「Dear My Hero」
(第ニ回)
その日私は,彼を待っていた。
自分から行動する勇気は持てなかったけど,彼を待つことぐらいならできた。
「おはよう,瀬戸さん。……あれ。今日は本読んでないんだね」
「……おはよう」
私が初めて彼に言った言葉は,とても小さくて,平凡で,ほんの些細なものだったけれど,
「うん,おはよう」
彼は笑って答えてくれた。
それから私は少しずつ彼と話をするようになった。
……と,いっても今までロクに人付き合いもしてこなかった私。何を話せばいいのか――なんてことすら分からなくて,それは本当に少しずつだった。だけど自分でも何かが変わってきていると思い始めていた。
彼と過ごす時間が増えていくにつれて,私は一生懸命に物事に取り組むようになっていった。
クラスメートとも話をするようになっていって――
気がつけば私は,クラスに溶け込めていた。
あまりにも長いと思えていた中学校生活も,彼やみんなと過ごすならあっという間に過ぎてしまうのかな。
そんなことすら思えるようになっていた。
全部彼のおかげ。彼がいたから。
彼は私のヒーローだった。
“ありがとう”そう伝えたかった。
だけど,気がつけばヒーローはどこにもいなかった。
私の前から彼は消えた……。
私は彼を探した。
クラスメートに,先生に,手当たり次第に彼のことを訊いた。
……誰も“長野 遼”という人物を知らなかった。
私はまた,以前のような冷たい人間に戻っていった。
そして,進級した。
そこで私は,また長野君と出会った。
彼は,また私を変えてくれた。
――きっと彼は魔法使いなんだ。
そんなことを本気で思ってしまうぐらいに彼は不思議だった。
だけど魔法はとけてしまった。
彼は一年前と同じように,誰の中からも消えた。私以外の……。
私は三年生になった。
ヒーローは,魔法使いは帰ってきた。
私は三度,長野君に巡り合った。
私は,また変わっていくにつれて,長野君がまた消えてしまうと思った。そして今度は,もう会えないとそんな確信めいた気持ちがあった。
だから私は彼に言った。
「ねぇ,もう消えたりしないで。私と一緒に卒業して」
彼は寂しげな笑みを浮かべた。それはなんだか,いつもの彼とは違って儚げで今にも消えてしまいそうだった。
「分かった。一緒に卒業しよう」
でも彼はそう言った。そう言ってくれた。
それからの一年は本当にあっという間だった。
卒業が一日,一日と近づいてきて――私には何となく分かっていた。彼との別れも一日,一日近づいていることが。――(続く)
(3)へ
(第ニ回)
その日私は,彼を待っていた。
自分から行動する勇気は持てなかったけど,彼を待つことぐらいならできた。
「おはよう,瀬戸さん。……あれ。今日は本読んでないんだね」
「……おはよう」
私が初めて彼に言った言葉は,とても小さくて,平凡で,ほんの些細なものだったけれど,
「うん,おはよう」
彼は笑って答えてくれた。
それから私は少しずつ彼と話をするようになった。
……と,いっても今までロクに人付き合いもしてこなかった私。何を話せばいいのか――なんてことすら分からなくて,それは本当に少しずつだった。だけど自分でも何かが変わってきていると思い始めていた。
彼と過ごす時間が増えていくにつれて,私は一生懸命に物事に取り組むようになっていった。
クラスメートとも話をするようになっていって――
気がつけば私は,クラスに溶け込めていた。
あまりにも長いと思えていた中学校生活も,彼やみんなと過ごすならあっという間に過ぎてしまうのかな。
そんなことすら思えるようになっていた。
全部彼のおかげ。彼がいたから。
彼は私のヒーローだった。
“ありがとう”そう伝えたかった。
だけど,気がつけばヒーローはどこにもいなかった。
私の前から彼は消えた……。
私は彼を探した。
クラスメートに,先生に,手当たり次第に彼のことを訊いた。
……誰も“長野 遼”という人物を知らなかった。
私はまた,以前のような冷たい人間に戻っていった。
そして,進級した。
そこで私は,また長野君と出会った。
彼は,また私を変えてくれた。
――きっと彼は魔法使いなんだ。
そんなことを本気で思ってしまうぐらいに彼は不思議だった。
だけど魔法はとけてしまった。
彼は一年前と同じように,誰の中からも消えた。私以外の……。
私は三年生になった。
ヒーローは,魔法使いは帰ってきた。
私は三度,長野君に巡り合った。
私は,また変わっていくにつれて,長野君がまた消えてしまうと思った。そして今度は,もう会えないとそんな確信めいた気持ちがあった。
だから私は彼に言った。
「ねぇ,もう消えたりしないで。私と一緒に卒業して」
彼は寂しげな笑みを浮かべた。それはなんだか,いつもの彼とは違って儚げで今にも消えてしまいそうだった。
「分かった。一緒に卒業しよう」
でも彼はそう言った。そう言ってくれた。
それからの一年は本当にあっという間だった。
卒業が一日,一日と近づいてきて――私には何となく分かっていた。彼との別れも一日,一日近づいていることが。――(続く)
(3)へ