わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

離れていても=磯崎由美(生活報道センター)

2008-03-26 | Weblog

 朝、お年寄りがおさげ髪の人形の手を握る。「おはよう」。孫の声が流れる。

 武蔵野美術大学通信教育課程を今春卒業した浦島沙苗(さなえ)さん(25)は卒業制作でこんなシステムを考案した。人形は端末で、離れて暮らす家族の画像や声を記録している。手を握ったことは家族の携帯電話にメールで伝わり、元気でいると分かる。家族が動画を送ると人形が抱えている画面に映し出され、お年寄りも子や孫の様子を見られる。

 人形を選んだのは、認知症が進んだ人でも逆さにしたりせず、子どもをあやすように大切に抱くのだという話を聞いたからだという。

 この作品には、幼いころ離婚した両親の代わりに育ててくれた祖母(84)への思いがこめられている。町工場で働き、還暦を過ぎて再び苦労する姿を見て、「老後は私が世話をする」と思ってきた。

 大学に通いながらヘルパーの資格を得て働いていた時だった。祖母が突然倒れた。在宅介護の日々が始まる。介護のことはよく知っていたはずなのに、声を荒らげてしまう。「こんなに大好きなのに。もうどうにもならない」

 昨秋、知人に介護施設を紹介された。苦しみからは解放された。これで良かったんだとも思ったが、どこか寂しかった。きっと祖母も同じだ。

 介護が必要な親と離れて暮らさざるを得ない人が増えている。「せめて日常の中でお互いの存在を感じることができたら」という彼女の願いに共感する人は多いはずだ。

 「おばあちゃんが元気なうちに実用化したい」。沙苗さんは協力してくれる企業を探している。




毎日新聞 2008年3月26日 0時05分


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