Bonjour Bon Sejour フランス留学体験記

フランス語学習やフランス生活、フランス人の謎などつらつらと・・。サッカーブログではないデス・・一応。

DELF 面接の巻き

2005年09月05日 | 留学中(ヴィシー編)

面接は今度はA2から。私は5分くらい前に面接の行われる教室の前に着いた。すると「あなたがmojaoさん?」と試験管補佐のようなお姉さんが声をかける。「そうですけど?」「遅刻よ!」「は?」「あなたの後にやるはずだった人が今、先にやってるからあなたはこの後よ」心外だな~・・俺は絶対に遅刻なんてしてないのに。なぜ遅刻呼ばわりされたのか謎のまま。

すると前の受験生とともに試験官が顔を出した。 ゲ!俺の嫌いなマリーソフィーだ! (嫌いな理由はコチラ) そうです、前回のカヴィラムで2週間習ったことがあり私が苦手だったカヴィラムいちのベテラン先生マリーソフィーが試験管だった。。 ん~・・俺の命ももはやこれまで。。 A2の面接はあるテーマに関して自分の意見を10分から15分試験管に述べて、質問に答えたりするというもの。テーマはいくつかあるテーマ中からくじを引く要領で選ぶ。

私のテーマ「医療告知は常に必要か」

硬い!硬いテーマだ・・。意見を発表する前に10分ほど用意する時間がある。もちろん辞書は使用禁止だが、メモは可能。そして私が用意してる間に前の子が発表しているのです。特に考えもまとまらないまま俺の番。

「ではmojaoさんの意見を述べてください。質問の意味はわかりますね。」 なんと言ったか詳しくは覚えてないけど「知る権利はあるんだから告知は患者が求めれば必要だ。」みたいなことを適当に喋った気がするが、15分も間が持たん。マリーソフィーが質問し、それに答える。A2の面接は別に理路整然としたことを言うとかいうよりも、とにかく自分の意見を述べることだと思う。だが俺は言ってはいけない一言を言っちまいました。面接も行き詰ってきてマリーソフィーが「他にもう少しあなたの意見を聞かせてちょうだい と言われて、

 

「もう、ありません!」 ┐( ̄д ̄)┌ (←自信満々に答えるバカ)

フランスでは意見の無い人間は存在して無いものとして見られるとか言う話を聞くくらい自分の意見を固持することは大事な国。しかし私は根が正直者な上に興味の無いことには一切無関心なんすよ。だって本当にこれ以上話膨らませようがなかったんだもの!こういうとき私って日本人だなーっと思ったりするのですが。 ま、もともと筆記で死んでるのでいいんです。

 

続いてはA1の面接。こちらは気楽です。テーマも身近なネタ。私のテーマは「あなたにとって一番思い出にある旅行」 お得意ネタだよ、こういうのは。ってなわけで、こちらはA2と違ってベーラベラ喋る。最後は関係ない個人的な話を試験官として終了。合否の発表は夕方5時に掲示される。それまで友達と体育館でバドミントンしたり、今週末でカヴィラムを去る友達と写真を撮ったりして過ごす。私の友達はほとんどDELFを受けていた。これ以降DELFはカヴィラムでは開催されないため受験者数も多かった。

5時になって友達と一緒にドキドキしながら掲示板を見に行く。受けていたレベルはみんなバラバラなのだが落ちてる子もいれば受かってる子もいてみんなお互いの結果に一喜一憂。さて俺は・・?なんせA1ですら筆記を勘違いしてたからなぁ・・あんまり自信がないよぉ・・。

おぉー!良かったA1は受かってるよ~。A2はもちろん不合格。まー、私より全然フランス語が上手な友達もA2受からなかったんだよねー・・。A3受かってなぜかA2落ちてる人もいたし。。

「mojaoちゃんオリンピック選手でもよかったんだねー!(ノ ̄∀ ̄)ノ」
「だろ?」
「逆にそっちの方がオリジナリティがあって良かったんじゃな~い?」
←私の友達は私以上にポジティブシンキングと思われる。
「だろだろー?」

何はともあれ、私の初DELFは終了。なーんか珍しく勉強しちゃったからしんどかったけど、たまにはガッツリ勉強しないとね。って落ちてるけどさ。でもDELF対策の授業で習った公式の手紙の書き方や叩き込んだ多くの語彙は価値があったということで。(負け惜しみ)そして今度はカヴィラムのDELFが難しいという噂を検証するため日本で受けてみたいと思います。

週末からは友達とパリ旅行へ。


サッカーフランス勝利祈願中!!