トーキング・マイノリティ

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杉浦日向子の百物語 その二

2013-10-03 21:10:07 | 漫画

その一の続き
「其ノ七十 即身仏の話」は面白い。高崎の味噌屋が井戸を普請中、百年以前の即身仏の棺を掘り当てる。蓋の息抜き穴から鉦(かね)を叩く音がしており、唇からは蚊の唸りに似た声が漏れていた。味噌屋の主人は昔の珍しげな話が聞けるかもしれないと、薬湯を飲ませ揉みほぐしたりなど、様々に手を尽くせど甦らなかった。
 最早、埋め戻そうと諦めた頃、枯木の膚に僅かに赤みがさしてきた。不思議に思った主人が詮議すると、下女が毎夜こっそり乳を与えていたことが分かった。これでもうじき坊様が喋れるようになると、主人は期待する。

 或る日下女が乳を含ませているうち、酷く噛まれ突き放す弾み、乳首を喰いちぎりざま頭がぽっくりもげてしまった。見れば胴も腹も空洞(うろ)と朽ち、あのまま乳を含ませた処で、所詮人にはならなかっただろう。棺の出た所は石碑が建てられ、「乳飲み様」と呼ばれるようになった。そこには乳の出の悪い女房共が詣りに来る。

 百年以前のミイラが生きている女の乳を飲むのは不気味だが、同時にエロテックでユーモラスにも感じた。せっかく乳を与えたのに乳首を食い千切られた下女は災難でも、再び埋め戻された後、「乳飲み様」として願掛け対象になったので、僧は生前望んでいたとおり“仏様”になったのだ。女房が詣りに来て、御利益があったのかまでは描かれていなかったが。

 他に幻想的な話もある。其ノ八十七は人魚の話。語り部の祖父がある春の日、寺の門前で古物を売る露店で、ふと目にした壺を買ってくる。その壺は唐渡りの玉であり、魚の泳ぐ姿が映ることがあった。特に晴れた日など、光を透して折々魚の泳ぐ影が映った。
 ある夜、祖父が書物を見ていた時、文机の側に置いていた壺には人魚の姿が浮かび上がった。さらに人魚は壺から出て姿を現し、部屋の上を舞うように泳ぐ。「夢か、これは」と、人魚を見つめる祖父。
 その二日後、落雷で家屋敷共々壺は失われてしまうが、留守中で幸い怪我人は出なかった。「さこそ絵筆には尽くせぬ景であったよ」。祖父はあの夜の舞を人に語る都度、そう締め括った。

 魚の影が映る話は他にもあり、其ノ七十六は魚妖である。根津の山瀬氏の館には素晴らしく磨き込んだカエデの長廊下があり、そこへ夜、時折魚影が映る。鮎やヤマメの群れが二、三十も通ることもあれば、身の丈ほどのマスが背びれを見せる時もあるという。溺れるといけないので、館の人々は夜分は廊下を渡り歩かぬようにしているのだ。
 壺から人魚が現れたり、廊下に魚影が映るとはロマンチックにも思える。我が家の合板の廊下では、いくら磨き込んでも何も映らないが。

 私の見たのは新潮文庫版で、作家・高橋義男氏の解説が最後に載っていた。解説の中の一文はまさに私の感じた想いそのままだ。
―『百物語』は怪談には違いないが、不思議におだやかな風が吹いている。死や変身が語られいても、恐怖よりも懐かしさが色濃いのは、怪異が何処か別の世界から暴力的に現れるのではなく、人間たちと一緒にさりげなくそこにあるからである。だから怪異はその姿を現す時、人間を驚かすことに気兼ねして、すまなそうな顔をしている。

 杉浦日向子氏はNHKの『コメディーお江戸でござる』にレギュラー出演しており、私は「おもしろ江戸ばなし」という氏の解説が楽しみで見ていた。この番組は2004年春まで続いたが、その翌年7月22日、氏は下咽頭癌のため死去している。満46歳という若さだった。『コメディーお江戸~』に出ていた頃から、既に闘病生活を続けていたことをwikiでようやく知った。改めて杉浦氏の早すぎる死が惜しまれる。

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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
輪廻転生 (クッキングホイル)
2013-10-05 19:45:06
お釈迦様は輪廻転生の思想を否定し、人が一生の間に辛酸を舐め、また幸福に酔いしれる、その精神の階梯の高低の謂こそが「輪廻」であると説かれたのに、結局死後の謂であると解釈する、また、生きながらまさに解脱できることこそ、生きながら仏陀となることである、という意味で「即身成仏」である、と説明されたのに、土中に身を投じて死に渡すことであると解釈すること、そのようなことこそ魑魅魍魎の致すところである、という解釈、おもしろいと思います。世の中の現実は哲人の理想とはかけ離れたところにある。これこそが意味深長な「オカルト」なのだと思います。
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自分の書き込んだコメント (クッキングホイル)
2013-10-06 07:52:59
自分の書き込んだコメントって、後で読んでどういう意味なのか分からない時がありますね(僕だけかもしれませんが)。別に酔っ払っていたわけではないのですが、このコメントも自分で意味がよくわかりません。失礼いたしました。
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ずんだ餅ウマー (のらくろ)
2013-10-06 20:58:03
仙台から一体どんな食い物をみやげに持ち帰ろうかと思って、有名どころでは「萩の月」らしいが、あまりにベタだったのでその他を探していたところ、ゆきあたったのがずんだ餅。実は牛タンも萩の月も未だ食ったことはないが、ずんだ餅だけは某スーパーのフードコートに紹介されていたのを誘われるままに食べ、「ウマー」となったのでカキコしてみました。

話変わって今日の「そこまで言って委員会」。まさかまさかの「共産党大会」と、番組スタッフの「大リーグボール級の変化球」に度肝を抜かれたが、終わってみれば同番組一流の「夢想政治家叩き」。最後のざこばのセリフ「あんまり(メディアに)出て行ったらねー、票もっと減りまっせ、気ーつけな」で番組終了という、(編成権はテレビ局にあるのだから当然だが)、スタッフのねらいどおり、庶民派のざこばに落とさせることで、「やっぱあかんわ」と視聴者に印象付けるように仕組んだと思われる。

ただ、出演者の顔ぶれをみて、当然いつもの委員会メンバーだったのだが、私は共産党側とテレビ局側に出演者についての密約があったと考えている。それは、

筆 坂 秀 世 は 出 す な

という共産党側の意向をテレビ局(よみうりテレビ)が受け入れたということ。

今日の共産党側の最高峰は副委員長の小池だが、筆坂にかかれば「門前の小僧」のような奴。戦後共産党のウラのウラまで知り尽くした筆坂にかかれば内部矛盾がより一層暴露され、もっと「共産党叩き」が進んだだろうにと思われ、ちょっぴり残念ではある。

たぶん来週の「正常化した」委員会には何食わぬ顔で筆坂が出てきて、共産党の矛盾がまたひとつふたつ暴露されるものと期待する。
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RE:輪廻転生 (mugi)
2013-10-06 21:21:58
>クッキングホイルさん、
 大乗、小乗ともに仏教は輪廻が教義の前提となっており、輪廻を苦と捉え、輪廻から解脱することを目的としていますよね。wikiにも仏教における輪廻の解説があります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BC%AA%E5%BB%BB#.E4.BB.8F.E6.95.99.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E8.BC.AA.E5.BB.BB

 現代の仏教者、僧侶、仏教研究者の中には、「釈迦は輪廻説を前提としておらず、インドに古代から信じられて半ば常識化していた輪廻を直接的に否定することをせず、方便として是認したに過ぎない」と主張する者も少なくないそうです。さらに新仏教運動家の中には、「ブッダは輪廻転生を否定した」という見解を取る人もいます。

 生きながら仏陀になる「即身成仏」は凡人には不可能に近く、「即身仏」を目指した僧侶が出てくるのは無理もありません。この「即身仏」も大変な苦行だし、だからこそ昔の人は「即身仏」に畏敬の念を抱いたと思いますね。例えミイラを目指す苦行であったとしても、凡人にはとても真似できません。
「即身仏」になるはずだった僧が乳を吸って甦った所が、この漫画で面白かったです。
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RE:自分の書き込んだコメント (mugi)
2013-10-06 21:23:28
>クッキングホイルさん、

 私自身のコメントにもかなり酷いものがありますから、お気になさらずに(笑)。特にアラシ認定したコメンターには暴言や罵倒を返すことも。これまでの体験からその類には、「大人の対応」やネチケットは無益と知りました。
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RE:ずんだ餅ウマー (mugi)
2013-10-07 21:47:06
>のらくろ さん、

 私もずんだ餅は大好きです。私の子供時代は各家庭の手作りが多かったのですが、最近はスーパーでも売られるようになりました。仙台駅構内のフードコートでは牛タンや萩の月の試食ができます。

 昨日の「そこまで言って委員会」は「共産党大会」だったのですか?つい見逃してしまい、残念です。いくら共産党政治家が熱弁を振るっても、空理空論の「夢想政治家」ぶりを曝してしまいますからね。普通の視聴者なら、「やっぱあかんわ」と見るでしょう。そして筆坂秀世のような「裏切り者」が出てきたら、「共産党大会」はぶち壊しになりますね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AD%86%E5%9D%82%E7%A7%80%E4%B8%96

 宮城県でも共産党の矛盾として、先の仙台市長選に続き、今月末の県知事選でも独自候補を支援すること。絶対に勝てるはずがないのに、県政の脚を引っ張るために立候補する。共産党が推薦する弁護士の佐藤正明、「現県政は県民の声に基づいた政治とは程遠い。人間らしい、県民の視線での復興を成し遂げる」と寝言をほざいています。

 佐藤は仙台弁護士会会長や日本弁護士連合会副会長、東北弁護士会連合会長などを歴任しており、2001年から「明るい民主県政をつくる県民の会」代表でもあるとか。私の母もこんな者が仙台弁護士会会長をしていたことを知り呆れています。
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