その一の続き
アンケート結果を見た訳ではないが、塩野七生氏のルネサンス作品を読み、チェーザレ・ボルジアのファンになった女性が多かったはずだ。漫画家の青池保子さんも20代の頃はチェーザレに憧れていたそうで、「ニヒルでクールでセクシーで非業の最期…ああ、絵に描いたような花形歴史スター!!」と言っている。さらに当時の歴史好き少女漫画家たちが、こぞって描きたがった人物だったという。
美男で智謀に富み、剣も長け戦上手…と全く非の打ちどころがない。しかし、私が塩野作品を読み始めたのは30代と既に若くなかったためか、初めて『チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷』を読んだ時も、何故かチェーザレには魅かれなかった。嫌いではなかったが、彼よりも父親のアレクサンデル6世に魅かれたし、今でもその想いは変わらない。
青池さんも年を経て物の見方も変化してくると、チェーザレより父親の方に男性としての魅力を感じるという。その理由を次のように話していたが、私の心境をそっくり代弁しているとしか思えない。
「ごくフツーの女としては、ニヒルでクールでかっこよすぎる神秘的な男よりは、大きな仕事をしながらも、ちゃんと女性を愛し、子供にも心を砕く男の方が、人間らしくて魅力的と思うわけ」
もっとも私と同年代の友人は、30代で読んでいながら端からチェーザレに魅かれているので、ファザコンが影響していたとは考えたくもない。
アレクサンデル6世が権力にモノを言わせ女漁りを重ねた破戒僧だったのは事実だが、彼自身、女を惹きつける魅力に溢れていたのは確かだろう。英雄色を好むのは洋の東西変わりないし、女もまた英雄に群がるのは同じである。アレクサンデル6世が当代きっての美女ジュリア・ファルネーゼを愛人とし、公式の場でも同席させていたのだから、俗世の君主顔負け。これがルネサンス期の聖職者の長の姿だった。
アレクサンデル6世の治世には生前から様々な非難があった。神学的立場から“正統派”ということもあり、異端には容赦せず、ドイツに異端的な見解が蔓延るのを見て、1501年6月1日、書物の検閲制度を導入する。「カトリックの信仰に反するもの、或いは不信心な内容で、悪しき感化を他に及ぼしかねない書物の印刷を防止するため」、全ての出版物を教会の検閲官に提出することを命じた。違反者には多額の罰金を課され、破門することにした。ただ、この試みもドイツの宗教改革を止めることは出来なかった。
一方、『ボルジア家』(マリオン・ジョンソン著、中公文庫)には、常に修道女への優しい心遣いと聖母マリアへの献身をしていたことが載っている。好色な法王が女性の擁護者を気取るのは当然かもしれないが、女性と接する時に最もくつろぎを感じていたという。修道女には手を付けなかったの?と勘ぐりたくもなるが。
ドラマでのアレクサンデル6世役はジェレミー・アイアンズだが、私にはミスキャストにしか感じなかった。名優でもジェレミー・アイアンズは明らかに陰性だし、肖像画や資料を見た印象ではアレクサンデル6世はもっと陽気な男だったと私は想像している。見るからに陰気な顔つきのジェレミー・アイアンズの法王では、欺こうとしても周囲の人々は警戒してしまうだろう。
ならば、アレクサンデル6世役は誰がイイ?と問われても迷ってしまう。私的にはジーン・ハックマンやトミー・リー・ジョーンズは悪くないと思うし、故人だがイタリアの名優マルチェロ・マストロヤンニもよいだろう。
このドラマで思わず笑ってしまったシーンがある。殺人を犯したチェーザレが父の法王に告解し、「殺しはいかんな」と言いつつ、結局アレクサンデル6世は「汝の罪を全て許す。アーメン」と十字を切る場面だ。人殺しを告解してチャラになるとは、カトリックとは何と有難い宗教ではないか!これではカトリックが増えこそすれ、減るはずはない。
ブログ『キリスト教の問題点について考える』管理人から、原則論からすればこのシーンは間違っているという指摘を受けた。脚本を書いたのがアイルランド人のニール・ジョーダンなので、カトリックの典礼を知らないはずはない。日本語訳が違っていたのか、或いはジョーダンがあえて簡略した誤った儀式にしたのやら。いずれにせよ、カトリックが21世紀でも世界最大最強の宗教組織なのは確かである。
日本では未だに第3シーズンのDVDは発売されておらず、これを見た人によるブログ記事でストーリーを想像する他ない。本来は第4シリーズの予定だったのに、視聴率の伸び悩みと莫大な製作費のため、急きょ打ち切りになったらしい。本格的な史劇だけに残念だが、せめて第3シーズンのラストまで見たいものだ。
◆関連記事:「マキアヴェッリの民衆評価」
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http://home.owari.ne.jp/~ouka/library/date/pope/popeclono1.html
それにしても、初期の教皇に聖人が多いのは興味深いですね。彼らの業績の多くは伝説というより、創作ではないでしょうか?
1000年ごろの東西大分裂以前の教皇は「ローマの総主教」としての立場で、正教会と共通の聖人もいるでしょうが、カトリック教会の言い分の正当性を強調するための、独自の聖人もいると思います。
異教徒に処刑されれば聖人となり、ペトロはローマで“殉教”したことになっていますが、これも創作の様で怪しいですよね。
「アレクサンドリアのカタリナ」という聖女は、どうもアレクサンドリアのヒュパティアを元に創作された人物のようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%83%8A