ふるさとでの二日目(10/15)は 朝から小雨模様でした
お天気悪いので上高地は翌日にして・・・さあ、どこへ行こうかな~
早朝から迷いました
木曽方面は電車の本数が少なくて日の短い時は移動しずらいし・・・
そんなことから篠ノ井線で姨捨へ行こうと決めました
稲刈りは終わってしまっただろうけれど
一度棚田を歩いて見て回りたいと思っていました
良い機会です
決めたら時刻表を調べて、早朝の松本駅へ急ぎました。
車窓に見えるのは長野道?
右)ミネゾ(アララギ)の実
この画像ではないですが
途中ずいぶん松枯れ現象が見られました
聖高原駅で電車のすれ違いの為しばらく停車中
何気なくホームに目をやると 観音堂が建っています
すぐ検索してみると
「開業時は麻績駅であったが、観光開発が進み「聖高原」の観光の発展を願い、
昭和51年に現在の駅名に改称した。
麻績は江戸時代、北国西街道の宿場として栄え、善光寺参りや伊勢参りで交通の要衝として賑わった。
長野鉄道管理局が国鉄時代に展開した「一駅一名物」の一環として
昭和62年3月に建立した観音堂で、聖観世音菩薩像が安置されている
「信濃三十三番観音札所めぐり」というものがあるのですが
第一番札所の仏眼山法善寺と第二番札所の楊柳山宗善寺が麻績村にあるということから、
麻績村の活性化と発展を祈願して村民の寄付により建てられたそうです」
ネットとは便利で、このようなことをすぐ教えてくれます
思いがけなく観音様を拝めて幸先がよさそう ですね。
小学校1年から3年生まで担任だった先生が麻績に住んでおられて
まだ子供だった5年生の頃と思いますが、近所の友達と一緒に、先生に連絡もしないまま
(昔の事で家に電話などなかったころです)
松本から篠ノ井線に乗って麻績まで尋ねて行ったことがありました。
先生はご家族で松本へ出掛けられて留守でしたが、先生のお母さまが相手して下さり
明日は帰って来るから泊っていきなさい と すすめられるまま泊らせていただきました
その夜は野沢菜漬けをおかわりして三人で楽しく話し込みました
翌日先生はご主人や子供さんと帰ってみえて、なつかしい先生に会えた事がうれしかったものです。
考えてみると、小さなころから怖いもの知らずで動き回っていたものですネ
泊めていただく事も家にどう連絡をしたのか、今では忘れてしまいました。
この時が篠ノ井線に乗った最初だったと思いだしました。
姨捨駅内部
この駅はスイッチバックで知られています
ホームから見た姨捨駅
スイッチバックしていく電車です
戻ってきました
善光寺平を見渡せる駅です
草地の色に見える所が棚田です
駅から松本方面へ向かって歩きます
二つ目の信号だったかナ?
奈良井宿でも見たかまぼこ型踏切です
踏切を渡ります
このかまぼこ型踏切を渡った左手が棚田への下り道となっていました