【高松城】たかまつじょう
【別名】玉藻城
【構造】平城
【築城者】生駒親正
【築城年代】1588年(天正16年)
【指定史跡】国指定史跡
【場所】高松市玉藻町2-1
地図
【スタンプ設置場所】高松城東入口・高松城西入口・玉藻公園管理事務所
【城郭検定】出題あり
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/8b/7060e14a5dd85a77515fb8c0ed59811f.jpg)
高松城は天正16年に生駒親正が築城した、海水を堀に引き込み船蔵を配した水際城です。
生駒氏は丸亀城城から高松城へ移り、後に御家騒動のため出羽の国へ転封となり
伊予西条藩主一柳氏が城を預かることになり、そのご徳川国光の兄で松平頼重が入封し
明治まで松平氏が続きました。
天守は明治になって壊され、艮櫓、月見櫓、水手御門・渡櫓が現存しています。
駐車場
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/6e/b3ce62f6efa76a4021f70b9d7bece803.jpg)
東入口に無料駐車場が完備されています。
車で来られた方は西入口ではなく、東入口が便利です。
旭橋![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/71/2010d7bfd1468facf58313a756b9900f.jpg)
三の丸御殿造営に合わせて桜の馬場に設けられた
太鼓門枡形に入るための大手口になります。
旭橋は、かつて木の橋でしたが大正元年に石橋に改造されました。
旭門の石垣は、城内では最も新しい石垣で切込接になっています。
艮櫓
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/09/91d521d4282adccdb017dfde9e2462da.jpg)
この艮櫓は東の丸にある艮櫓跡から太鼓櫓跡(現在地)に移築されたもので
石落しや鉄砲狭間を備えた造りになっています。
中堀![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/b3/5ee0b54a993431f62e8bba7bbcd12513.jpg)
海水なので海の魚が見られるそうですが、この日は発見することは
出来ませんでした。
東入口
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/14/7e5326b47fe6ba2a628cdca7ab2c5c91.jpg)
旭門を入ると入城受付があります。
日本100名城スタンプはこちらと、西入口と玉藻公園管理事務所にあります。
200円を支払って入城です。
太鼓御門跡・太鼓櫓跡
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/22/dc65dbe19d6309efebed59e808e985c2.jpg)
隅櫓は二重櫓が多いのですが、高松城の隅櫓は三重で5基もありました。
三重櫓を天守に見立てるところもあるくらいなので
西国の外様大名に対しての押さえの城であったと考えられます。
旧東の丸艮櫓
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/a3/859c3a8f6ebd240be79f8c394b14d7cb.jpg)
城内からの艮櫓です。
外側から見た時と比べて、こちら側の石落しはひとつ少ないです。
太鼓御門跡
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/b2/15449b98ea1dcdaef6e447f34dd0f6ac.jpg)
ここは桝形になっていて、奥の方には石をくり抜いたところに
埋門があります。(写真右奥にちょっとだけ見える)
桜の馬場
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/59/03/b6c7f415b4c787f5a45da410451012e2.jpg)
L字形をした曲輪です。
かつては屋敷が置かれていましたが、三の丸御殿の造営により
屋敷の跡地に馬場が置かれました。
桜御門跡
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/c9/ae345ea2502af78e1d97b7f644b798c9.jpg)
三の丸の正門(櫓門)であった桜御門は1945年の高松空襲によって
焼失してしまいました。
焼失跡の残る痛々しい面も見える石垣です。
鞘橋
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/c0/45ee935ffde4c5132041e0c9fa795e0c.jpg)
本丸と二の丸を繋ぐ橋で、生駒氏の時代は普通の木橋でしたが
松平氏になると屋根が付けられ廊下橋へと変更されました。
天守台![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/a1/0a4af297bab6ec2a8c18f0d2fba37a73.jpg)
2007年より天守台を解体修理をして2012年に完成し、翌年より一般公開されています。
発掘調査により、穴蔵構造であったことが判明し復元されました。
披雲閣庭園
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/1a/5212c4895589351edf6f8de7a30e8c87.jpg)
大正時代の披雲閣建築に伴い、東京の庭師大胡勘蔵によって披雲閣の庭園も作庭されました。
近代になってから旧城主によって、城の中に江戸時代の庭園を一部残しつつ作られた庭園としては
希少な事例であるということから、平成25年に国の名勝に指定されました。
水門
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/d3/f1084bfff7508106c819dfd2cfb9b9be.jpg)
二の丸と三の丸の間に、海水を内堀に取り入れるための水門があります。
なんと、ここでは鯉の餌やりではなく「鯛の餌やり」の体験が出来ます!
餌を求めて真鯛と黒鯛が集まってくるそうです。
「鯛願城就」といことで楽しみにしていたのですが…残念ながら実現ならず![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/face_naki.gif)
鉄門
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7e/08/bd922d34f672a4322fae70abdcce485e.jpg)
二の丸と三の丸の間の門で、鉄板が貼られた門であったことから
鉄門と呼ばれていました。
よ~く見ると、鏡石に鉄板の錆が縦にのこっているのが確認出来ます。
二の丸跡![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/c0/b1c3dcf452120b1a363f49a6274c191c.jpg)
この先に本丸へと繋ぐ廊下橋が復元されています。
一番の目的であった廊下橋と天守台へは散策に行けなかったので
天守再建が叶ったらリベンジに来たいと思います。
西入口![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/ec/2037f0ca3f32b08e755f1645e1589255.jpg)
西入口から出てきたところです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/1a/328a29f413666781aea850ae333ba20b.jpg)
かつてこの辺りは海に面していました。
現在も潮の満ち引きで堀の水量が変化します。
武櫓跡
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/18/2e03fe357918ed227f8fec89080c0ec9.jpg)
この石垣、石も積み方も途中で変わっているのが
とても気になりました。
月見櫓・水手御門・渡櫓![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/32/9714fc48ce1af241bf6e2cf52bbef548.jpg)
藩主は水手御門から小舟に乗って沖の御座船に乗り移ったそうです。
防御のために水手御門の左右の櫓には石落しが備えられています。
月見櫓![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/f3/e316ce49d0d8adad13d9ac5f9b7b3d20.jpg)
当時は瀬戸内海に面し、船が到着するのを監視していた三重櫓です。
月見櫓というと優雅にお月見する櫓を思い浮かべてしまいますが、
ここでの意味はお着見(船)という意味で着見櫓とも呼ばれています。
艮櫓跡![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/bb/d30ac493686c52ca2ebd24837752b513.jpg)
香川県民ホールの敷地内に本当の艮櫓跡があります。
東の丸米蔵曲輪を守る海に面した櫓がありました。
ここにあった櫓は現在太鼓櫓跡に移築されています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/63/6a321a4fec95dde12650a36e36bcb1d1.jpg)
東の丸から見た内堀と旭橋です。
感想は…西入口(受付)にて悲しい出来事に遭遇したため今は感想を述べるに至りません。
天守と桜御門が再建されることをお祈り致します。
令和元年5月1日登城
【別名】玉藻城
【構造】平城
【築城者】生駒親正
【築城年代】1588年(天正16年)
【指定史跡】国指定史跡
【場所】高松市玉藻町2-1
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0121.gif)
【スタンプ設置場所】高松城東入口・高松城西入口・玉藻公園管理事務所
【城郭検定】出題あり
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/8b/7060e14a5dd85a77515fb8c0ed59811f.jpg)
高松城は天正16年に生駒親正が築城した、海水を堀に引き込み船蔵を配した水際城です。
生駒氏は丸亀城城から高松城へ移り、後に御家騒動のため出羽の国へ転封となり
伊予西条藩主一柳氏が城を預かることになり、そのご徳川国光の兄で松平頼重が入封し
明治まで松平氏が続きました。
天守は明治になって壊され、艮櫓、月見櫓、水手御門・渡櫓が現存しています。
駐車場
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/6e/b3ce62f6efa76a4021f70b9d7bece803.jpg)
東入口に無料駐車場が完備されています。
車で来られた方は西入口ではなく、東入口が便利です。
旭橋
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/71/2010d7bfd1468facf58313a756b9900f.jpg)
三の丸御殿造営に合わせて桜の馬場に設けられた
太鼓門枡形に入るための大手口になります。
旭橋は、かつて木の橋でしたが大正元年に石橋に改造されました。
旭門の石垣は、城内では最も新しい石垣で切込接になっています。
艮櫓
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/09/91d521d4282adccdb017dfde9e2462da.jpg)
この艮櫓は東の丸にある艮櫓跡から太鼓櫓跡(現在地)に移築されたもので
石落しや鉄砲狭間を備えた造りになっています。
中堀
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/b3/5ee0b54a993431f62e8bba7bbcd12513.jpg)
海水なので海の魚が見られるそうですが、この日は発見することは
出来ませんでした。
東入口
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/14/7e5326b47fe6ba2a628cdca7ab2c5c91.jpg)
旭門を入ると入城受付があります。
日本100名城スタンプはこちらと、西入口と玉藻公園管理事務所にあります。
200円を支払って入城です。
太鼓御門跡・太鼓櫓跡
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/22/dc65dbe19d6309efebed59e808e985c2.jpg)
隅櫓は二重櫓が多いのですが、高松城の隅櫓は三重で5基もありました。
三重櫓を天守に見立てるところもあるくらいなので
西国の外様大名に対しての押さえの城であったと考えられます。
旧東の丸艮櫓
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/a3/859c3a8f6ebd240be79f8c394b14d7cb.jpg)
城内からの艮櫓です。
外側から見た時と比べて、こちら側の石落しはひとつ少ないです。
太鼓御門跡
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/b2/15449b98ea1dcdaef6e447f34dd0f6ac.jpg)
ここは桝形になっていて、奥の方には石をくり抜いたところに
埋門があります。(写真右奥にちょっとだけ見える)
桜の馬場
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/59/03/b6c7f415b4c787f5a45da410451012e2.jpg)
L字形をした曲輪です。
かつては屋敷が置かれていましたが、三の丸御殿の造営により
屋敷の跡地に馬場が置かれました。
桜御門跡
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/c9/ae345ea2502af78e1d97b7f644b798c9.jpg)
三の丸の正門(櫓門)であった桜御門は1945年の高松空襲によって
焼失してしまいました。
焼失跡の残る痛々しい面も見える石垣です。
鞘橋
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/c0/45ee935ffde4c5132041e0c9fa795e0c.jpg)
本丸と二の丸を繋ぐ橋で、生駒氏の時代は普通の木橋でしたが
松平氏になると屋根が付けられ廊下橋へと変更されました。
天守台
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/a1/0a4af297bab6ec2a8c18f0d2fba37a73.jpg)
2007年より天守台を解体修理をして2012年に完成し、翌年より一般公開されています。
発掘調査により、穴蔵構造であったことが判明し復元されました。
披雲閣庭園
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/1a/5212c4895589351edf6f8de7a30e8c87.jpg)
大正時代の披雲閣建築に伴い、東京の庭師大胡勘蔵によって披雲閣の庭園も作庭されました。
近代になってから旧城主によって、城の中に江戸時代の庭園を一部残しつつ作られた庭園としては
希少な事例であるということから、平成25年に国の名勝に指定されました。
水門
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/d3/f1084bfff7508106c819dfd2cfb9b9be.jpg)
二の丸と三の丸の間に、海水を内堀に取り入れるための水門があります。
なんと、ここでは鯉の餌やりではなく「鯛の餌やり」の体験が出来ます!
餌を求めて真鯛と黒鯛が集まってくるそうです。
「鯛願城就」といことで楽しみにしていたのですが…残念ながら実現ならず
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/face_naki.gif)
鉄門
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7e/08/bd922d34f672a4322fae70abdcce485e.jpg)
二の丸と三の丸の間の門で、鉄板が貼られた門であったことから
鉄門と呼ばれていました。
よ~く見ると、鏡石に鉄板の錆が縦にのこっているのが確認出来ます。
二の丸跡
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/c0/b1c3dcf452120b1a363f49a6274c191c.jpg)
この先に本丸へと繋ぐ廊下橋が復元されています。
一番の目的であった廊下橋と天守台へは散策に行けなかったので
天守再建が叶ったらリベンジに来たいと思います。
西入口
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/ec/2037f0ca3f32b08e755f1645e1589255.jpg)
西入口から出てきたところです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/1a/328a29f413666781aea850ae333ba20b.jpg)
かつてこの辺りは海に面していました。
現在も潮の満ち引きで堀の水量が変化します。
武櫓跡
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/18/2e03fe357918ed227f8fec89080c0ec9.jpg)
この石垣、石も積み方も途中で変わっているのが
とても気になりました。
月見櫓・水手御門・渡櫓
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/32/9714fc48ce1af241bf6e2cf52bbef548.jpg)
藩主は水手御門から小舟に乗って沖の御座船に乗り移ったそうです。
防御のために水手御門の左右の櫓には石落しが備えられています。
月見櫓
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/f3/e316ce49d0d8adad13d9ac5f9b7b3d20.jpg)
当時は瀬戸内海に面し、船が到着するのを監視していた三重櫓です。
月見櫓というと優雅にお月見する櫓を思い浮かべてしまいますが、
ここでの意味はお着見(船)という意味で着見櫓とも呼ばれています。
艮櫓跡
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/bb/d30ac493686c52ca2ebd24837752b513.jpg)
香川県民ホールの敷地内に本当の艮櫓跡があります。
東の丸米蔵曲輪を守る海に面した櫓がありました。
ここにあった櫓は現在太鼓櫓跡に移築されています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/63/6a321a4fec95dde12650a36e36bcb1d1.jpg)
東の丸から見た内堀と旭橋です。
感想は…西入口(受付)にて悲しい出来事に遭遇したため今は感想を述べるに至りません。
天守と桜御門が再建されることをお祈り致します。
令和元年5月1日登城
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