ドイツ第三帝国をテーマとし、観念的な内容のデビュー作、『An Ideal For Living』以後、イアン・カーティスの詩は「Glass」のように、実生活に即したものとなっていきます。詩と人生が重なっていくようで、しだいに切実さが増していきます。
そんな中で、とくに家庭生活や妻との関係を反映しているのではないか、と思われる詩がいくつかあります。抜粋して年代順に並べてみます。
・「Insight」」(1st Album『Unknown Pleasures』)1979年
Tears of sadness for you, 君を思って流した悲しみの涙
More upheaval for you, 君のためにもっと激変しなくては
Reflects a moment in time, やがてある瞬間をもたらす
A special moment in time, ある特別な瞬間を
Yeah we wasted our time, そう、僕たちは時間を無駄にした
We didn't really have time, 本当に時間が無かった
But we remember when we were young. だけど僕たちは若かった時のことを憶えている
・「New Dawn Fades」」(1st Album『Unknown Pleasures』)1979年
A chance to watch, admire the distance, 見つめるチャンスだ、その距離に驚嘆する
Still occupied, though you forget. まだ心の中を占めていたんだ、君は忘れているけど
Different colours, different shapes, 様々な色、様々な影、
Over each mistakes were made. 互いの過ちというだけでは済まない。
I took the blame. その責めを僕が負った。
Directionless so plain to see, わかりあうために進むべき道がないことは確か
A loaded gun won't set you free. 弾丸を込めた銃では君は自由になれない。
So you say. そう、君が言うように。
・「Candidate」(1st Album『Unknown Pleasures』)1979年
Please keep your distance, お願いだから少し離れてくれないか
The trail leads to here, これまでやってきた足跡
There's blood on your fingers, 君の指には血が
Brought on by fear. 恐怖によってもたらされた
I campaigned for nothing, 僕は何も訴えなかった
I worked hard for this, 一生懸命働いた
I tried to get to you, 君にわかってもらおうとして
You treat me like this. 君は僕をこんなふうに扱っているけど
・「I Remember Nothing 」(1st Album『Unknown Pleasures』)1979年
Me in my own world, yeah you there beside, 僕は自分の世界に閉じこもっている、そう、君はその側にいる、
The gaps are enormous, We stare from each side. 二人の溝は大きい、僕たちは両側からその溝を見つめている。
We were strangers, for way too long. 僕らはあまりに長すぎる間、他人だった。
・「Colony」(2nd Album『Closer』)1980年
No family life, 家庭生活などいらない、
this makes me feel uneasy, 僕に不安を感じさせるだけ
・「Love Will Tear Us Apart」(死の直後に発売されたシングル)1980年
Why is the bedroom so cold なぜ寝室はこんなに寒いのか
You`ve turned away on your side. 君は背を向けて眠る
Is my timing that flawed? 僕のせいでひびが入り
Our respect run so dry. 尊敬し合う心も乾くけど
Yet there's still this appeal that まだ惹かれているから
We've kept through our lives 僕たちは共に暮らしている
こうした詩について、デボラは次のように書いています。
最初私は『アンノウン・プレジャーズ』が好きではなかった。それは、バンドの“堅固な輪”から徐々に閉め出されたことに嫉妬していたからかも知れない。あるいは病的な葬送歌とも言えるこのアルバムを心から心配していたからかも知れない。……彼は私が妊娠している間、過度に優しくしてくれたが、同時にこれらの詩を書いていたのだった。「だけど憶えているよ、僕らが若かった頃を」と、イアンはあたかも若い時を終えてしまったように年寄りじみて言った。私は「ニュー・ドーン・フェイズ」の歌詞をあれこれ考えた末に、イアンの前でその意味するところについて切り出した。つまり、これは歌の歌詞に過ぎず、彼の本当の気持ちではないことを確かめたかったのだ。しかし、この会話は一方通行に終わり、私が話題にしたことに肯定も否定もせず、彼は外へ出ていった。
(『タッチング・フロム・ア・ディスタンス』)
詩がすべて本心の吐露という訳ではないと思いますが、彼の詩には「心の距離」が隔たっていくことについての心情の機微が、繊細に語られているようです。そしてそれは、デボラが淡々と記す結婚生活の破綻と、歩調をあわせているようにみえます。
「Glass」では、「若い心がくじかれる」と歌っていますが、「Insight」では、デボラが言うように、「だけど憶えているよ、僕らが若かった頃を」と、「あたかも若い時を終えてしまったように年寄りじみて言」っています。「もう一度やろう」(「Glass」)という意志は、徐々に諦め、絶望へと変わっていきます。1stアルバムの『アンノウン・プレジャーズ』は、家庭生活と関係があるような私小説的なものが多く、妻との関係、その距離感について掘り下げられているような印象を受けます。しかし、2ndアルバムの『クローサー』では、その距離感は自分と周囲全て、世界との軋轢にまでなってしまっているように思います。
これら妻との関係を描いたと思しき詩が、単なる生活の愚痴に終わっていないのは、一人の人間との関係を、突き詰めて考察しているところにあると思います。このギャップが何故生じ、何故埋まらないのか。そこで生じる苦しみは、人間関係の根本的で普遍的な問題について、示唆しているように感じます。デボラとの関係は、イアンにとって単に結婚生活の破綻というだけではない、もっと深刻な、他人との関わり方についての問題として、彼の人生にのしかかってきたのではないかと思います。イアンが抱いた孤独と絶望が何かということを考えるときにも、重要な意味を持ってくると考えます。
そんな中で、とくに家庭生活や妻との関係を反映しているのではないか、と思われる詩がいくつかあります。抜粋して年代順に並べてみます。
・「Insight」」(1st Album『Unknown Pleasures』)1979年
Tears of sadness for you, 君を思って流した悲しみの涙
More upheaval for you, 君のためにもっと激変しなくては
Reflects a moment in time, やがてある瞬間をもたらす
A special moment in time, ある特別な瞬間を
Yeah we wasted our time, そう、僕たちは時間を無駄にした
We didn't really have time, 本当に時間が無かった
But we remember when we were young. だけど僕たちは若かった時のことを憶えている
・「New Dawn Fades」」(1st Album『Unknown Pleasures』)1979年
A chance to watch, admire the distance, 見つめるチャンスだ、その距離に驚嘆する
Still occupied, though you forget. まだ心の中を占めていたんだ、君は忘れているけど
Different colours, different shapes, 様々な色、様々な影、
Over each mistakes were made. 互いの過ちというだけでは済まない。
I took the blame. その責めを僕が負った。
Directionless so plain to see, わかりあうために進むべき道がないことは確か
A loaded gun won't set you free. 弾丸を込めた銃では君は自由になれない。
So you say. そう、君が言うように。
・「Candidate」(1st Album『Unknown Pleasures』)1979年
Please keep your distance, お願いだから少し離れてくれないか
The trail leads to here, これまでやってきた足跡
There's blood on your fingers, 君の指には血が
Brought on by fear. 恐怖によってもたらされた
I campaigned for nothing, 僕は何も訴えなかった
I worked hard for this, 一生懸命働いた
I tried to get to you, 君にわかってもらおうとして
You treat me like this. 君は僕をこんなふうに扱っているけど
・「I Remember Nothing 」(1st Album『Unknown Pleasures』)1979年
Me in my own world, yeah you there beside, 僕は自分の世界に閉じこもっている、そう、君はその側にいる、
The gaps are enormous, We stare from each side. 二人の溝は大きい、僕たちは両側からその溝を見つめている。
We were strangers, for way too long. 僕らはあまりに長すぎる間、他人だった。
・「Colony」(2nd Album『Closer』)1980年
No family life, 家庭生活などいらない、
this makes me feel uneasy, 僕に不安を感じさせるだけ
・「Love Will Tear Us Apart」(死の直後に発売されたシングル)1980年
Why is the bedroom so cold なぜ寝室はこんなに寒いのか
You`ve turned away on your side. 君は背を向けて眠る
Is my timing that flawed? 僕のせいでひびが入り
Our respect run so dry. 尊敬し合う心も乾くけど
Yet there's still this appeal that まだ惹かれているから
We've kept through our lives 僕たちは共に暮らしている
こうした詩について、デボラは次のように書いています。
最初私は『アンノウン・プレジャーズ』が好きではなかった。それは、バンドの“堅固な輪”から徐々に閉め出されたことに嫉妬していたからかも知れない。あるいは病的な葬送歌とも言えるこのアルバムを心から心配していたからかも知れない。……彼は私が妊娠している間、過度に優しくしてくれたが、同時にこれらの詩を書いていたのだった。「だけど憶えているよ、僕らが若かった頃を」と、イアンはあたかも若い時を終えてしまったように年寄りじみて言った。私は「ニュー・ドーン・フェイズ」の歌詞をあれこれ考えた末に、イアンの前でその意味するところについて切り出した。つまり、これは歌の歌詞に過ぎず、彼の本当の気持ちではないことを確かめたかったのだ。しかし、この会話は一方通行に終わり、私が話題にしたことに肯定も否定もせず、彼は外へ出ていった。
(『タッチング・フロム・ア・ディスタンス』)
詩がすべて本心の吐露という訳ではないと思いますが、彼の詩には「心の距離」が隔たっていくことについての心情の機微が、繊細に語られているようです。そしてそれは、デボラが淡々と記す結婚生活の破綻と、歩調をあわせているようにみえます。
「Glass」では、「若い心がくじかれる」と歌っていますが、「Insight」では、デボラが言うように、「だけど憶えているよ、僕らが若かった頃を」と、「あたかも若い時を終えてしまったように年寄りじみて言」っています。「もう一度やろう」(「Glass」)という意志は、徐々に諦め、絶望へと変わっていきます。1stアルバムの『アンノウン・プレジャーズ』は、家庭生活と関係があるような私小説的なものが多く、妻との関係、その距離感について掘り下げられているような印象を受けます。しかし、2ndアルバムの『クローサー』では、その距離感は自分と周囲全て、世界との軋轢にまでなってしまっているように思います。
これら妻との関係を描いたと思しき詩が、単なる生活の愚痴に終わっていないのは、一人の人間との関係を、突き詰めて考察しているところにあると思います。このギャップが何故生じ、何故埋まらないのか。そこで生じる苦しみは、人間関係の根本的で普遍的な問題について、示唆しているように感じます。デボラとの関係は、イアンにとって単に結婚生活の破綻というだけではない、もっと深刻な、他人との関わり方についての問題として、彼の人生にのしかかってきたのではないかと思います。イアンが抱いた孤独と絶望が何かということを考えるときにも、重要な意味を持ってくると考えます。