MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2459 ロシアはもはや法治国家ではない

2023年09月01日 | 国際・政治

 ロシアの民間軍事会社ワグネルの創設者プリゴジン氏が自家用ジェット機でロシア国内を移動中に墜落死したという報道に、(「プーチンはやはりそう来たか…」と)戦慄を覚えた人は多かったのではないでしょうか。

 今年の6月、ウクライナにおける戦闘環境への不満から、ワグネル本隊を率い一旦は首都モスクワに向けて進軍を開始したプリゴジン氏。しかし、プーチン大統領が(こうした)ワグネルの動きを「反逆」「裏切り」と強く非難したため、ベラルーシのルカシェンコ大統領の仲介でプリゴジン氏がベラルーシへ亡命することで、この問題はしばしペンディングの様相を呈していました。

 そうした中で起こった今回の事故。たった二日で終わった「ワグネルの反乱」ですが、事態の進展によってはロシアの内戦に発展する可能性すらあった状況から、「このままで終わるはずがない」と息をのんで見守っていた人も多かったに違いありません。

 米ホワイトハウスのジャンピエール報道官は8月29日の会見において、同事故に関し「クレムリンに反対勢力を殺害してきた長い歴史があるというのは周知の事実だ」と話し、背後にクレムリンの存在がある可能性を示唆しています。

 一方、8月28日の英経済紙「Financial Times」に掲載された国際ジャーナリストのギデオン・ラックマン氏の論説(「ロシア、今やマフィア国家 法治国家の米国との違い」)によれば、ロシア国営テレビの司会者ウラジーミル・ソロビヨフ氏は、プリゴジン氏が死亡した飛行機墜落事故に関し「我々はギャングではない。マフィアでもない。マリオ・プーゾの小説『ゴッドファーザー』のように復讐を企てたりもしない。我々は国家、しかも法治国家だ」と話し、ロシア政府の関与を強く否定したということです

 同氏のこの発言は、フランスの有名なことわざ「Qui s'excuse, s'accuse(弁解をするのはやましい証拠)」をまさに体現するもの。ロシア政府のプロパガンダ拡散役として知られる彼は、プリゴジン氏の墜落死がマフィアによる暗殺と多くの点で酷似していることを十分理解しているはずだと、ラックマン氏はここでプーチン政権の欺瞞を皮肉っています。

 プーチン大統領の行動は犯罪組織のルールそのもの。裏切りや背信は許されざる行為であり、ロシア政府が欧州各地で政権に逆らった元ロシア情報機関員の暗殺を指示しているのはそのためだというのがラックマン氏の認識です。

 「プーチンの料理人」という異名も持つプリゴジン氏は、自ら率いるワグネルの戦闘員らをウクライナ戦争の最前線に送り込んだ。だが6月にプーチン氏に反旗を翻した時点で、(プリゴジン氏は)自身の死亡証明書に署名したも同然だったとラックマン氏は言います。

 映画好きなら誰でも知っているように、マフィアの世界では歯向かった者に復讐しなければボスは弱くみえてしまう。プリゴジン氏は反旗を翻した2カ月後に死んだが、「ゴッドファーザー」に登場するボス、ドン・コルレオーネが言うように「復讐は忘れたころにするのが良い」ということなのだろうということです。

 実際、プーチン大統領が長年務めたロシア情報機関は、密輸や資金洗浄、殺人などに有用な知識を持つ犯罪組織と常に関係を維持し続けている。また、一方のワグネルの数々のフロント企業を通したアフリカでの活動も、民間企業と組織犯罪、ロシア政府の境界を曖昧にし、さらにウクライナでの戦争を継続する必要からも、これらの境界線は一段と曖昧になっているということです。

 このような環境の下、現在ロシアで、プリゴジン氏殺害、もしくはその他のプーチン氏が関与したかもしれない犯罪行為について、同氏(←プーチン氏)が捜査される可能性はゼロだろうとラックマン氏はこの論説に綴っています。

 同氏を刑務所送りにできるだけの十分な証拠を集められる独立した検察も検察官も存在しない。(前述の)ソロビヨフ氏はロシアを「法治国家」だと主張したが、それは明らかな間違いであって、今回の事故へのロシア政府の対応は、ロシアが今やマフィア国家に成り下がったことの明快な証明になるだろうということです。

 さて、報道によれば、世界で大きく報じられた8月29日に親族だけで行われたプリゴジン氏の葬儀は、ロシア国内のニュースではほとんど報道されなかった由。ロシアの国営通信社では、「プリゴジン」の名はこの日一度もニュースに登場しなかったし、主要なテレビ局でもプリゴジンの葬儀への言及は1秒もなかったということです。

 事後に国民に明らかにされたプリゴジン氏の葬儀と墓碑。プリゴジンは“本当は死んでいない”という説が一部のロシア人の間で根強く流れる中、真新しい墓には墓碑銘とも言える一篇の詩が額に入れて置かれているということです。

 その詩とは、プリゴジンと同じサンクト・ペテルブルグに生まれ、アメリカに亡命して死んだノーベル賞詩人ヨシフ・ブロツキーの詩の一節。「母がキリストに問う おまえはわたしの息子?それとも神? / 彼は答えて言う 私はあなたの息子でもあり、神でもある」 というものだそうです。

 ウクライナの人々や国土を蹂躙した民間軍事会社の経営者であるプリゴジン氏の神格化には(私自身)強い抵抗感がありますが、「プーチンに抵抗した」というその一点をもって希望を見出したいと考えるロシアの人々がいることについては分からないでもありません。



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