奈良大和路水彩スケッチ散策

奈良・大和路の風景を寺社仏閣中心に水彩スケッチ探訪

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2013-09-30 06:21:21 | Weblog
竹之内環濠集落/F3
 南北朝時代から筒井順慶による統一まで大和の戦国乱世は長く、人々は自衛のために、集落の周囲に濠をめぐらして外敵を防ぎました。これが奈良盆地に多く見られる環濠集落です。竹之内・萱生の集落には、今も濠の一部が残り、昔の面影をとどめています。
 このあたりを読んだ万葉の歌
ひとりのみ 見れば恋しみ
  神奈備の 山のもみち葉
   手折り来り君


大和神社

2013-09-22 16:12:20 | スケッチ
大和神社/F3
 山の辺道からすこし離れますが上街道沿いに欝蒼とし広大な森にいだかれた大和神社があります。大国魂大神、他をまつっています。
 大和神社は、もとは三輪山のふもとの檜原神社の近くにありましたが、江戸時代なかばに現在の場所に移っりました。
 この神社が大和朝廷の成立や初期の三輪山信仰と深くかかわることはまちがいないようです。
 また“戦艦大和”に神社祭神の分霊が守護神として奉祀されましたが、残念ながら…。

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2013-09-10 13:24:55 | Weblog
夜都技神社/F3
 拝殿は茅葺きで、この地方ではめづらしい神社建築です。格子越しに見える本殿は明治39年改築したもので、春曰造り檜皮葺き、高欄、高床向拝彩色7種の華麗なものです。
 当社は昔から奈良春日大社と縁故が深く明治維新までは、当社から新撰を献供し春日大社から若宮主殿と鳥居が下されるのが例となっていとつたえられます。
 歌碑があります
山辺の 路ははるけく
 野路の上に 乙女の鳥居 主に立つみゆ
        東畝
読めない文字もありますので、間違いがあるかもしれません。


永久寺跡

2013-09-04 11:06:31 | スケッチ
永久寺跡/F3
永久年間(1113~7)に建設された寺で鳥羽天皇の受戒の士であった亮恵常任に開基と伝えられています。石上神宮の神宮寺として盛えていましたが、その後時勢が衰え、明治の廃仏毀釈で廃寺となって、わづかに池を残すだけで歴史の厳しい流れを感じさせます。

芭蕉の句碑句碑があります
うち山や とざましらずの 花ざかり