〈第三項〉論で読む近代小説  ◆田中実の文学講座◆

近代小説の読みに革命を起こす〈第三項〉論とは?
あなたの世界像が壊れます!

宮沢賢治『なめとこ山の熊』論 

2021-03-30 11:21:59 | 日記
 私にとっては異例のことですが、拙稿『なめとこ山の熊』論をブログで皆さんに公開します。
 本稿はもとも数年前、モルテザ・バクダディ氏から、イランに日本の宮沢賢治の童話を紹介・発表したいので、論じてほしいと依頼され、この作品と『セロ弾きのゴーシュ』について書いたものを渡しました。
 ところが、国情はそれを許さないらしく、これを翻訳したものは未だ発表されません。
拙稿は日本と中国の知人に個人的にお送りしていましたが、これは公表した方がよいと考え、拙稿「『なめとこ山の熊』の行方―先に死のうとする熊と小十郎―」を公にすることにしました。
 『セロ弾きのゴーシュ』も機会があれば公表しますが、これはまだ、以前書いたものを読み返してはいません。
 今の私の個人的関心は鷗外です。




 『なめとこ山の熊』の行方―先に死のうとする熊と小十郎―
                    
                       田中 実

   はじめに

 宮沢賢治の童話『なめとこ山の熊』をはるか昔に読んだ時、はっきりこれは何か、わたくし達の常識のレベルを超えた異様な傑作だなと衝撃を受けたことだけを覚えています。難解に過ぎる思いがし、もう何十年も、遠ざかったままでした。それが近年、敬愛するモルテザ・バグダディ氏より、賢治文学をイランに紹介するので、この作品の解説を書いてほしいとの依頼を受け、改めて腰を据えて読んでみると、案の定この童話の、一種とてつもない奥の深さ、危うさを感じ、言葉にならない感銘を受けました。そこで想い起こすことがあります。二〇一七年一一月一六日のNHKテレビ番組『英雄たちの選択 本当の幸いを探して 教師宮沢賢治 希望の教室』の放映中、『銀河鉄道の夜』のジョバンニの、「僕はもうあんな大きな闇の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んでいこう。」という有名な言葉をテーマにした時のことでした。議論がほぼ出尽くした後、小説家高橋源一郎氏は「書き手として言わせてもらえば」と強く断った上で、これは「使えない言葉」だと断言し、にもかかわらず、宮沢賢治は「使えている、それは何故なのか」と提起したのです。高橋氏の発言が強く印象に残りました。そこでもう一つ、思い起こすことがあります。
 山梨県立文学観で見た賢治の水彩画、「ケミカルガーデン(空の裂け目)」を見た時のことです。そこには世の出来事の全てを天空の裂け目、外側から地上のこちら側を覗き込むまなざしが描かれています。『なめとこ山の熊』もまさに、天空の外からこちらを見るまなざしによって描かれているとの思いを強くします。天空の〈向こう〉、外部のまなざしからこの世の現実の出来事が対象化され、語られているのです。ともかく、この作品と対決してみませんか。

Ⅰ 物語の展開

⑴ 奇跡の描写/ 語りの仕掛け 
 何よりも衝撃だった結末の描写から先に確認しておきましょう。
 結末は、主人公熊捕りの名人、なめとこ山に流れる淵沢川と同じ姓を持つ淵沢小十郎が熊に殺されて三日目の晩、そのまだ生きているような「死骸(しがい)」は「黒い大きなもの」に取り囲まれ、祈りが捧げられている場面です。

とにかくそれから三日目の晩だった。まるで氷の玉のやうな月がそらにかかってゐた。雪は青白く明るく水は燐光(りんくわう)をあげた。すばるや参(しん)の星が緑や橙(だいだい)にちらちらして呼吸をするやうに見えた。/その栗の木と白い雪の峯々にかこまれた山の上の平らに黒い大きなものがたくさん環(わ)になって集って各々黒い影を置き回々(フイフイ)教徒の祈るときのやうにじっと雪にひれふしたまゝいつまでもいつまでも動かなかった。そしてその雪と月のあかりで見るといちばん高いとこに小十郎の死骸(しがい)が半分座ったやうになって置かれてゐた。/思ひなしかその死んで凍えてしまった小十郎の顔はまるで生きているときのやうに冴(さ)え冴(ざ)えして何か笑っているやうにさへ見えたのだ。ほんたうにそれらの大きな黒いものは参の星が天のまん中に来てももっと西へ傾いてもじっと化石したやうにうごかなかった。

 天空は大きく運動していても、熊たちは化石のごとく微動だにしません。「三日目の晩」とありますから、小十郎を弔う熊たちのこの儀式は三日間もこのあり得ない驚異の姿勢が続いているのでしょう。熊たち、彼らは自分たちを「片っぱしから捕った」、この熊捕り名人、言わば天敵中の天敵に対し、何故かくまで祈り続けるのでしょうか。ここだけ見ていると、異様に過ぎるし、まさしく限度を超えていると言わざるを得ません。この童話は一体どんな話なのか、例えば、賢治研究を代表する天沢退二郎氏は『なめとこ山の熊』を「賢治童話の中でもおそらく語りのパトスがもっとも充実して暗くかつ高潮した作品」と評し、「悲劇的なラストまで突き進むしかない」(新潮文庫『注文の多い料理店』収録、「収録作品について」平成二・五)と批評しています。天沢氏は、美しい夜の天空と対比されている鎮魂の場面を「悲劇的なラスト」と捉えています。わたくしには違和感があります。
 そもそも「なめとこ山の熊のことならおもしろい。」と〈語り手〉はいきなり語り始め、「熊のこと」が面白いのはそれが熊取りの名人淵沢小十郎との相関関係で語られ、リスナーの読者共同体に訴えかけているように思います。
 この物語はそもそもどういう出来事が起こり、次に何があり、さらに何が起こって引用した末尾のあの異様な光景に至るのか、思うに、これは実に周到に語られていたことが、一見読者の目に見えにくいのです。ディテールを押さえると、全体の作品構造は、実は、物語の展開の順序通り、きっちりと進んで末尾に至っていたのですが、それが〈向こう〉側のまなざしで語られているため、見えにくかったのです。その中で注目したいことは、一人称の〈語り手〉の「私」が直接登場し、この話の出来事を「ほんたうはなめとこ山も熊の肝(い)も私は自分で見たのではない。人から聞いたり考へたりし」たことと、このお話の出来事を想像して書いたと断っていることです。その一人称単数の「私」が途中、よりプライベートな自称「僕」を名乗って激昂する場面が二度あります。そのことでこの〈語り手〉の「私」=「僕」がいかなる人物なのか、何を語ろうとするのかがより露わになります。
 もう一度、思うに、『なめとこ山の熊』に限らない、いや、賢治童話に限らない、いつも言うことですが、優れた小説・童話には、お話の表層の出来事の表層のストーリーを裏切って、その表層のプロットのレベルでは捉えられない、これらの奥に秘められた〈ことばの仕組み・語りの仕掛け〉が〈読み手〉の通念を粉砕させるように働いている、これとの対決が要請されていると思われます。
 
⑵  殺し合う「因果」
 それでは、この作品を冒頭から読み返してみましょう。
 淵沢小十郎はこれまでこのなめとこ山を「自分の座敷の中」のように縦横無尽に歩き回り、ごちゃごちゃ遊んでいる熊たちを「片っぱしから捕っ」てきました。熊たちにとっては熊捕りの名人の小十郎は憎んで余りある天敵であるはず、それがどうしたわけか、熊たちはお話の当初から「小十郎をすきなのだ」と〈語り手〉は語ります。それも「まったく熊どもは小十郎の犬さへすきなやうだった」と言い、その根拠を読者に向かって語りたいのですが、〈語り手〉はその理由について、慎重に「あんまり一ぺんに云ってしまって悪いけれども」と、〈読み手〉をその秘密の奥へと誘導し、その手掛かりは作品全体に関わっていきます。物語はまず小十郎が狩猟の後、相手の殺した熊にこう語りかけていました。

熊。おれはてまへを憎くて殺したのでねえんだぞ。おれも商売ならてめへも射(う)たなけぁならねえ。ほかの罪のねえ仕事 していんだが畑はなし木はお上のものにきまったし里へ出ても誰(たれ)も相手にしねえ。仕方なしに猟師なんぞしるんだ。てめへも熊に生れたが因果ならおれもこんな商売が因果だ。やい。この次には
熊なんぞに生まれなよ。


 熊殺しは仕方なくさせられること、「熊なんぞに生まれるなよ。」と説くこの小十郎の言葉は、一般に自然の生き物の命を大切にする感覚に適って至極真っ当、特別のことではありません。小十郎と熊は互いに宿命的に殺し合う関係を強いられていることを小十郎は抜き差しならぬ相関、「因果」と説きますが、こうした関係を熊の方も知っていて、これをどこか天与のものとしてそのまま受容しているからこそ、天敵を逆に「すき」と感じるということなのでしょうか。が、しかし、こうしたことはお話の世界ならいかにもありそうなこととも言えます。「商売」として「片っぱしから捕」られ、殺される側の立場からすれば、これではお話を都合よく作って語った、おためごかしの〈語り〉ではないか、そうした疑問から免れていないとわたくしはここまでなら、そう感じます。しかし、そこにはこの関係の宿命的な因果の成り立ちが前提としてきっちりとありました。

⑶  「僕」の「大きらい」な光景
 物語をさらに丁寧に読み込んでみましょう。
 この山は冷たい霧や雲を吸ったり吐いたりしています。なめとこ山は生きています。熊が小十郎に殺されると、この山の森は「ががあと叫ぶ」、森は、山は、熊の死を嘆くのです。その山の中の大きな洞穴から流れ出す淵沢川の大空滝の下あたりに熊がごちゃごちゃいた、その川と同じ名前の小十郎はこの山を自由闊達、縦横無尽に動きまわります。熊はそれを見るのが好きだったのです。
 小十郎はここで、畑をわずかしか持たず、山の木はお上のものとなって林業もできない、里では小十郎を相手にする者は誰もいません。皮剥ぎをするような者は村里、町、すなわち、人間の文化では排除の対象なのです。後で分かるのですが、小十郎には老いた母と孫たち五人がいて、七人暮らしをしています。この生活のために猟師を生業とし、熊を殺さざるを得ないのです。ところが、この小十郎が熊を殺した後、熊の胆を取り出し、毛皮を剥ぐところ、この場面で〈語り手〉の「私」は突然、「僕」と自称を転換します、ここから「それからあとの景色は僕は大きらひだ。」(太字は引用者、以下同様)と自身の激しい感情を露わにします。すなわち、〈語り手〉は小十郎が「ぐんなりした風で谷を下って行くことだけはたしかなのだ。」と、熊の死骸処理行為が小十郎の内界自体をいかに引き裂き、痛めつけているかを語っています。ここにお話の一つの鍵をリスナーに手渡し、お話の内奥に直接引き込むのです(太字にした二箇所、これがこの物語の隠れたキーセンテンス、後もう一つあります)。先に引用した、小十郎が熊との互いの因果を説き、悔やみの言葉を説くのは実は型通りの言葉のレベルではなかったのです。猟師としては仕事をうまく成し遂げ、皮剥ぎをして熊の胆という商品を獲得しているのに、逆にその作業に小十郎が打ちのめされ引き裂かれていたのです。小十郎が熊を殺し、熊の皮と熊の胆を手に入れることは、母と孫五人の七人家族が生きていくためには必須、ならば熊の皮と熊の胆を手に入れることは労働の成果であり、その喜びもあってしかるべきはず、ところが引き連れている頑健な犬までが、「すっかりしょげかへって目を細くして座ってゐた」と〈語り手〉は重ねて強調しています。犬と小十郎は一蓮托生、犬までが「しょげ」る程度でなく、「しょげかえって」参るのは、小十郎が殺される相手の熊の側に成り変わっているからです。死体処理は小十郎が自身の亡骸を自身が処理する行為に匹敵する残酷さなのだとわたくしには思えます。
 すると、その後です。この生身の〈語り手〉の「僕」は次の行で、いきなり「小十郎はもう熊の言葉も分かるような気がした。ある年の春は」と続け、小十郎が熊と言葉を共有する物語に移ります。小十郎が熊母子の言葉を聴き取ることの前提には、皮剥ぎと熊の胆を採る限度を超えた痛みと小十郎の固有の体験、記憶とが重なってあったのです・・・。

⑷  熊の母子の会話と小十郎の視界
 ある日のことです。「柄にもなく」、道に迷ってしまった小十郎は月光の中、熊の母子を見つけます。その母子の姿は、「まるでその二疋の熊のからだから後光が射(さ)すやう」、小十郎は「釘付(くぎづ)けになったやうに立ちどまってそっちを見つめ」ます。「後光が射すやう」とあるのですから、熊たちの姿はこの世ならぬ仏様の似姿として尊く現れているのです。何故この熊の親子がそれ程小十郎に尊い姿に思われるのでしょうか。
 
 子熊が「どうしても雪だよ、おっかさん谷のこっち側だけ白くなってゐるんだもの。」と言うと、「母親の熊(くま)はまだしげしげ見つめ」、「雪でないよ、あすこへだけ降る筈(はず)がないんだもの。」と応えますが、子熊は「だから溶けないで残ったのでせう。」と甘えるように母熊に口答えすると、母親はこれを優しく諭していきます。

「雪でなけぁ霜だねえ。きっとさうだ。」
 ほんたうに今夜は霜が降るぞ、お月さまの近くで胃(コキヱ)もあんなに青くふるへ
てゐるし第一お月さまのいろだってまるで氷のやうだ、小十郎がひとりで思っ
た。
「おかあさまはわかったよ。あれねえ、ひきざくらの花。」
「なぁんだ、ひきざくらの花だい。僕知ってるよ。」
「いゝえ、お前まだ見たことありません。」
「知ってるよ、僕この前とって来たもの。」
「いゝえ、あれひきざくらでありません。お前とって来たのきさゝげの花で
せう。」
「さうだろうか。」子熊はとぼけたやうに答へました。(傍線引用者)


 先に言います。この熊の母子の会話を人間の淵沢小十郎が聴き取るこのシーンがこの物語に必要だった根拠を、童話らしいことだからとパターンナイズして理解しては作品の内奥に入れません。ここには熊と小十郎との間に言(ことば)が、心の襞(ひだ)が通じ合う要因があるのです。これは我々人間である読者共同体の文化の枠組みの境界を超えています。
 小十郎は熊母子の様子を「じっと」見ていて、その次の傍線部は母子の会話を小十郎が受け止め、これに参加しています。熊たちの話す言葉の意味がそのまま小十郎の内界に伝わって、小十郎の内界は彼らとともにあります。もはや母子熊と小十郎の間に言語の壁はないのです。
 これはいかなることでしょうか。
 小十郎は赤痢で息子夫婦を一度に亡くしていました。今、月光の下、小十郎は眼前の鮮やかにして幻想的な熊母子の姿に、実は小十郎の亡き妻(直接は語られていませんが)と亡き息子の幼い頃の姿を重ねて見ているのです。この夢のような場面は小十郎の息子がまだごく幼く、外界を知覚し、それを自分流に言葉として覚え、外界の出来事を理解し始める頃、母(小十郎の亡き妻)に優しく訂正され、物の固有の名前を教わり、言語を獲得していく姿が反芻され、再現されている、こう捉えましょう。これはさらにその後、その息子が大人となり、妻をめとると、その妻とその子供たち、小十郎の孫たちと、さらに五回繰り返されたはずです。この身近に繰り返し見てきた母子の愛の世界を根こそぎ失う体験をこれまで小十郎はしてきました。その内なる記憶の時空を今、小十郎は眼前の熊の親子を前にして見ています。こう理解すると、小十郎に熊母子の会話が聴き取れる仕組み、秘密がわかります。
 こうした出来事を〈語り手〉は直接見聞きしたのではない、想像して語っていると断っています。

⑸  荒物屋の旦那のひとり勝ち/「狐けん」の循環するシステム
 この後、この熊の母子の姿と対照的な町の荒物屋の旦那のことが語られます。

 いくら物価の安いときだって熊の毛皮二枚で二円はあんまり安いと誰(たれ)でも思ふ。実に安いしあんまり安いことは小十郎でも知ってゐる。けれどもどうして小十郎はそんな町の荒物屋なんかへでなしにほかの人へどしどし売れないか。それはなぜか大ていの人にはわからない。けれども日本では狐(きつね)けんといふものもあって狐は猟師に負け猟師は旦那に負けるときまってゐる。こゝでは熊は小十郎にやられ小十郎が旦那にやられる。旦那は町のみんなの中にゐるからなかなか熊に食はれない。けれどもこんないやなずるいやつらは世界がだんだん進歩するとひとりで消えてなくなって行く。僕はしばらくの間でもあんな立派な小十郎が二度とつらも見たくないやうないやなやつにうまくやられることを書いたのが実にしゃくにさはってたまらない。

 なめとこ山では縦横無尽、「豪気」な小十郎も「まちへ熊の皮と胆(きも)を売りに行くときのみじめさと云ったら全く気の毒」、猟をする小十郎と町で熊の皮と肝を売る小十郎とではほとんど別人格です。小十郎は熊の皮が二円で買い叩かれることの不当さ、安過ぎることをよく承知しています。なのに不満どころか、荒物屋の旦那の前では平身低頭し、しかも、酒をふるまわれてご機嫌になっています。ほかの店に売りにも行きません。荒物屋の旦那が熊の皮と肝を安く買い叩けば買い叩くほど、小十郎はより多くの熊を殺さなければならない、小十郎はこの肝心のことに向き合いきれず、荒物屋にうまく丸め込まれているのです。何故こんなことになってしまうのか、その根源的な理由はどこにあるのか、実は、小十郎のみならず、「大ていの人」も分かっていない、と〈語り手〉はさりげなく、〈読み手〉一般にも矛先を向けて語ります。
 何故「大ていの人」も分かっていないのか、その理由を〈語り手〉は直接語らず、〈読み手〉を突き放し、話を「狐けん」に換えます。つまり、その理由は「狐けん」との関係にあったのです。
 「狐けん」とは狐は狩人に負け、狩人は庄屋に負ける、庄屋は狐に負けるというじゃんけんの一種で、一人勝ちする者はいません。ここでは狐ならぬ熊は小十郎という狩人に負け、狩人は庄屋ならぬ荒物屋の旦那に負ける、荒物屋の旦那は熊に負ける、となれば「狐けん」の循環のシステムとなりますが、「旦那は町のみんなの中にゐるからなかなか熊に食はれない」、すなわち、熊と小十郎とが言(ことば)の中で命のやり取りをした代償物を金銭の対象としてのみ扱う旦那は熊にやられず一人勝ちしていて、「狐けん」のシステムを逸脱、解体しているのです。〈語り手〉の「私」はここでもう一度、「僕」と名乗って、「僕はしばらくの間でもあんな立派な小十郎が二度とつらも見たくないやうないやなやつにうまくやられることを書いたのが実にしゃくにさはってたまらない。」と激昂します。「狐けん」とは、生きるもの、万物は殺し殺される永劫の循環システム、大宇宙の究極の摂理を幼い形で比喩にして見せています。荒物屋という存在自体が「狐けん」から逸脱した邪なるもの、絶対に許せない存在なのです。とは言え、荒物屋の旦那は特別の悪人ではもちろんありません。貨幣経済の必然の論理に従って、小十郎に対応しているのです。「大ていの人」とは、この現代の文明社会に生きる大多数(マジョリティー)、ごく一般の人たちのこと、この人たちは荒物屋に象徴される貨幣という人類の欲望拡大を促すフィクション、虚構をア・プリオリ、先験的なものとして生きているため、この装置が大宇宙のシステムに反していることに気付かないのです。
 〈語り手〉の憤りは激しく、「僕」と名乗って人類の文明の貨幣経済の虚構を、「旦那は町のみんなの中にゐるからなかなか熊に食はれない。けれどもこんないやなずるいやつらは世界がだんだん進歩するとひとりで消えてなくなって行く。」と語っています。これが先の太字の文章と連なったもう一つのキーセンテンス、その真意とは、世界が進歩すると、ひとりでに荒物屋の旦那のような存在は自然に消えて行くのだけれども、進歩の過程にいる現代文明の人類は、荒物屋の存在悪(生きるために必須の食物連鎖以上の過剰な生命虐殺行為)が見えないためにこれに気付かず見過ごすのだ、とこう語っているのです。
もちろん、小十郎もそこに取り込まれてみじめですが、ただ「大ていの人」とは違って、町でみじめな小十郎は「なめとこ山」に入れば「豪気」、熊と言葉の壁を超え、意識の底の無意識を熊と共有する場を造り出していました。それが次の場面にはっきりと語られています。

⑹  自死する熊/「拝む」小十郎
 「ある年の夏こんなやうなをかしなことが起」こります。もうこれはかつての熊一般と熊捕り名人との出会いではありません。顔を持った個としての熊と個としての記憶を持った小十郎とが命をめぐって言葉を交わし合うことが起こります。熊は「おまへは何がほしくておれを殺すんだ。」と小十郎に問います。小十郎は、「あゝ、おれはお前の毛皮と、胆(きも)のほかにはなんにもいらない。」、「けれどもお前に今ごろそんなことを云はれるともうおれなどは何か栗かしだのみでも食ってゐてそれで死ぬならおれも死んでもいゝやうな気がするよ。」と答えるのです。両者の応答は尋常ではありません。熊は小十郎にとって、もう熊一般の熊ではなく、個としての熊、小十郎は相手の切実さに触れると、自分の方が進んで餓死して死んでもいいと応えます。これに対して、今度は熊が、「もう二年ばかり待って呉れ、おれも死ぬのはもうかまはないようなもんだけれども少しし残した仕事もあるしたゞ二年だけ待って呉れ。二年目にはおれもおまへの家の前でちゃんと死んでゐてやるから。毛皮も胃袋もやってしまふから。」と応じます。熊は二年後、その約束の言葉通り、小十郎の家の前で死にます。それを見た「小十郎は思はず拝むやうに」するのです。これはその後、「一月のある日のことだった。」、「婆さま、おれも年老ったでな」以下の出来事を生み出します。熊と小十郎は互いにどちらも死を選択肢として受け入れ、両者は衷心から生と死を分け合っています。大きな熊と熊捕り名人とのこのやり取りは、人類の文明史上まずあり得ないことが起きているのです。

 これは先述した、小十郎が自身の意識の奥底に深く眠る、妻と息子夫婦を失った体験の記憶を熊の母子に重ね、言語を共有する世界、そこに立ったからこそ可能になったこと、小十郎はこのなめとこ山で、熊たちと言語を共有し、個としての熊と対面し、これに銃を向ける人物になったのです。そうなると、小十郎はもう熊取りの名人ではいられません。熊の顔が見えてくるのですから。
 小十郎と大きな熊、両者はお互いに相手を殺すか、自分を先に殺すかの選択に立たされ、互いに自分を先に殺して相手を生かす立場に立ちます。そこは生と死のどちらを選んでも、両者の命は実は表裏一体、死は生へ、生は死へ転換する秘密の中にあります。すなわち、約束を守って死んだ熊同様、生き延びた小十郎も心身の内奥では自身の死を受け入れているのです。小十郎が死者の熊を「拝む」のは、小十郎の意識の底の魂のなせる業なのですが、その「拝む」こと、祈ることは両者の魂が響き合うことなのです。

⑺ 殺されて詫びる小十郎・循環のシステム
 一月のある日、小十郎は今朝の自身の死の予感を九十になる母に告げると、母は「何か笑うか泣くかするような顔つき」をし、息子の死を受け入れますが、孫たちにはそれは感じられません。夏から目を付けていた大きな熊に出会った時、小十郎の意識がいつもと違っていることを〈語り手〉は表現しています。こうです。

びしゃといふやうに鉄砲の音が小十郎に聞えた。ところが熊は少しも倒れないで嵐のやうに黒くゆらいでやって来たやうだった。犬がその足もとに噛(か)み付いた。と思ふと小十郎はがあんと頭が鳴ってまはりがいちめんまっ青になった。それから遠くで斯(か)う云ふことばを聞いた。

 鉄砲の音は「びしゃと」とあり、いつもとは違います。熊に殴られ、薄れ行く意識の中で小十郎に聴こえてくるのは「おゝ小十郎おまへを殺すつもりはなかった。」という熊の言(ことば)です。小十郎は「もうおれは死んだ」と思い、「ちらちらちらちら青い星のやうな光がそこらいちめんに見え」、「これが死んだしるしだ。死ぬとき見る火だ。熊ども、ゆるせよ。」とつぶやいて死んで行きます。熊捕り名人小十郎が熊から殺される末期の言(ことば)がこの「熊ども、ゆるせよ」であり、小十郎の生の内なる歴史を象徴する一語です。
 小十郎と熊たちは互いの身体を殺し合う関係でありながら生かされ合っている、この逆説、パラドックスが成立するのは、熊捕りの名人が熊と言(ことば)を共有することで、固有の顔を持った相手の熊の立場に立って生きる存在になり得ていたからです。それゆえ、熊たちも小十郎の立場に立ち、その亡骸を三日三晩、片時も動かず円陣を組み、鎮魂の祈りを回教徒のようにひれ伏して捧げるのです。微動だにしないのはその証、現れに外なりません。これを熊たちの姿と天体の運動とが清冽なコントラストをなす透明無比の美しさとして〈語り手〉は語り切ります。
 熊と小十郎、両者は魂の一体を成し遂げています。殺す者は殺されるという「因果」が、永劫の祈りで赦されていること、これこそが「狐けん」の比喩を用いて文明を斥け、宇宙の究極を信じる〈語り手〉の行き着くところであります。こうして物語は完結します。
 繰り返して確認します。小十郎の死に顔が「まるで生きてゐるときのやうに冴(さ)え冴(ざ)えして何か笑っているやうにさへ見え」るのは、殺し・殺される「因果」の次元を超える、異次元の時空へと転換しているからでした。この童話は前掲天沢氏が指摘していた「暗さ」や「悲劇」とは無縁です。小十郎の死後、九十の母と孫たちはこの山で餓死して死ぬのかどうかは直接語られていませんし、具体的に彼らの問題は残されています。しかし、そうしたことは貨幣経済から疎外される悲劇であり、〈語り手〉は貨幣経済事態を否定し、斥けているのです。こうした貨幣経済のもろもろのもたらす悲喜劇の総体を拒絶し、そのうえで、文明世界の進歩の果て、究極の光景に向かって、語っているのです。
 賢治と重なる〈語り手〉は、花巻の西北、実在するなめとこ山を素材にし、このように想像しました。

Ⅱ 死線を超えて

⑴ 危険な童話
 通常、ホモ・サピエンスである人間もまた生き物として子孫を残すことに究極的価値を置いてきたと言えるでしょう。それは人類に限らず、動植物・微生物に至るまで同様、生命の定めです。我々人類は、言語を持ち、道具を使って食物連鎖の頂点に立ち、自分たちは食料にされないための囲いを造り、「狐けん」の摂理から逸脱していたのです。人類の文明とは、大自然の宇宙のシステムに反した、命が蔑ろにされているシステムです。〈語り手〉から見れば、荒物屋が熊に勝つ人間の文明は、大宇宙の摂理に反しています。小十郎も町ではこれに組み込まれてみじめでした。
 欲望を限りなく増大させる貨幣という虚構、フィクションが社会を形成する不当なシステム、それに「大ていの人」が気付かないなか、〈語り手〉は「僕」と名乗って、熊の皮剥ぎ、肝採りを極度に恐れ、荒物屋の旦那に対し激昂し、嫌悪を吐き出します。他方、「私」と名乗って、小十郎と熊とが一体となって死の恐怖を超え、魂を響き合わせることを讃える、これが物語のラストでした。しかし、〈語り手〉自身が文明社会にいる以上、激昂して発した矢は自分の生の場に戻って、自身の根底に襲い掛かって来ます。ならば、その次が問われていました。この『なめとこ山の熊』のお話で見過ごされがちなことは、「私」が「僕」を自称して荒物屋の旦那を激しく非難する時、自身を相対化する言葉が一切見えないこと、「僕」の激昂が爆発すればするだけ、その言葉の矢が自身に返ってくることです。
 荒物屋の旦那の経済活動が成り立つのは、旦那の個人的なエゴの問題ではありません。我々人間集団における文明自体が持つもの、これらは人が生きるための方便で、荒物屋の旦那に激昂する「僕」もまた、自らの生の条件それ自体を相対化することが求められます。「僕」も荒物屋の旦那も同じ仲間だとの認識が必要なのです。それを引きずりながら、「狐けん」は荒物屋の旦那を斥けるばかりでなく、我々読者の一人ひとりもここから脱していく必要があることを示唆しています。

⑵ 「みんなのほんとうのさいわい」
 ここに語られたことは、次の『農民芸術概論綱要』「序 論」の次の箇所にそのまま重なり、『なめとこ山の熊』の全貌が一目瞭然です。

世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか
新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである
われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である


 自我の意識は個人から集団、社会、宇宙へと「進化」するという思想、ここで言う「世界」「ぜんたい」の「幸福」とは人類全体を指すのみならず、山川草木、星々まで森羅万象を包括する世界と「個」の関係にまで広がります。「世界がぜんたい幸福」とは、人類という枠組を超えて、銀河系を含む宇宙全体を一つの生命体、「一つの意識」と捉えた上での「幸福」でしょう。『なめとこ山の熊』の末尾、鎮魂の場と星々の運行する天体の大宇宙のコントラストはこれを描き出しています。本稿の冒頭に取り上げた「みんなのほんとうのさいわい」とはここに行き着きます。
 『なめとこ山の熊』の〈語り手〉の「私」は、人類に留まらずすべての生命を「みんな」の中に入れ、「殺される・食べられる」ことを究極的には受け入れる、小我を手放し、極限の大我に身を委ねることを理想の世界として語っています。しかし、そんなことを言えば、それはファシズムや全体主義に利用されかねない危険も孕んでいます。そもそも大いなるもののための死というイデオロギーは、ヒットラーや大東亜共栄圏の世界観に限りません。世界史は《神》の絶対性と《神》の絶対性の闘いの歴史なのです。それらと『なめとこ山の熊』が基本的に異なるのは、殺す相手の側に自身が立つ、自身が先に相手のために死ぬことで相手の生と自身が一体になる、この一体性が異なります。ここには互いに相手の中に生きる生の形があり、それがあの結末の奇跡の、宇宙の究極の姿、シーンを生じさせるのです。
 小十郎が熊に、熊が小十郎に語る言葉には一点のあいまいさも虚偽もありません。言葉と行為は完全に一つ、齟齬・ずれがないのです。自分が殺されることは則相手が生き延びること、相手の中で生かされることです。彼らが生きる生の条件は一枚の板に二人が乗れば沈む「カルネアデスの板」、相手を先に殺すか、自分を先に殺すかの選択にあり、この克服がここで語られていたのです。『綱要』の「結 論」の冒頭は「われらに要るものは銀河を包む透明な意志巨大な力と熱である…」とあり、これがそのまま〈語り手〉の、そして〈作品の意志〉なのです。