漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

不憫な娘

2014年12月28日 | 言葉遊び

世の中には「不憫(ふびん)な女性」と云うのが居ますね、

別に本人が不幸だと言ったわけでもないし、
貧しくも無い、それどころか、世間よりは、ずっと良い暮しをしている。

それでも「しあわせそうに見えない」女性。

ちょっと前の宮沢りえさんや、レスリングの浜口京子さん。

人並みすぐれた美貌や才能に恵まれているのに、
なぜか、不憫に見えてしまう。

もちろんご本人は不幸だなんて思ってないでしょうけれど。

この「不憫」と云う字もふしぎといえばふしぎ、

「憫(あわ)れ」を「否定」しているのだから、
「幸せ」でも良さそうなものを「かわいそう」な意味になるのですからね。

尤も、ものの本によると、
「ふびん」の元々の字は、「不便」なのだそうで、

「不憫」は当て字なのだそうですけどね。

それに、「可愛い」と云う字も当て字だそうで、

可愛いのもともとの言い方は「顔はゆし」で、
「顔をまともに見られないほど気の毒だ」と云う意味だった。

それが、室町時代のころ、
「気の毒→大事にしてあげたい」と云う処から、

今のような使われ方に変化したのだそうです。

してみると、
私が勝手に思ってる「不憫」とは、

実は、
単純に「可哀想でいとおしい」と云うことなのかもしれません。








コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。