雅藍(がお)っぽさまるだし2。

芝居やゲームやWWEや映画やライブを糧に人生を何とか過ごしてる、そんな雅藍(がお)さんの日々をまるだし。

「オペラ座の怪人」:20年弱の再会は、あまりにも切なく。

2007年02月24日 | それでもナントカ生きてます(日記)
今日1日の出来事。

・何故か1日に2回、ミスドでドーナッツを食べる。
 いくらミスドがすきでも流石にやりすぎ、自分。

・丸井の今年初会員制バーゲンに特攻。
 昨日5万も大枚叩いて、流石に抑制気味。
 それでも2万以上買ってるけど。シャツとか、フレグランスとか。
 シャツは春物も先行して購入開始。
 これからのオフタイムがちょっと楽しみに。

・危うく「4台目Wii」購入しそうになる。
 どうやらそろそろ「ちょっと頑張れば買える」程度に落ち着いてきた模様。
 でも、今買っても流石にこれの引き受け手は思いつかないので、
 買わずに済んだ。
 つくづく、Wiiは魔性のハードかもしれない。
 「誰かと共有したくなる」思いが強いマシンです。



というわけで、本題。


中学生の時に一番嵌っていた演劇部の
取り扱っていたジャンルが「ミュージカル」寄りだったので、
学生時代はミュージカル系を中心に見ていた。

浪人時代に「朝日のような夕日をつれて」を見てしまったので、
その時点から小劇場系にシフトして行ったのだけど、
マイケルの影響もあって、高校時代までは「歌とダンスがあって当たり前」な
感じで芝居を見ていた。

そんな頃、1988年。
東京で劇団四季が「オペラ座の怪人」を初演した時。
怪人を、今をときめく市村正親が、まだ劇団四季に在籍して演じていた時。

私は演劇部の友人と、なけなしのお金を払って見に行った。
勿論学生だから高い席で見ることは適わず、
2階席の後ろの方で見た記憶が残っている。
そして、少年心に思いっきり、衝撃を受けた。


19年が経過して、場所を汐留に移して、
19年前よりも小さい劇場にはなったけど、
あの時と同じに「怪人」は歌っている。
あまりにも悲しく、あまりにも気高い、愛の歌を。

そして、私も大人になった分、その歌声は心に深く突き刺さって。
あのときにはわからなかった感情が、想いが、
染み込んでくるような、そんな感覚に魅了されて、戸惑って。

人を愛したいという想いは、より強くなっている。
自分の中で上手く消化できない想いがダブるような。


やはり劇団四季のなかでも「オペラ座の怪人」は特別なものらしい。
相当なレベルの役者じゃないとこの芝居は務まらないことを再認識。
そして今回、初めてこの芝居が「休憩含めて2時間半」ということに気づく。
そんなに短かったことを気がつかないほど、ファットでゴージャスな、
2時間半。

ブラーヴォ!!

ミュージカルはかくあるべき、のようなお手本。
(若干「お手本」過ぎるきらいはあるような気もするが)

やはり芝居における自分の原点の一つは、
確かにこのなかにあった。
それを再認識しただけでも、見に行ってよかったと想うし、
出来ればもう一度、必ずどこかで見に行こうと、
そのときはもっといい席で見れるようにと、
ココロで密かに誓ったりしている。


さて。2004年の映画版、DVD借りてこなきゃ。
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