熊は勘定に入れません-あるいは、消えたスタージョンの謎-

現在不定期かつ突発的更新中。基本はSFの読書感想など。

葉と花の帝国

2008年09月07日 | Wolfe
「地図」に続き、「《新しい太陽の書》読本」掲載の「葉と花の帝国」を読む。
セヴェリアンがウルタン師から預かり、旅の間も持っていた「茶色の本」に
収録されていた物語のひとつとされるのが、この「葉と花の帝国」である。
これも『新しい太陽の書』の別バージョンなのだが、とりわけユニークなのは
この物語がかつての「新しい太陽」について書いている、という点だ。

植物の名を持つ賢者(セージ)のうちでも最高とされるタイムという人物が、
西への旅の途中でエンドウマメ(ピース)で遊ぶ少女と出会う。
彼女は賢者タイムが連れ去り、そして再び連れ帰ることを約束されている者だった。
二人はともに旅を続け、少女は西へ進むにつれて美しい娘へと成長していく。
やがて「東の国」の王都に着いた娘は、その国の王子と一夜限りの恋に落ちる。
東の国と西の国との戦争で父を奪われたという娘は、王と王子に平和を請い願うが
それは聞き入れられず、賢者と娘はさらに西へと旅を続ける。

旅の途中で王子の息子を産んだ娘は、やがて賢者とともに「西の国」の王都に着き
平民に身をやつしたその国の皇帝とめぐり合う。
同行していた少年が敵国の王子の子と知った皇帝は、その少年を手元に置くことで
戦争に勝ち、自分が平和をもたらすと賢者たちに告げる。
少年を置いて東へと帰っていく賢者と娘。先に進むにつれて二人は若くなっていき、
やがて最初に出会った場所へと戻ってくるのだった。

寓話仕立てのこの物語では、灰かぶりやいばら姫を連想させる民話的モチーフが
ウールスを舞台とした伝説に転用されている。(イエスを思わせる挿話もある。)
ウールスという名は出てくるが、セヴェリアンの物語とは時代が異なるためか、
これ以外で二つの物語に共通する固有名詞はほとんど出てこない。
その分だけエキゾチックさやシリーズとしての統一感は薄まったかもしれないが、
むしろ物語の普遍性がより際立つようにも感じられて、自分には好ましかった。

賢者が何者で何を象徴しているかは、名前や文中の例えで十分に読み取れるし
その灰色のマントが誰を連想させるかは、シリーズのファンには言うまでもない。
しかしこの短編に関しては、深読み以前に「読んで楽しく、そして美しい」という
誰にでもわかる喜びがある。
ウルフ作品の美しさ、見事な言葉の使い方、そして魔術的な語りを全編に渡って
堪能できる、珠玉の一品。ウルフのファン以外にも広く読まれて欲しいものだ。
宮脇孝雄氏の翻訳も読みやすさと格調の高さを兼ね備えており、実にすばらしい。

余談だが、賢者の一人に地衣(ライカン:Lichen)という人物がいるが、
これは狼男(lycanthrope)のもじり=ウルフの刻印のひとつなのだろうか?
・・・などと勘ぐってしまうところが、ウルフ読みの悪い癖である。

ジーン・ウルフの「地図」

2008年09月05日 | Wolfe
SFマガジン10月号は、久々のジーン・ウルフ特集。
というより今回は『新しい太陽の書』新装版&『新しい太陽のウールス』の
発売記念ということで、タイトルも「《新しい太陽の書》読本」となっている。
小畑健氏のイラストが描き下ろしでないことや、野田昌宏氏の追悼特集と併載で
表紙に統一感がないのは残念(このレイアウトは野田氏にも失礼な感じ)だが
ウルフの書く文章がまとめて読めるのは素直にうれしい。

とりあえず短編「地図」を読んだので、感想をあげておく。
これは『新しい太陽の書』でセヴェリアンの後輩だった拷問者イータの「その後」を綴った、
シリーズ外伝的な小品だ。

いまは船長となって大河ギョルに暮らすイータの元に、旧市街へと川を下りたいと
持ちかける男が現れる。
男はイータがその場所に通じているとの情報を聞きつけ、船頭を依頼しに来たのだ。
仲間が出て行ったばかりのイータはその話を受け、二人はギョル下りの旅に出る。
襲撃者の恐怖や奇妙な水死体との出会いを経て廃墟へと辿り着くと、男はそれまで
隠し持っていた「地図」を取り出した・・・。

かなり短い作品だが、川下りの最中に見られるネッソスの姿やギョルの水上交通の様子は、
ちょっとしたウールス紀行としても楽しめる。
旧市街に到着してからは、ウルフの廃墟趣味・迷宮趣味が本領を発揮。
どことも知れない街路とそこに住む食人種の恐怖が、熱夢のごときタッチで描かれる。

そして全てが終わった後にイータが語る、物語の「真相」。
謎めいた書き出しや作中で意味を成さなかった光景が、その語りで一気に色を与えられ
隠されていたもうひとつの、そしてより大きな「物語」が顔をのぞかせる。
この短い物語はさらに大きな物語の一部であり、またその全部でもあったのだ。
そして読者は「書かれなかった光景」こそ、この作品で最も美しかった事に気づかされる。

「地図」というタイトルも、作中のキーアイテムを指すだけでなく、この作品自体が
別の物語の「縮図」であることを示している。
それはある男の半生の「縮図」であり、また小説的には『新しい太陽の書』の構造を
まるごと濃縮した「縮小版」である、ということだ。
この「地図」もまた、「黄金の書」とそれを手にした者の旅物語なのだから。

「セヴェリアン以外の視点」によるウールスの描写というだけで、シリーズのファンには
十分に興味深い作品であるが、ウルフの技巧はそれさえも霞ませるほどの冴えを見せる。
「反復」と「変奏」はウルフ作品のテーマであり、おなじみの小説技法だが、今回の作品も
コンパクトな中にそれらが効果的に(かつ密やかに)展開されている。
短いので何度も繰り返し読むのに最適、しかも他の作品に比べると格段にわかりやすく、
ウルフ演習のテキストとしても理想的だろう。
しっかり読めば裏切られない、というウルフの良さを実感できる佳品である。