーブルの上に無造作に置いた愛用のZippoに目を留め、微笑みを浮かべた表情で何かしら話し掛けてきた。「ちょっと貸してください。」と言っているように感じ、快く応じることにした。女主人はZippoを両手で大事そうに取り上げると、テーブルの上に置かれたランプに火を灯した。そしてそのまま私のZippoを手に、各テーブルにある大きなランプに火をつけてまわった。

 ランプに火が灯ると、それまで薄暗かった店内は、オレンジ色の灯りとその灯りに照らされた影が織りをなし、幻想的で、それでいてどこか家庭的な温もりを感じさせる雰囲気を醸し出していた。店内にいた客はみな喜んでいるようで、こちらを見て「この灯りは君のZippoのおかげだよ。」と言っているような温かい笑みを送ってきていた。女主人の機転なのか演出なのか分からないが、なんともいえない一体感、幸福感を感ずることができたことは、今の私にとって大きな出来事であった。

~ ハードボイルドで行こう ~ Vol.7

2006-08-05 | 小説
 ひとまず注文を終えて辺りを見回してみると、意外にお客さんが入っていることに気付いた。小さな店ではあるが、10人近くは入っていたであろうか。若いカップルや、一人で来ていると思われる初老の男性もみな、それぞれに好き勝手におしゃべりを楽しんでいるようだった。声のトーンは高く、大声である。なぜ今まで気がつかなかったのだろうか。多分、店の雰囲気と自分自身の心持ちのせいであろう。目と目が合うとニコッと微笑みながら「Ora!」と話し掛けてくる。こちらも「Ora!」と切り替えした。向こうは続けて何か言ってくるのだがこれ以上は理解できない。何か悪いことをしたような、もったいないことをしたような気にもなった。彼らはまるで古くからの友人とでも話すかのように、フラっと入ってきた旅行者を受け入れたのである。さきほどまで心地よいと思っていた距離感が一気に縮まったが、全く嫌な感じはせず、むしろ違った心地よさが胸の中を支配していった。それは、人から信頼され、好感をもたれ、存在を認められることから感じる心地よさとも違った種類のものであった。また、人々の陽気さ、気楽さからくるものとも違っていた。

~ ハードボイルドで行こう ~ Vol.6

2006-07-25 | 小説
 声のした方を見やると、店の奥から笑顔を浮かべた若い女性が元気よく近づいてきた。店のウエイトレスであろうか。目鼻立ちの整ったはっきりとした顔立ちの女性ではあったが、少しウェーブのかかった黒髪が、顔立ちや元気で活発な声の印象とは全く別の、素朴で人の良さそうな印象を与えていた。女性の言葉は分からないが、食事なのかアルコールを頼むのか聞いているのだろうと想像し、身振り手振りも交え食事であることを伝えた。すると、奥まったところにある、空いているテーブルに案内された。カタルーニャ語でなにかしら言っているようだったが、全く理解することはできなかった。

 ひとまずメニューをもらい、スープとメインを一品ずつ、それに土地のワインを注文した。もちろんメニューなど読めるわけはなく、何が出てくるかは分からなかったが、知らない土地で思いがけないものに出会う、そんな一期一会の出会いを期待していた。自分が知らないだけでなく、周りも自分のことを知らない、土地の人だけでなく、テーブルも椅子も、そして食材さえも、今この瞬間に出会ったものばかりで、お互いに必要だとも不必要だとも感じたことはない、そんな距離感に居心地の良さを感じていた。

~ ハードボイルドで行こう ~ Vol.5

2006-07-15 | 小説
 フィゲラスの街並みは相変わらず乾燥していた。ダリ美術館へ向かう際には全く気がつかなかったが、二階がホテルになっている一軒の小さなレストランを見つけた。来る時の道からは少し脇に外れた細い通りでは見つかるわけはなかった。ちょうどお腹も空いてきたようで、都合のいいことにバルセロナへ帰る列車が来るまでには、まだ時間があった。たいしたものは出てこないだろうと思いながらも、思い切って入ってみることにした。

 木製のドアを押し開けると、そこは小さなBARになっていた。昼間にも関わらず、赤い顔をした男性が数名こちらを見やり、そしてまた自分の世界に戻っていった。レストランではないのかもしれないという不安を拭い、BARの奥の方へ更に進んでいくと、薄暗い中にもいかにもレストランらしいテーブルが数台置いてあった。店内のテーブルや椅子は、全て木製で、壁には先ほど見てきたような前衛的な絵画ではなく、いわゆる印象派と呼ばれるような油絵が飾ってあった。

「Ora!」

それまでその場を支配していた空気(そう感じていただけかもしれないが)を打ち破るような甲高い声が店内に響きわたった。

~ ハードボイルドで行こう ~ Vol.4

2006-06-25 | 小説
 ダリ美術館の入り口を見つけるのには少々苦労したが、それらしきところで500ptsほどの入場料を払い、無事中に入ることができた。

 美術館の中はこれまで行ったことのあるどの美術館よりも遊び心に富んだ、荘厳な雰囲気などまるで感じることのできないそんなところであった。微妙に色と配置が違う二枚の絵の間に鏡を配し、顔を近づけて見てみると立体的に浮き出てみえる絵や、近くで見ると単に奇妙な形のソファーや机が配してあるのが、階段を登って上から部屋全体を見てみると人の顔に見えるものなど、子供のころに訪れたことのあるどこかの遊園地のアトラクションによく似たものが多かった。モダンアートと呼ばれるもの全てに共通することなのだが、そこからそのアート自体の意味、アーティストの生き様といったものが見えてこない。確かにそのアートの持つ色彩感やバランスなど目を見張るものがあるが、見ている人のハートをギュッと掴んで放さない、アートの裏側から抑圧された悲壮感や、ほとばしる「生」への執着といったものが浮き出てこないといった感を受けた。前衛芸術というものは難しすぎる。

 子供のころ、仕事から帰ってきた父が美味しそうに飲んでいるのを見て、期待に胸膨らませて「ビ―ル」を飲んだ後の感じによく似ているななんてことを思いながら美術館をあとにした。

~ ハードボイルドで行こう ~ Vol.3

2006-06-17 | 小説
 そうこうしているうちに列車は二時間ほどで目的地であるフィゲラスに到着した。ここはピレネー山脈がすぐそこにせまるフランス国境に近い街である。街の至る所にフランスの文化の匂いがする街である、と思っていたのだが、実際は単なるスペインの片田舎の街でしかなかった。建物の高さも二階を越えるものはほとんどなく、駅前だというのに人影もまばらであった。「えらい田舎にきてしまったな」というのが率直な感想である。そこを支配している時間の流れがひどく遅いような感じを受けた。数日前まで、東京という街で電光石火の日々を送ってきたからそう思えたのかもしれない。あるいは、ここでは東京であった出来事が起こることはないという絶対的な安心感からそう感じたのかもしれない。いずれにしろ、ここは東京ではない、フィゲラスという田舎ではあるが確固たるアイデンティティーを持った街である。ここに順応しなければいけないのはこちら側である。そういったことを思いながら、煙草の先に火を付けた。それから地図を取り出しダリ美術館の場所を確認した。どうやら駅からはそんなに遠くないようである。思い切って歩いてみることにした。

 白い壁の低い建物の間をいくつか抜けていくと、街の雰囲気にそぐわない前衛的な建物が視界に入ってきた。ダリ美術館である。

~ ハードボイルドで行こう ~ Vol.2

2006-05-22 | 小説
 フロントに部屋の鍵を預けると、今日一日の予定を頭に描きながら入り口のドアを出た。一日の予定といっても、大して考えてはいないのである。ただサンツ駅まで行ってそこから電車に乗ってフィラゲスまで行こう、そしてダリ美術館を見て、どこかよさそうなレストランでもみつけたらそこで食事をしよう、そうそう、美味しいワインを飲みながらてんこ盛りのムール貝をたべることを忘れないようにしなくっちゃ。ムール貝もいいけど地中海で採れた新鮮な魚介類をふんだんに使った「パエリア」も捨てがたいな、その程度のことなのである。そんなことを思っている途中にも、今朝見た夢のことや、東京でのことが自然と頭の中を支配し、いつの間にか小沢健二の「ぼくらが旅に出る理由」を口ずさんでいるのである。

 サンツ駅までは地下鉄を利用した。ランブラス通りを地中海方面に向かって歩くと地下鉄の駅に出くわす。その時に気を付けなければならないのが地下鉄の自動改札の通り方である。切符を買って改札に通すのは日本と一緒であるが、入れる側が違うのである。日本では切符を右手に持って切符を差し込むが、バルセロナでは日本の逆、つまり左に持って差し込むのである。こっちは左利きが多いのかな、ということは右脳が発達している人が多いんだな。なるほどダリ、ピカソ、そしてガウディと優れた芸術家を数多く輩出しているのも納得できるな、さすが前衛的な町のことはあると変なところで感心してしまったのである。決して入れる側を間違えて止められて、駅員さんを呼ぶという失態を演じてしまったことを正当化するためにそのようなことを思ったのではないことを付け加えておく。

 サンツ駅からはいわゆる特急列車に乗ってフィラゲスまでの旅路を堪能した。といっても旅の疲れからか途中でうとうとしてしまい、せっかくの車窓からの景色も十分に味わうことができなかった。列車の中で、日本人のOLらしき二人組みを見掛けたが、声を掛けることをしなかった。まだ、とてもそんなことをするだけの余裕がなかったのだろうか。

~ ハードボイルドで行こう ~ Vol.1

2006-05-22 | 小説
 嫌な夢を見て目が醒めた。

 ゆっくりとベットから起き上がると、昨日ランブラス通りにいくつかある露店で買った「マルボロ」に火を付けた。いつもに比べ、煙草の先から立ち上る紫色の煙がやけに目にしみた。煙草そのものの味も、今まで日本で吸っていたものと比べるとどこかしら嫌な雑味が感じられた。本当に煙草自体が違うのか、自分の中の気持ちがそう感じさせるのかは分からない。ただ一つ分かるのは、ここが今まで生活してきた日本ではなく、冬といえども太陽の恵みを感じることができ、ドアを開ければやせ馬ロシナンテを連れた「ドン・キホーテ」が「Ora!」と笑顔で飛び込んできそうな、そんなところであるということである。カタルーニャ地方独特の乾燥した空気と吸い込まれそうなぐらいの紺碧の空が、そういった情景を思い起こさせるのを後押しするのであろうか。
 
 吸いかけの煙草を、いかにもガウディーらしい波形をした灰皿に押し付けると、三日間伸ばし続けた無精ひげを剃るためにバスルームに入っていった。誰もいない部屋の中には、完全に消えていなかった「マルボロ」の紫雲が定規を使って引いたがごとく細く、そしてまっすぐに天井まで伸びていた。
 
 一通りの準備を終えると、一つ下の階にあるレストランで軽い朝食をとるために部屋をあとにした。

 レストランでは自分の他に、ドイツから来たと思われる老夫婦が静かに食事をしていた。老夫婦を見ていると、歳をとってからも自然体で仲のいい夫婦でいられるそんな彼女をみつけなきゃなんて気持ちにさせられた。そんなことを思いながら食べかけのクロワッサンをエスプレッソで胃の中に流し込むと、足早にレストランをあとにした。