奈良大和路水彩スケッチ散策

奈良・大和路の風景を寺社仏閣中心に水彩スケッチ探訪

秋篠川にそって/西大寺鐘楼

2010-01-25 06:54:21 | スケッチ
秋篠川にそって/西大寺鐘楼/F3

本堂の南に位置する鐘楼は、廃仏毀釈に依るのでしょうか、摂津の多田院(多田神社)から移されたもので、多田神社の記録から、寛文年問(1661~73)に建てられたと考えられています。奈良市の指定文化財となっています。

手前に自然石の歌碑があります。
 ふるさとの 霞みに 仏心かな

秋篠川にそって/西大寺愛染堂

2010-01-22 07:23:32 | スケッチ
秋篠川にそって/西大寺愛染堂/F3
愛染堂は京都の近衛家の政所御殿を、1762(宝暦12)年に移建した寝殿造の仏堂で、造愛染明王坐像(鎌倉時代作、国重文)祀られています。参道の途中に
大茶盛 一服めして みな和む 充伯
の歌碑があります。同寺中興の祖の高僧・叡尊が八幡宮に供えた茶を民衆に振る舞ったのが由来の伝統行事。四月、十月の年二回開かれています。

秋篠川にそって/西大寺本堂

2010-01-19 06:44:38 | スケッチ
秋篠川にそって/西大寺本堂/F3
西大寺は、東大寺に対抗して孝謙帝と道鏡によって建てられた寺です。建造当時は、東大寺以上の壮大で華麗な寺でしたが、今は昔の建物は潰滅に帰し、往時をしのぶものはほとんどありません。
本堂(国重文)は1752(宝暦2)年に建立され、土壁を施さない総板壁です。本堂前の基壇は四角ですが、調査により四角の基壇の地下に、ひとまわり大きな八角形基壇の跡が発見されてその調査により、「塔としては最大級の高さ約七十㍍の七重塔」と推定できるそうです。

秋篠川にそって/喜光寺

2010-01-16 07:28:48 | スケッチ
秋篠川にそって/喜光寺/F3
奈良時代の僧、行基が開き、本堂が東大寺大仏殿のモデルとなったと伝わる喜光寺です、戦国時代に焼けたままとなっていた南大門が約450年ぶりに再建され、今年の春に完成予定です。南大門の再建は、同寺の悲願で、門内には文化勲章を受けた彫刻家の中村晋也さんの仁王像を安置する予定です。まだ工事途中ですが工事機材等は取り除いて面する阪奈道路の歩道橋からののスケッチです。 喜光寺を たまり場にして 稲雀 壷音 
今は広い道路と、その上を走る高速道路で開発されたこの辺りですが、こんな長閑な時代もありました。
 

秋篠川にそって/垂仁天皇陵

2010-01-13 10:21:36 | スケッチ
秋篠川にそって/垂仁天皇陵/F3
十一代垂仁天皇陵(菅原伏見東陵)です。神話上の天皇ですが、子供の頃は、近くを走る近鉄電車の車窓から御陵に向かって「黙とう」をしていました。
濠の中、南東の小墳は、天皇の命により不老の妙薬、香菓を常世国から持ち帰ったが、天皇の死後だったので、その陵墓に献じ、自害したという田道間守の墓です。

秋篠川にそって/唐招提寺金堂/F3

2010-01-10 06:24:38 | スケッチ
秋篠川にそって/唐招提寺金堂/F3
見た目には以前と変わりませんが、金堂の解体修理が9年の年月をかけ、完了し、落慶法要が昨年11月1~3日に営まれ、盧舎那仏坐像など国宝三尊が安置された金堂内の一般拝観が再開されました。 
金堂は、781年以降に完成したことが、建築部材年代測定で判明、鑑真和上没(673)後10年、都が長岡京に移る(784年)に近いこの時期にこれだけの堂宇を建てられる力は、何だったのでしょうか。
天平後期の多くの仏像を所有しますが、肖像の最高傑作「鑑真和上像」は特に有名です。
また、金堂の北側にある講堂は平城宮の朝堂院を移築したものです。
唐招提寺に関わる句は、たくさんありますが、金堂を詠んだ会津八一の
おほてらの まろきはしらの つきかげを つちにふみつつ ものをこそおもへ 
また、鑑真和上像を詠んだ芭蕉の
若葉して 御目の雫 拭はばや 
が有名です。

秋篠川にそって/唐招提寺南大門

2010-01-07 06:47:34 | スケッチ
秋篠川にそって/唐招提寺南大門/F3
律宗総本山。わが国に戒律を伝えた唐僧鑑真が聖武天皇の勅願により天平宝字3年(759)創建した。戒律の根本道場として栄えたが、平安時代以降衰微しました。しかし奈良の寺としては珍しく大火を免れ、創建時の遺構をよく留めています。

門を入れば 両に稲田や 招提寺 青々
今は美しく整備されている金堂前も、明治の頃は田圃だったのでしょう。
また、この地は、新田部親王の旧宅地でありましたが、橘朝臣奈良麻呂の乱に連座して、没収され、鑑真に与えられたもので、経堂など唐招提寺より古い新田部親王時代の建物が存在します。


秋篠川にそって/薬師寺塔

2010-01-04 05:45:19 | スケッチ
秋篠川にそって/薬師寺塔/F3
薬師寺東塔は、薬師寺に残る唯一の天平の建物です。「凍れる音楽」と絶賛された三重の塔ですが、寄る年波には勝てず、秋から解体修理されることとなり、昨秋から3月まではその調査のため「覆い屋」が作られ、今は見ることはできません。
すゐえんの あまつをとめが ころもでの ひまにもすめる あきのそらかな 会津八一

秋篠川の堤防からのスケッチです。

秋篠川にそって/薬師寺与楽門

2010-01-01 07:35:55 | スケッチ
秋篠川にそって/薬師寺与楽門/F3
明けましておめでとうございます。
奈良も広いようで狭く、八年間やっていますと、ネタ切れになってきます。重複することが多くなりますが、今年も続けたいと思っています。
秋篠川は秋篠の奥、大淵池を水源とし、平城京の西郊を南に流れ、流域には、秋篠寺をはじめ西大寺、喜光寺、菅原天神、唐招提寺、薬師寺などの名刹が点在し、薬師寺から1㌔ほどで、佐保川と合流します。今回は薬師寺から遡ることとします。

薬師寺与楽門です。お寺の北側にあり、言うならば裏門です。数年前に作られた門ですが、古くはあったのでしょうか、古い木材で作られています。
逝く秋の 大和の国の 薬師寺の 塔の上なる 一ひらの雲
                       佐々木信綱
この松並木道は北へ進めば800㍍ほどで唐招提寺です。