子どもとうさぎとねこと音楽のある風景

息子いっちゃん(2006年3月生)と3匹のうさぎと3匹のねこのいる歌と琴が好きな主婦の記録

〈最近の私をふりかえって〉先日の詩を書いて

2024年04月14日 | みじかうた










先日UPした詩を書いて

〈最近の私をふりかえって〉😊

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「詩をさがして」

ピアノの先生のおうちへの路地
通りすがりの洋館の外壁
海沿いの曲がった道
森を上る車窓から眺める白樺の木立ち
丘の上から臨む田園のすその海
霧の中の道の見えないスカイライン
もみじの館ひんやりしたそば屋
山の手の路地からのぞく江戸の井戸
地下に入ると明治から出てくる喫茶店

ああ
こんな現実と空想の境にある場所を探しに行こう
わたしがふと浮き上がって
時空から離れてどこかに迷い込む不思議
そこに年齢をなくしたわたしがいて
今と昔を行き来する切符を持ち
どこかしらない場所から吹いてくる風に
詩をささやいてもらおう
わたしはわたしをさがしに行こう

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この1か月、ずっと体調不良でした。
仕事にも行けたり、行けなかったり。
花粉症で毎年飲んでる漢方薬が、風邪症状に対して水分を外へ出し過ぎる作用をしていたらしく、肺がカラカラに乾いてしまったらしく、気管支炎になってしまいました💧

知人の漢方のお医者さんに診てもらってわかりました。
肺を潤す漢方を処方してもらい、ようやく治ってきました。

年度の終わり、日ごろのストレスというのか、いろいろ考え過ぎちゃったことも風邪を引き起こしたように思います。

私は、自分が生きてる実感がわくことの一つに、「幻想」というものがあります。
文学、音楽、詩、風景から詩のような風を感じることです。

一方、子どもたちに関わる仕事や活動をしていて、「愛」について考えたり、言葉にしたりするという、現実に直結した行いもしています。

この二つの「幻想」と「愛」は、相反するものではないのですが、私の中ではシーソーのようになっている部分があるようだとこのごろ感じています。

自分の思いや感覚をなかなか表現できなくて、芸術にして表現する、という人がいると思います。

だから、思いや感覚を語れたら、創作欲求が減る、という側面があるように思います。

そして、私が元々、表現活動で表したいのは、何の役にも立たないような、「かすかな感覚のゆれ」のようなもの(「幻想」)なんですが、歌詞を書くときも、このごろは「愛」を思い切り言葉にしていたりして、「幻想」からはかけ離れてきているな、と思います。

「愛」に生きている、これほどすばらしいことはないじゃないか、と思われるでしょうし、自分でもそう思います。

でも、これだけだと、埋もれてしまって自分では気がつかない、塗りつぶされた世界が本来あることに気がつきました。

だから、私は「詩」=「幻想」を探しに行こうと思います。

それが、自分の無意識のストレスを解放するすべだと思いました。

何のことだか、さっぱりわからないという方がほとんどだと思います😊

自分のための覚書として書きました。

無意識のストレスがきっとある年度初め。
みなさん、ご自愛くださいね🌸





















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