むぎの城さんぽ

日本100名城&続日本100名城を巡っています。
近頃は山城歩きもエンジョイしてます!

飛山城(栃木県)

2016年12月29日 07時45分08秒 | 百名城以外の城
飛山城(とびやまじょう)
別名
構造 平山城
築城者 芳賀高俊
築城年代 1293年~1298年
指定史跡 国指定史跡
場所 宇都宮市竹下町
【 地図 】

現在の飛山城跡は約300年続いた時代の移り変わりの中で城域が最も広がった
戦国時代の輪郭を残し、史跡地内に古代から豊臣秀吉の命で破却されるまでの
中世を中心とした建物や堀・土塁など復元した史跡公園となっています。





飛山城史跡公園のパンフレットは木橋の前のボックスととびやま歴史体験館に置いてあります。
とびやま歴史体験館は無料で見学できるので、まずそこで情報を得てから散策されると良いですよ。


木橋

堀と土塁が立派です。
とびやま歴史体験館で見た模型を思い出し、この土塁の上から狙われるところを想像できます。


桝形

木橋を渡って来た敵に対しての防御の場とされていた。




土塁の上から門を支える穴が見つかっていることから、ここには塀重門があったと考えられています。




中世竪穴建物

地面を約1.5m掘り下げて、地面に直接屋根を葺いています。


ここが入口のようです。






古代竪穴建物

この地の発掘調査により「烽家」という文字が書かれた墨書土器が出土されたことから
のろしの番人の詰所であったと考えられます。


かまどの煙突



4号堀


中世掘立柱建物

城主を守る将兵の詰所として建てられたものと考えられています。


建物内部




建物内部も公開されているので各建物を覗いてみてください。


石積遺構

川原石を積み上げているのですがどういう役割をしていたのかは不明。



園内にトイレ完備。





飛山城跡看板



1号堀

城の北側を防御していたとされる。


木橋と2号堀

2号堀を渡るための橋で、堀は鉤の手になっておりこの先は中心部になっているため
真直ぐに入ってこられなよう工夫されています。


富士見ポイント

見晴らしが良い場所に城があったことから、城めぐりをしていると意外と多い富士見ポイント。



ご近所の方らしきご夫婦からビューポイントと時間を聞いて日の入りを待ちました。
そうしているうちに富士山の絶景を見ようと人が集まってきました。
日の入りの頃には公園が閉園になってしまうのですが、いろいろな隙間から入ることが出来ます。
むやみに立ち入るのはお勧めできませんが富士山を見に立ち入ることは公園管理者は大人の対応をして
くださるので秩序ある行動で富士見を楽しませていただきましょう。

ちなみに、とびやま歴史体験館は駐車場も午後5時で閉まってしまうのでお気をつけあれ。



この日は残念ながら雲がかかっていたため、
夕日はきれいだったのですが富士山は見ることができませんでした。


平成28年12月18日登城


城 2018年 カレンダー 壁掛け C-2 (使用サイズ 594×420mm)
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茂木城(栃木県)

2016年12月27日 05時55分21秒 | 百名城以外の城
茂木城(もてぎじょう)
別名 桔梗城(ききょうじょう)
構造 山城
築城者 茂木知基
築城年代 1190年~1199年(建久年間)
指定史跡 
場所 芳賀郡茂木町小井戸 
【 地図 】
 

桔梗山に築かれた茂木氏の居城で、北条軍によって二度落城した城である。



第3駐車場の目の前に広がる広場。
真ん中の窪地が溜池。
ゴルフ場かと思うような芝生が広がりますが、ちゃんとゴルフをしないで下さいの看板が
立てられていました^^;


駐車場

駐車場は第1から第3駐車場まであり、公園だけにトイレも完備であります。


茂木城跡平面図

駐車場にある案内看板で縄張り図を確認していざ城郭を散策。



第2駐車場を横目に本丸へ向かいます。本丸との高低差が凄いです。


本丸

武具蔵跡から城山公園とされる本丸全体を見ています。



武具蔵跡から下を見ると怖いほどの高さがあります。
公園なのですが転落防止の柵が無いのが凄い!落ちたら大変な高さに見えるのですが
過去に事故がないのかと心配になりました。



深い堀と郭が見やすい形で残されています。



かなり急な斜面があります。
吸い込まれてしまいそう…よろけたら危険ですがロープや手すりなど危険防止柵はありません。
史跡を見る者にとってはうれしいのですが、遊具もあって小さな子供が遊びに来るであろう公園に
このような遺構の残され方は珍しい気がします。
草刈などの整備はとても行き届いているのであえて危険そうな斜面であれ、そのままの地形を
見せてくれているのかなという感じはします。


鏡ヶ池

ここは、籠城戦の際重要な生命水となった。
鏡ヶ池の名前の由来が伝承されている看板がに掲げられています。


千人溜

戦闘の際武士が集まり出陣の態勢が組まれた。
千人もの武士が集まることが出来る広場であることから千人溜と言われるようになったらしい。


大手門跡

大手門跡とされる場所。
公園整備の車両が入ってくる場所でもあっるようですね^^;


出丸

出丸の周囲は二段の棚になっていて、下の段は遊歩道になっている場所が馬場となっています。
この馬場は戦闘時には馬場から攻撃すための移動できる防衛ラインと化します。


馬場

一段下がった馬場には望楼や倉があったとされています。
また、この出丸と望楼には姫様にまつわる伝説が残されています。
看板に伝説が書いてあるのでご覧になって下さい。


階段

とても狭い階段でひとりしか通ることができません。


梯子

最上階へ登るには梯子を登ることになります。





SL機関車

汽車の汽笛が聞こえたので見てみると煙を上げたSL機関車が走っていました。
櫓の最上階からズームしてみました。


智基橋



空掘跡

この空堀はクランク状に造られていて、茂木城の最も戦略的な場所となっています。
橋の上から見るとクランクがわかりやすいです。



関連性がよくわからないのですが何故かここに「聖徳太子」の碑があります。



眺めも良く、近くにツインリンク茂木があるので風にのってエンジン音も聞こえて来ます。
毎週土、日曜日に1往復する蒸気機関車がたまたま城跡から見られたので
テンション上がりました!(^^)!

公園化しているだけに急斜面の草刈など管理状況はかなり良く、手入れしてるなあと感じました。



平成28年12月18日登城


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お城EXPO2016

2016年12月25日 09時32分32秒 | イベント・行事
お城EXPO2016 行ってきました!(24日)


パシフィコ横浜 会議センター入口に入場券をもっといる人と当日券を買い求める人との列が
分かれて開城になるまで待っています。



開城になると、忍者な方々が案内でまずは4階から見て歩きました。
後にこの忍者な方々が3階へ来るたびに私たち一家をいじってくれて、
とても楽しませてくれました。^^;
めっちゃおもしろい方々です。最終日遊びに行かれる方はぜひ絡んでみてください!



ひごまる登場!
大きいので歩くのが大変そうです。


わん丸君も登場!

他にも出世大名家康くん&出世法師直虎ちゃんがいました。


11時からは1階メインホールにて春風亭昇太さん、千田嘉博さん、萩原さちこさんによる
「山城の魅力を語る!」というテーマのトークショーを最前列で聞いてきました。

地味~な山城(藪の中)歩きですが、天守がなくともこんなにテンション上げ上げトークできるなんて
普段あまり理解してもらえない趣味ですが、うんうんとうなずきっぱなしで楽しかった(^-^)

でも、小幡城が群馬県と表記されてましたが小幡城は群馬県ではないですよ!
たぶん、言い直さなくても会場に居た方々はほとんど城マニアな方々でしょうから気付いたと
思いますが。

小牧山城の千田さんのあるものの表現がおもしろかったですねえ。
笑っちゃいました。


トークショーの後は昼食に出掛けたのですがレストランもトイレも人、人、人だらけ。
結局黒田基樹さんの講演会は聞き逃し、15時からの「小田原攻めの実態に迫る」
というテーマのフォーラムを聞きました。

小和田哲男さん、諏訪間順さん、伊東潤さん、黒田基樹さんによる北条、豊臣、反北条勢力それぞれの
観点からの議論を聞きました。
この議論を聞いていると、地味に見えるあまり一般の方が登城しない小さな山城や支城の役割や
それぞれの小大名の思惑など見えて関東周辺の城や城主のあり方を考えながら今後の城めぐりの
妄想の参考になるなあなんて思いながら聞いていました。




時間目いっぱい「蛍の光」が流れるまでしっかり見聞きしてあるきました。

浮世絵の展示やジオラマ模型展、写真展や自由研究コンテストの作品展など盛り沢山。
見て回る所も多く、時間が足りないくらいでした。

また、沢山の各地の城のパンフレットが手に入るのがありがたい。
今後まだ行けてない城の下調べに役立つことでしょう。(グルメ情報なども含め)

クリスマスイブだというのにケーキもチキンも無しにとってもお腹いっぱい幸せ気分になれた一日でした。

残り本日25日を残すのみとなりましたが、今日行かれる方は存分に楽しんで来てくださいね~
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西明寺城(栃木県)

2016年12月23日 07時28分46秒 | 百名城以外の城
西明寺城(さいみょうじじょう)
別名 高舘城(たかだてじょう)
構造 山城
築城者 益子氏
築城年代 1058年~1065年
指定史跡 
場所 芳賀郡益子町益子
【 地図 】


平安末期に益子氏により高館山に築城された西明寺城(高館山城)。
西明寺の本堂脇の道を登って行くと高館山の山頂に出ます。


西明寺

駐車場に車を停め、休憩所を過ぎた右手に竹林と手水鉢があります。

後から知ったことですがここの竹は丸い竹ではなく、四角い竹という珍しい竹だそうです。
近くでよく見ると節に爪があるそうです。
中国南部原産の竹で秋に筍が食べられるそうです。



階段を見上げると立派な門が待ち構えています。


西明寺楼門

明応元年に建てられたという重要文化財の楼門。


西明寺三重塔

天文7年に宇都宮氏によって建てられたという重要文化財の三重塔
関東甲信越四古塔のひとつです。


西明寺本堂



西明寺鐘楼堂



西明寺にはめずらしい「笑い閻魔様」がいらっしゃいます。
そして、笑い閻魔様の隣にはお地蔵様が立っています。
笑い閻魔様はいつも笑みを浮かべているお地蔵様の化身となって
地獄に落ちた人たちを救うためにいらっしゃるそうです。
閻魔様と聞いて写真に納めて来なかったので、実際に足を運んで拝んでください。



権現平入口

道路側の権現平入口です。


関東ふれあいの道

階段の上は関東ふれあいの道が通っています。
右に行くと権現平です。


権現平

西明寺から歩いて登って来ると権現平に出ます。
ここで一休み。
ここにはかつて益子の祖、紀貫之を祀っていたそうですが、現在は西明寺本堂の奥に
夫婦の像が安置されています。



展望台からの眺めです。


関東ふれあいの道の碑

高館山頂上方面につづく道
この先、西明寺城の虎口前で道路に出ます。道路を渡るといよいよ本郭目指して登城です。


虎口

ここからは車ではいけないので歩いて登城です。


駐車場

車はここに置いて西明寺城をぐるっと一周するルートで散策します。


遊水池

これが井戸の役割をしていたのでしょうか。


主郭虎口

藪の中にある小道を進むと間もなく左手に堀と土塁跡らしいものが見えてきて、
主郭の虎口に出ます。


主郭

虎口を進むと開けた場所に辿り着きます。
ここが主郭です。
途中に郭かな?と思わせる場所もあったのですが藪になっています。

大きな石

主郭には点々と大きな石があります。
意味がありそうな不自然な石なのですが石垣に使われていたのかどうかまでは
わかりません。
周囲は土塁造りになっているので石垣と言ってもしっくりこない。



点々と大きな石が転がっています。
石に座っていろいろ妄想してみる^^;


手前は石がごろごろ、奥に見えるのが土塁。


高館山山頂

土塁のような小高い部分がどうやら高館山山頂らしい。


土橋

空堀を横断する土橋と見られる場所。


大堀切

この堀切には歩きやすいように階段が設置されています。
この先は陶芸の森につづいているようですが今回そちらへは行かずに
駐車場の方へ戻ります。



ここを下るとキャンプ場です。


キャンプ場

この日はここからとても賑やかな声が響き渡っていたので何かな?と思って行ってみると
埼玉県から来たという山歩きの集まりの方々が45人ほど訪れていたそうで
お弁当を広げていました。
当初は高館山山頂(本郭)でお弁当を広げる予定だったそうですが木々が生い茂っていて
景色が楽しめないということで眼下を眺められるこちらのキャンプ場に変更したと
おっしゃっていました。


そして、池のある駐車場へ

キャンプ場を後に、一周してきました。
ちなみにこの駐車場、近くに池があるだけにちょっと湿地帯なのかなって感じで足元がドロドロして
ました。なのであまり奥の方へ駐車しない方がよいと思います。


道しるべはあるものの、城跡としての標柱や看板や縄張り図が少ないです。
郭や遺構がわかりにくいのでもう少し案内がほしいところです。
高館山全体が遺構の塊なので城跡のこと、西明寺のことや関東ふれあいの道のことなども
もっとわかりやすく表現されているといいなと思いました。



平成28年12月18日登城


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益子古城(栃木県)

2016年12月21日 07時44分43秒 | 百名城以外の城
益子古城ましここじょう
別名御城山城・御城
構造丘城
築城者紀正隆
築城年代1058年~1065年
指定史跡
場所芳賀郡益子町益子「陶芸メッセ・益子」 地図


「陶芸メッセ・益子」の敷地内にあり、陶芸美術館や陶芸の工房と遺跡でくつろげる公園になっています。
戦国時代には益子古城を日常の生活の場とし、西明寺城を戦闘に備える城としていました。


本郭(遺跡広場)

発掘調査により建物や井戸跡が確認されました。
建物の礎石と思われる石が並んでいますが、実際使用されていたものか、建物の位置を示す場所にあるのかは
定かではありません。
ひなたぼっこしながら座るにはちょうどいいのかも(^^;


看板

益子古城の縄張り図を含む説明看板。
ここで位置関係を確認していざ、散策!




ここは本郭と南郭の間にある堀です。
各郭は空堀によって区切られています。


西郭(芝生広場)

こちらは観音寺側に土塁がよく残されているのが確認できます。


土塁

西郭の観音寺側からの防御のために積み上げられた土塁で観音寺側を覗きこむと
かなり高くなっています。
西郭と観音寺の間の段は現在は墓地になっています。



歩いていると足元に直線に延びる小石の道がありました。
これは水路を示しているものなのだろうか?何かの区切りの為に置かれたものなのか?
人工的に造られたものなのでなんだろう?とちょっと疑問に思ったので記録してみました。





トイレ

公園になっているのでトイレも完備。




かつてここに門が置かれていたのかなあ?
復元なのかオブジェなのか・・・資料がないのでわかりません。


南郭(益子陶芸美術館)

画面右の建物が南郭に建てられた益子陶芸美術館。
益子陶芸美術館では益子焼の展示、紹介しています。

画面左は東郭と南郭を繋ぐ門で出来た通路。


東郭

東門前からの撮影です。
ここが大手道にあたるのかなあ。


東門

陶芸メッセ益子の入口のシンボルとして建てられたのではないかと思われる模擬東門。
以前は料金所だったようですが現在は行っていません。



東門周囲には石垣もありますが…後から造られたものなんだろうなあ。
門の二階を通って陶芸美術館の方へ抜ける、渡り廊下のような造りになっています。



旧濱田庄司邸(人間国宝)

この建物(門)が料金所になっています。

門からちょっとのぞいてみました

萱葺屋根の江戸時代後期の建物で、昭和5年に濱田庄司氏が茂木町に買って移築したものです。
現在、益子焼きの伝統を伝えるため陶芸メッセ益子に移築保存されています。




城内坂通り

陶芸店や飲食店、お土産物店が立ち並ぶ風情ある通り。


益子窯元共販センター

めちゃめちゃでっかい「たぬき」の置物。
これは目立つ!!
陶芸教室も備えた益子最大のショッピングギャラリー。


この日は「はが路ふれあいマラソン」が開催されていて周辺道路のいたるところで通行止めに会い、
廻り道、また廻り道で目的地(城)に到着するまで苦労しました。
途中う回路の案内を求めて交通整理の方やお巡りさんに道を聞いてもわからないとか言われ
「マラソン開催はもう3回目だし…」通れないことは当然知ってるよね?的な発言されるし、
こっちは3回目なら案内くらい出来るようにしておけよ!って心でつぶやいて、スマホでう回路を
検索しながらの旅でした。
車のナンバー見れば県外から来たってわかるだろうに…ブツブツ。
下調べが足りなかった私も悪いが、国際マラソンじゃないんだから3回目言われてもすぐ頭に浮かぶ
ようなことは絶対に無いぞ!
で、結果お巡りさんが言いたかったのはカーナビとスマホで自力で
う回路探してねということだったと思うのだが、それにしてもな話である。

この日、4つの城めぐりの間スマホの地図アプリはいっぱい仕事してくれたとさ。


平成28年12月18日登城


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石戸城(埼玉県)

2016年12月19日 07時14分44秒 | 百名城以外の城
石戸城いしどじょう
別名天神山城
構造平山城
築城者太田氏
築城年代15世紀後半
指定史跡― 
場所埼玉県北本市石戸宿 地図


石戸城は岩付城、松山城、河越城との連絡のために築かれた石戸氏の館です。


五の郭

五の郭に案内看板があります。
この細道から自然遊歩道、一夜堤の方へ行くことが出来ます。


石戸城跡の看板

ここで縄張り図を確認。


四の郭

各郭は住宅地と農地になっています。


堀跡

四の郭の南側にある堀跡。


北本市自然遊歩道



一夜堤

上杉方であった当時、北条方が攻めて来てなかなか落ちない石戸城の沼地に一夜で土橋を造り上げ北条方は
そこから攻めよせ石戸城を落城させたという伝承がある。



一夜堤から沼地を見た光景


石戸城と一夜堤の看板

駐車場からここまで来るとも、辺りはもう暗くなっていました。



遊歩道はまだまだ続くのですが暗くなり、野鳥の声が響き渡りぼっちの散策はちょっと
こわかったので一夜堤だけで引き返して来ました。


仕事で埼玉に出張だったので帰りに寄り道して石戸城を訪れました。

まだまだ広い自然公園ですが日が暮れてしまったので一夜堤を見ただけです。

というわけで遺構もじっくり探す時間もなく極一部しか確認できなかったので残念でしたが
桜が咲く頃の来ると良いのかなと思います。


平成28年12月7日 登城


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油井城(埼玉県)

2016年12月13日 07時20分44秒 | 百名城以外の城
油井城ゆいじょう
別名鐘撞山城
構造平城
築城者不明
築城年代不明
指定史跡市指定史跡
場所埼玉県加須市油井ヶ島 地図


この地は鐘撞山といわれ、鐘撞山城とも呼ばれていました。
騎西城の支城で上杉謙信の関東侵攻により騎西城とともに落城しました。


鐘撞山の碑

周囲はロープが張られていて、中に入ることが阻まれます。
ので、入って良いのか悪いのか分からないので今回はロープ内には踏みいれず
写真はすべてロープの外からの撮影となっています。


標柱

加須市指定史跡鐘撞山の標柱
文字が褪せてしまい、文字がとても見ずらいです。



このあぜ道を進入していくとロープの端に行くことが出来るのでここから入ってもいいのかな?という
雰囲気ではあるのですが、雑草やすすきが生い茂り中に入って行く気にはなれませんでした。
ここにも堀跡が見られます。


看板と堀切

横に走る堀の跡。



ここから敷地内に入っていけそうなんですが…今回はやめておきます。


看板

騎西城から少ししか離れていないので同時に攻撃されてしまったのでしょうね。



幅の広い空堀が残っています。



ここを歩いても何も遺構は見られそうにありません。
でもすすきがちょっぴりきれいに見えます。


水堀

外堀には水があります。
常に水がある水堀なのかたまたま水が溜まっていたのかは不明。


時期によってはこれほど雑草に覆われていることがないのでしょうが、これでは
散策する気にはなれない。

山城に行くにはそれなりの装備と心構えをして出掛けるのですが
平地だし…と簡単に立ち寄るつもりで行ったのでちょっとがっかりでした。

石碑をもっと近くで見てみたかったのですが残念です。



平成28年12月7日 登城


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よみがえる郭馬出西虎口門

2016年12月10日 11時18分38秒 | 歴史のつぶやき
ここは、箕輪城跡

箕輪城の郭馬出西虎口門が先月(11月)完成したので見に行ってきました。




搦手口から二の丸へ。
ここではすでに来年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」を意識したような雰囲気が出ています。
しかし、現時点では箕輪城でのロケ等は予定されていません。
もしかするとドラマ最後のゆかりの地紹介で取り上げてもらえるのではないかとういう
期待と交渉を水面下でされているとかいないとか・・・。ちょっと期待です。

このあたりにボランティアガイドさんが居るのでパンフレットをもらって
話を聞くと楽しい話が聞けますよ。



郭馬出西虎口門





硬く踏み固められていた地面から読み解く大扉と脇戸の位置。


石落し

門扉の前で見上げると石落しがあることを確認できます。
敵が攻めてきた際に二階から石を落します。



丸い梁は松を使用、手斧で仕上げてあります。




小ぶりな建物のわりには柱や梁が太くてしっかりした材料が使われているのは、兵が詰めたり石落しのための
石を乗せるためにしっかりした構造が必要であったそうです。



礎石の形状に合わせて柱を加工しています。
何度も合わせて柱を削り、一番苦労した場所だそうですので、行った方はぜひ
ここに注目してやってください。


ちなみに、本物の礎石は発掘調査後保存のため地中に埋め戻してあるそうなので
見ることはできません。

屋根

発掘調査の際、瓦が出土されなかったことから板葺きであったと考えられる。
屋根は杉板を3層載せ、4層で強度アップ。



壁は竹を格子状に組んだ木舞に荒壁を塗り込んであります。


狭間のついた塀



郭馬出の周囲は土塁でかこまれていたようですが、この土塁の上にも狭間付きの塀があったようですが
予算の関係で虎口門のみの復元整備となったそうです。

ということなので、妄想して楽しみましょう(^^;


今後も復元工事がされていきます。

今私が最も楽しみにしているのは本丸西虎口の門(一階建ての高麗門)と蔵屋敷に架けられた橋の復元です。
これが実現するとさぞかし立派で城跡らしくなるのではないかとワクワクしてます。

最初に訪れた時の箕輪城は本丸が畑で、桑や大根が植わってました。
木も生い茂り草ぼうぼうで薄暗く、散策しようという気になれませんでした。
個人所有の土地だったため、少しずつ土地を買い、買い足しては整備する
ということを行なってきたそうです。

百名城や大河ドラマなど話題になるようになり、初めて来た時のイメージとは
随分変わったなあと思います。

訪れる人も最初は誰にも行き会わず、足を運ぶたびに整備され
整備に比例するように訪問者に会うようになりました。

郭馬出西虎口門完成後は多くの人が見に来て、こんなに賑やかだったっけ?
と驚きました。

今後も復元整備を見守りつつ、進行状況をまたブログで報告したいと思います。


平成28年12月4日訪問

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皆川城(栃木県)

2016年12月08日 06時46分50秒 | 百名城以外の城
皆川城みながわじょう
別名法螺貝城 
構造山城
築城者皆川氏
築城年代15世紀後半
指定史跡市指定史跡
場所栃木県栃木市 地図


長沼氏の流れで皆川氏の築いた居館に城を構える。
別名「法螺貝城」のように帯曲輪や腰曲輪などから成る段状で独特な形状が特徴な城である。

小山氏、結城氏と同盟関係を築き下野の勢力を維持していたが、宇都宮氏と争い北条氏とも争い
従属と離反を繰り返しすが北条氏に服属すると豊臣秀吉の小田原平定の際、豊臣方の攻撃により
落城し、廃城となった。



東北自動車道からも見える皆川城跡


行先案内看板

高速を降りてからゴルフ場の行先案内看板は沢山目にするのですが、皆川城の看板はここだけしか
みつけることが出来ませんでした。


居館跡

駐車場と皆川公民館があります。
車はこちらに駐車させてもらい登城しました。


トイレ

トイレあります。公民館が開いている時間は公民館内のトイレも借りられれるようです。
トイレの横にパンフレットが置いてあったようですが、訪れた日は中を見てみたのですが
残念ながらありませんでした。


登城道

公民館の裏手に登城道があります。


雷電神社

登りはじめてまず右手に見えて来るのは雷電神社


厳島神社
雷電神社を過ぎるとお隣に厳島神社。
どちらの神社も小規模ながら趣のある神社です。



下から見上げて右手が梅林





武者走

曲輪というにはちょっと狭いので武者走ではないかと想像する。


城山

どうやら「城山」という文字が電気で浮かび上がるように出来ているようです。
どんな風に見えるのか夜見てみたいものです。



城山の文字を横に見て、休憩広場へ続く階段を登ります。


竪堀

侵入した敵が帯曲輪内を左右に行き来出来ないようにいくつかの竪堀が設けられており、
この竪堀は特に大きく麓まで延びている。


休憩広場

ずっと登り道だったので、ここらで休憩。
中腹ですが眺めも良いです。


二の丸(お花畑)

正面が二の丸。ここまで登ると高さを感じる眺めです。
「見はらし平」というだけあります。


西の丸

西の丸は一段高い場所にあります。
物見の役目でもしていたのでしょうか。


二の丸北側斜面

こちらも段になっていることがわかる。


二の丸から本丸への道

ここを登ると北側の景色も見えて来ます。



本丸への最後の階段。
これを登ると本丸です。


本丸

展望台のある本丸。
栃木市街が眼下に望むことができ、筑波山も遠方に見ることができます。
ここから見る夜景がすばらしいらしい。


皆川城祉碑

この場所は2010年に発掘調査が行われ、柱穴群や銭貨などが出土しています。
現在は埋め戻されその上に展望台が造られています。



展望台から本丸跡をながめると、イルミネーションのセットがみえる。
休憩広場のあずまやに発電機があったのですが電気を運ぶ装置も必要ですね。
電線は見えないのでどうやって電気を運んでいるのかな?とつまらないことを考えてみた。
それより、ここの眺めを堪能しよう。


ゴルフ場

北側の眼下に見える皆川カントリークラブ。
近くのコンビニに寄ると、レジ横にゴルフボールが売られていました。
そのくらいゴルフ場が多いということでしょうか。


井戸

右の小さめの穴が井戸、左の大き目の穴が池だそうです。



東側にまわってみると崖のようになっている場所もありました。
ここを登ることは困難でしょう。自然の要害も利用していたのでしょう。


横堀

かなり深くて大きな堀が残されています。
鉄塔の方までしっかり確認することが出来ます。


皆川公民館



初日の出を見に行こう!

夜はイルミネーション、日の出も見られて良い初日の出スポットだと思います!
初日の出は午前6時50分頃。遅れないように本丸に集まれ!!




変わっているというかおもしろい造りの城址でした。
高い所に展望台が見えるので登るのが大変そうに見えますが、歩きやすいせいか
思ったより体力を消耗せずに登れたように感じます。

夜景がぜひ見てみたいですね。
外灯が無いのでそれなりの準備をして行ってみよう。


平成28年12月3日 登城


城 2018年 カレンダー 壁掛け C-2 (使用サイズ 594×420mm)
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