「バベルの塔」に出会ったのは小学生のころ。塔を拠点に超能力少年が悪に立ち向かう横山光輝氏原作の東映SFアニメ「バビル2世」を通じてだった。主題歌と共に砂嵐の中から姿を現す塔の映像が脳裏によみがえる。
同じ言葉を話していた人間が天まで届く塔を建設して神の意に反した--という旧約聖書創世記の逸話は後日知った。「そんな企てができぬよう言葉を混乱させ、聞き分けられぬようにしてしまおう」との神の意思で世界の多言語状況が生まれたとすれば、外国語の勉強で苦労するのも無理からぬ話だ。
今、一部の言語学者の間で「新バベルの塔」という表現が使われ始めている。米国覇権や英語の国際語化の流れに対抗して、ブリュッセルに本部を置く欧州連合(EU)が進める多言語政策を指す場合が多い。全加盟27カ国の言語をできるだけ平等に扱い、域内言語の学習で相互文化理解を促進する施策だ。
EUのラトビア人通訳、イエバ・ザオベルガさん(50)は03年に祖国の加盟条約調印式典を通訳した胸の高鳴りを覚えている。「ソ連から独立した国が10年余りで欧州クラブに仲間入りできるなんて」。ラトビア語の誇りを失わず、仕事で使う英語、フランス語に加え、今、スペイン語の習得に挑戦している。「私はラトビア人で欧州人」
日本では「英語も満足に話せないのに第2外国語に力を入れる余裕はない」が学生や教育者の本音だろう。だが、「全世界が英語だけ」になっては味気ない。知人の中には英語に対する苦手意識をばねにフランス語や中国語を習得した人もいる。バベルの塔を妨害した神様に感謝すべきかもしれない。(ブリュッセル支局)
毎日新聞 2008年10月13日 東京朝刊
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