むぎの城さんぽ

日本100名城&続日本100名城を巡っています。
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お城・史跡めぐり(目次のページ)

2031年01月01日 | その他

                                                 

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藤井城(新潟県)

2021年07月26日 | 百名城以外の城
藤井城ふじいじょう
別名豊岡城
構造平城
築城者稲垣重綱
築城年代1616年(元和2年)
指定史跡
場所新潟県柏崎市藤井 地図

上野伊勢崎城から元和2年に2万石でこの地に移封となり、
藤井城を築城を始めましたが、4年後には2万5千石で三条城へ移封となり、
藤井城は未完成のまま廃城となりました。




妙覚寺駐車場から大手口を見ているところです。


大手道

ここを真っすぐ入って行くと、郭に入る手前に1~2台ほど車が停められるスペースがあります。


虎口

この辺りに車が停められます。
この日は紫陽花が満開で奇麗でした。


石碑

入って左側に藤井城の説明の書かれた石碑があります。



城址公園とした主郭は周囲より一段高くなっています。



戦没者の慰霊塔かなと思い、近くでよく見て来なかったけど、
本丸のシンボル的な塔があります。



特に思考を凝らせた構造にも見えないので
やはり未完成だったと言われれば頷ける感じです。


堀跡

段差がよくわかる北側は、堀の名残が見られます。
幅は結構広いです。


最初、西側の舗装されていない道を入ってしまい(堀はよく見える)
車が大きかったので難儀したのですが、どう見ても城の裏側だったので
正面からの入り口を探してみたら、妙覚寺側から入るのが正解でした。
でも、堀と土塁は裏から見た方が良く分かります。


令和3年7月18日登城


今回の参考本


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角城(新潟県)

2021年07月23日 | 百名城以外の城
角城かくじょう
別名椎谷城
構造山城
築城者不明
築城年代室町時代
指定史跡
場所新潟県柏崎市椎谷 地図

1507年(永正4年)長尾為景が上杉房能を天水越で討ちました。
すると、兄である関東管領の上杉顕定が関東軍を率いて越後へ侵攻し
長尾為景軍を大敗へと追い込み、長尾軍は越中へと逃れました。
今度は長尾軍が体制を立て直し、寺泊・椎谷の戦いで上杉軍を撃破しました。
その時の椎谷の合戦で戦場になったのが角城だと思われます。




椎谷陣屋の裏門へと続く道から撮影しました。
丸の中に角城があります。



この先で、道路の真下から見上げると登れそうにない急勾配でした。
主郭は30m×25mと小振りながら周囲には土塁が構築されています。


華蔵院

入口にあたる華蔵院へやって来ました。
この裏に登城路がありますが、城域には立ち入る人が無いため藪化しているようです。
また、観音堂の裏手には狼煙場跡が残っているそうです。



華蔵院から振り返ると、手前に見えるのが椎谷陣屋、奥に見える山の上には天拝山城が見えます。
この近距離で見える位置に城が構えられているということは、
角城、天拝山城ともに、「椎谷の合戦」での重要な軍事施設であったと
考えられるのではないでしょうか。


椎谷陣屋にあったパンフレットに角城が載っていて、かなり近いようだったので
華蔵院の前を通過してみました。
角城、天拝山城の位置関係や、椎谷陣屋が置かれてことなど考えると
とても面白そうな土地柄のようで、興味が湧きました。
こちらは入口の紹介だけとなりましたが、またの機会に訪れてみたいです。
その頃にはもう少し「椎谷の合戦」の知識を入れて臨んでみようと思います。


令和3年7月18日入口まで


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柿崎城(新潟県)

2021年07月21日 | 百名城以外の城
柿崎城かきざきじょう
別名木崎城
構造平城
築城者柿崎景家
築城年代不明
指定史跡
場所新潟県上越市柿崎区柿崎 地図

木崎山に築かれた長尾氏(上杉氏)の重臣として活躍した柿崎和泉守氏の居城です。
近くを流れる柿崎川が天然の堀とも言われています。
現在は北陸自動車道・柿崎インターチェンジの料金所と
国道8号を結ぶループ状の道路に囲まれています。



国道8号線

正面の橋の右袂の茂みが柿崎城です。


入口

国道沿いを歩いていると入口が見えて来ました。



ここは国道8号沿いの北東側にある入口です。


案内看板

案内看板によると、入口は全部で3ヶ所あるようです。



藪で断念か?と思いながら進んでみると
人が通る道だけはあるようで、とりあえず行けるところまで行ってみることに。



蜘蛛の巣を払い除けながら登って行くと
大きな裏向きの看板が見えて来ました。



表に回って見ると、大きな柿崎城跡の文字が見えました。
看板全体を写したかったのですが、周囲は藪、足元は落ちそう…ギリギリまで
後ずさりしたものの下がりきれないので、真下にしゃがみ込んで見上げるように撮影。



とにかく人が通る分のスペースしかなく、主郭まで導かれるまま
進むしかない。


主郭

少し開けた場所に出ました。
奥の方に展望台らしきものもチラ見出来るので、どうやらてっぺんに到着したようです。


展望台

ここに登れば様子が分かるかなと期待が膨らみます。


眺望

ありゃ、海がちょっと見えるだけで下々の様子はまったく見えません。



ちなみにこちらが主郭内の様子です。
少しだけ開けています。
とにかく周囲は草木に囲まれています。



他2ヶ所の入り口からのアクセスも覗いてみたのですが、
あまり先へと進みたくない状況だったので「この先にも出入り口があるのね」程度で
引き返して来ました。


とりあえず、看板と展望台だけは往来があるのかなという感じで
他は藪でよく判りませんでした。
そもそも道路になってしまった時点で遺構はほぼなくなっているとは思うので
柿崎城があったということと、ループの中に城址があるという話題性だけはあるのかなと思います。
蜘蛛の巣に引っ掛かりまくるので、やはり冬に来るのがおすすめです。


令和3年7月18日登城


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鯖街道の珍味へしこ

2021年07月16日 | グルメ
🍶 へしこ


「へしこ」と呼ばれる福井県若狭地方の伝統料理があります。
青魚を塩漬けにしたあと、ぬか漬けにして一年~二年の長期にわたり本漬け熟成したものです。
福井県から京都府まで続く「若狭街道」は、若狭湾で水揚げされた鯖を京都まで運んでいたこともあり、
「鯖街道」と呼ばれるようになったことでも知られています。

鯖は足が早い食材ですが、日持ちをさせるために編み出された調理法で、
冬場のたんぱく源の保存食として鯖街道沿線の宿場や、京都などで重宝されていました。


日本海側へ行くと、つい「カニ」食べよう!と思ってしまい
このような伝統的な食べ物が頭に浮かばなかったのですが、攻城団の団員総会後に
団員さんたちと食事をした時に、初めて食べてみました。
福井の地酒と頂いて、めちゃめちゃ美味しかった。
ほんとに酒の肴には最高です。
良いものを教えていただきました。
次は「なれ寿司」も食べてみたいものです。


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