この歳になって、恋愛論などを論ずるつもりはない。
しかし、このスタンダールの「恋愛論」はいつ読んでも、またどこを読んでも面白い。
私は二十歳代のはじめに、この本を大学の教養課程で第2外国語のテキストとして授業を受けたことがある。
教えて下さった先生は著名なフランス文学者であったが、特に余談をされなかったのであろう。先生の口から出た話で記憶していることはほとんどない。
恋愛は結晶作用(Cristallisation)を伴うものであるというスタンダールの有名な言葉はなるほどそういうものかも知れないと思った。ご多聞にもれず多くの男子学生がそうであったように、私もその頃美しい学内の女子学生を遠くから強く憧れていたのであった。私は自分の場合はそんなただの結晶作用なんかではないと思っていたのであるが、
結晶作用は「ザルツブルグの小枝」という表題でスタンダールが語っている。、ザルツブルグに近い塩坑で坑夫が冬、葉の落ちた小枝を深い廃坑に投げ込んでおくと、2,3カ月たつと、塩分を含んだ水がそれを浸し、水が引いた後で乾いて、その小枝は輝かしい結晶でおおわれている。山雀の足ほどのごく小さな枝まで、まばゆいばかりに揺れてきらめく無数の結晶をちりばめている。もとの小枝はもう認められない。
スタンダールは恋愛を次のように分類する。
1.情熱恋愛(Amour-passion)
2.趣味恋愛(Amour gout)
3.肉体恋愛(Amour physique)
4.虚栄恋愛(Amour de vanite)
恋の発生について
心の中ででは次のことが起こる、として
1.感嘆(L'admiration)
2.「あの人に接吻し、接吻されたらどんなにいいだろう」などと自問する。
3希望(L'esperance)
4.恋が生まれる。(L'amour est ne)
5.第1の結晶作用がはじまる。(La premiere cristaallisation commence)
6.疑惑が生まれる。(Le doute nait)
7.第2の結晶作用(Seconde cristallisation)
と述べている。
私が今手元に持っている大岡昇平氏による文庫本の訳本で540ページもある。
どこを開いて読み始めても含蓄深く本当の恋愛経験などない私にも実に面白いのである。
私にとっては恋愛などは小説や映画やドラマの世界だけの空想や想像の世界ではあるが、たしかにスタンダールの言うとおりだろうとうなずくことが多い。 (つづく)
画像:スタンダール「恋愛論」大岡昇平訳 新潮文庫 昭和45年4月10日発行 昭和46年5月10日4刷
全540ページ