新潮文庫
1983年4月 発行
2003年10月 46刷改版
2010年6月 66刷
解説・井上ひさし
383頁
江戸期の橋は、現在の駅のようなもので、人々は橋を目当てに離合集散します
出会い、別れ、別の世界でもある橋の向こう側
様々な人間が行き交う江戸の橋を舞台にした10の物語です
設定が面白いと思ったのは
「思い違い」
主人公の源助は朝夕仕事の行き帰りに両国橋ですれ違う娘がいた
多分、源助とは橋の反対側に家と仕事場があるのだろう、と思っていた
気になっていたこの娘と、あることがきっかけで言葉をかわすようになった源助だったが、親方の娘・おきくとの縁談が持ち上がる
普通なら喜んでしかるべき話だったが、源助の気持ちの底にはあの娘の姿があったし、どうやらおきくの側にも事情があるらしい
源助の気持ちは娘に通じるのか、うまく縁談を断れるのか
他には
「約束」
5年後のこの時間、この橋で再会しよう、と約束した男女
この5年の暮らしを思い出しながらなかなか現れない女を待つ男
「小ぬか雨」
追われているという男を匿った女
ほんのわずかの時間だけだったが気持ちを寄せることができた男を見送り、人の程度が低い男と夫婦になる生き方を選ぶ
これが自分の人生なんだと
「赤い夕日」
出自を隠して商家に嫁いだ女
ある日、育ての父親が危篤という知らせを受ける
二度と渡るまいと決めていた橋を渡って父親の家に駆けつけるのだったが、それは女の家からお金を取ろうと目論む輩の罠だった
「小さな橋で」
父親は行方知れず
姉は男と駆け落ち
母は、寂しさから酒に溺れ男を家に引き入れるようになる
事情がよくわからないまま、大人の都合にに引きずり回される少年の心理
「氷雨降る」
一代で店を大きくした男だが、気づけば妻や息子に蔑にされているご隠居暮らし
そんな男が唯一気持ちを和ませることが出来るのが川向こうにある飲み屋だった
ある日、橋の上にじっと立っている女に気づいたのが男にとって幸せだったのか?
「殺すな」
船宿主の妻と駆け落ちした船頭
時が流れ、女は逃げ隠れする生活に嫌気がさしてきたらしく、頻りに昔の住まいの近くに引っ越したがる
女はやはり橋の向こうに戻りたいのだろうか
「まぼろしの橋」
小さい頃に橋の近くであるお店の主人に拾われて、そこの娘として育てられた女
おぼろげながら記憶にある実の父親が目の前に現れたこの老人なのだろうか
「吹く風は秋」
いかさま博打がばれて江戸を離れていた男が、ほとぼりも冷めた頃だろうと久しぶりに戻ってきた
女郎屋でひと晩一緒に過ごした女の身の上話を聞いて、また一仕事目論む男だった
「川霧」
橋で倒れたところを介抱したことがきっかけで一緒に暮らすようになったのだが、相手の女にはいろいろと込入った事情があるらしく、ある日ふと姿を消してしまう
人は、弱い心と強い思いを両方持ち合わせながら、時に現実に流され、時に困難に立ち向かい、大切な人の為に生きていくもの
橋の役割を十分承知したうえで語られた人間模様でした
優しさ、厳しさ、切なさ、強さ、弱さ
色んな要素がギュッと詰まっていて短編集でも読み応え十分でした。
藤沢作品、これからもボチボチですが読んでいきますね。