熊は勘定に入れません-あるいは、消えたスタージョンの謎-

現在不定期かつ突発的更新中。基本はSFの読書感想など。

ジーン・ウルフの「地図」

2008年09月05日 | Wolfe
SFマガジン10月号は、久々のジーン・ウルフ特集。
というより今回は『新しい太陽の書』新装版&『新しい太陽のウールス』の
発売記念ということで、タイトルも「《新しい太陽の書》読本」となっている。
小畑健氏のイラストが描き下ろしでないことや、野田昌宏氏の追悼特集と併載で
表紙に統一感がないのは残念(このレイアウトは野田氏にも失礼な感じ)だが
ウルフの書く文章がまとめて読めるのは素直にうれしい。

とりあえず短編「地図」を読んだので、感想をあげておく。
これは『新しい太陽の書』でセヴェリアンの後輩だった拷問者イータの「その後」を綴った、
シリーズ外伝的な小品だ。

いまは船長となって大河ギョルに暮らすイータの元に、旧市街へと川を下りたいと
持ちかける男が現れる。
男はイータがその場所に通じているとの情報を聞きつけ、船頭を依頼しに来たのだ。
仲間が出て行ったばかりのイータはその話を受け、二人はギョル下りの旅に出る。
襲撃者の恐怖や奇妙な水死体との出会いを経て廃墟へと辿り着くと、男はそれまで
隠し持っていた「地図」を取り出した・・・。

かなり短い作品だが、川下りの最中に見られるネッソスの姿やギョルの水上交通の様子は、
ちょっとしたウールス紀行としても楽しめる。
旧市街に到着してからは、ウルフの廃墟趣味・迷宮趣味が本領を発揮。
どことも知れない街路とそこに住む食人種の恐怖が、熱夢のごときタッチで描かれる。

そして全てが終わった後にイータが語る、物語の「真相」。
謎めいた書き出しや作中で意味を成さなかった光景が、その語りで一気に色を与えられ
隠されていたもうひとつの、そしてより大きな「物語」が顔をのぞかせる。
この短い物語はさらに大きな物語の一部であり、またその全部でもあったのだ。
そして読者は「書かれなかった光景」こそ、この作品で最も美しかった事に気づかされる。

「地図」というタイトルも、作中のキーアイテムを指すだけでなく、この作品自体が
別の物語の「縮図」であることを示している。
それはある男の半生の「縮図」であり、また小説的には『新しい太陽の書』の構造を
まるごと濃縮した「縮小版」である、ということだ。
この「地図」もまた、「黄金の書」とそれを手にした者の旅物語なのだから。

「セヴェリアン以外の視点」によるウールスの描写というだけで、シリーズのファンには
十分に興味深い作品であるが、ウルフの技巧はそれさえも霞ませるほどの冴えを見せる。
「反復」と「変奏」はウルフ作品のテーマであり、おなじみの小説技法だが、今回の作品も
コンパクトな中にそれらが効果的に(かつ密やかに)展開されている。
短いので何度も繰り返し読むのに最適、しかも他の作品に比べると格段にわかりやすく、
ウルフ演習のテキストとしても理想的だろう。
しっかり読めば裏切られない、というウルフの良さを実感できる佳品である。

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