イラク戦争に従軍、米軍で最強の狙撃手と呼ばれたクリス・カイルの自叙伝を実写化したドラマ。この作品は河北新報やNHKで取り上げられ、そのような映画はつまらないものが多いが、『アメリカン・スナイパー』は見応えがあった。私行きつけのシネコンでは、ストーリーをこう紹介していた。
―イラク戦争に出征した、アメリカ海軍特殊部隊ネイビーシールズの隊員クリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)。スナイパーである彼は、「誰一人残さない」というネイビーシールズのモットーに従うようにして仲間たちを徹底的に援護する。人並み外れた狙撃の精度からレジェンドと称されるが、その一方で反乱軍に賞金を懸けられてしまう。故郷に残した家族を思いながら、スコープをのぞき、引き金を引き、敵の命を奪っていくクリス。4回にわたってイラクに送られた彼は、心に深い傷を負ってしまう。
映画では武装勢力の戦闘員を160人を殺害したとなっているが、wikiにはこの数値は公式戦果のみであり、非公式では255人になることが載っている。どちらが正しいのか私には確認不能だが、公式の160人だけで凄い。クリスはイラクに4度従軍しているから、単純計算で従軍1回で40人を射殺していることになる。米軍にとっては“伝説”の狙撃主だが、敵側からは「ラマーディーの悪魔」と恐れられた。
もちろん敵側にも元射撃オリンピック選手のスナイパー「ムスタファ」がいて、この男はイラク人ではなくシリア人である。このシリアン・スナイパーについて検索したら、その存在を疑うサイトがヒットした。「該当する選手が射撃競技のメダリストには存在せず、原作にも1行だけチラッと噂の存在として登場するだけらしく、どうも完全に映画用につくられた架空の存在らしい」とのこと。
クリスはテキサス州出身。ネイビーシールズ入隊前は故郷でカウボーイをしていたが、アメリカ大使館爆破事件(1998年)がきっかけで愛国心の強い彼は海軍に入隊する。ネイビーシールズの苛酷な訓練も写されていたが、実際はさらに厳しいのかもしれない。ここで彼は射撃の腕で頭角を現す。子供時代に父から狩猟を教わりながら育ったクリスだったが、天性の才能があったのだろう。
イラクに派遣されたクリスが最初に標的にしたのが、女とその息子である少年だった。母子は手榴弾を仕掛けてようとしており、両者とも射殺するクリス。仲間たちは未然に攻撃を防いだ彼を讃えたが、敵対行為をした(またはする)と見なされれば、女子供でも容赦なく殺すのが戦争なのだ。
クリスは特に激戦地に送られたそうで、ここで確実に戦功をあげていく。同時に激戦地では彼の仲間たちも次々と戦死または負傷していく。目の前て撃たれ、戦死した親友もおり、クリスは敵への憎悪と復讐を募らせていく。帰国しても家族や一般社会とは馴染めず、戦地での苛酷な体験が頭から離れない。血圧検査での結果は、何と170/110mmHg。自宅にいても、心ここにあらずという状態が続き、妻を嘆かせる。
4度目の派遣前、妻は必死にイラク行きを止めるが、「国を守るため」としてクリスは戦地に向かう。既に心身が蝕まれているにも関わらず、戦争に向かう兵士の精神を支えているのは何だろうか?
米映画ということもあり、敵側の残虐行為も描かれている。現地人は米軍と口を利いただけで協力者と見なされ、虐殺される。尤もイラクに限らず戦争時では、裏切り者には死の制裁を加えるのが鉄則。敵には“ドリル”と呼ばれた者がいて、文字通り米軍協力者の民間人をドリルで殺している。内通者と見なされたシャイフ(長老)の幼い息子は、父の目の前でドリルで殺された。
実際に“ドリル”が実在したのかは不明だが、何やら敵は子供さえ平然と殺害する悪魔である…といったプロパガンダ色も強い。同じくイラク戦争を描いた米映画『ハート・ロッカー』にも、無残に少年を殺し、その死体に爆弾を仕掛ける話があった。
仲間を多く失い、子供さえ殺すのを見て、敵を野蛮人と呼び、狙撃を躊躇わないクリス。しかし、冷酷非情な兵士どころか仲間意識が強く、家庭では良き父、良き夫だった。除隊後の医師に勧められた傷痍軍人たちとの交流が、彼を変えていく。クリスは帰還兵の多くがPTSDなどで社会復帰出来ずにいることと、社会がそれに無関心でいることに対して嘆いていたという。映画でもクリスが積極的に傷痍軍人への支援活動に取り組む姿が描かれていた。それが彼の命取りになる。
2013年2月2日、PTSDを患う元海兵隊員エディー・レイ・ルースにより、クリスは射殺された。享年38歳。ラストでは彼の葬儀映像が流された。
アメリカン・スナイパーが戦地の敵ではなく、祖国で同胞の兵士により絶命した事実は言葉もない。幼少の頃、クリスの父が言った言葉は意味深い。「人間には狼、羊、牧羊犬(字幕では番犬)がおり、お前は羊を守る牧羊犬になれ」。牧畜文明圏ではない日本では牧羊犬はなじみが薄いが、牧羊犬を殺したのも牧羊犬だった。
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