「大使とは、自国のためにうそをつくよう外国に派遣された正直な人物である」。英国の外交官、ヘンリー・ウォットン卿(きょう)(1568~1639年)は戯れに書き記し、ジェームズ国王の怒りを買った。
自国を売り込むセールスマンとしての大使の職務を誇張した警句だろう。首脳外交の比重が増したとはいえ、現代でも、相手国の要人と日々、接する大使の役割は重要だ。
オバマ米政権が主要国に送る大使の顔ぶれが決まり始めた。日本は大統領選の資金集め役を務めた弁護士のジョン・ルース氏。中国には共和党の中国通、ジョン・ハンツマン・ユタ州知事を配した。
ハンツマン知事は共和党の次期大統領選候補とも目されていた実力者。「オバマ政権の中国重視姿勢の表れ」として米中2大国(G2)による世界管理論が熱を帯びる。
欧州連合(EU)の動きを追う中でも中国の存在が大きくなっているのを感じる。良きにつけあしきにつけ、中国が話題に上るケースが多い。
欧州委員会が指弾する「危険な玩具」の多くは中国製だし、欧州議員は中国の人権抑圧を非難する。だが、世界経済の回復に向けてEUが期待を寄せるのも「世界の成長センター」の中国だ。
先週、プラハでEUとの首脳会議に臨んだ中国の温家宝首相は「米中だけで世界が管理されるという見方は間違っている」とG2論を否定し、「これからは多極化世界」と欧州の自尊心をくすぐった。
米中に日本、欧州、ロシア、インドが絡み、世界は群雄が割拠する戦国時代の様相だ。各国が国益に応じて連携相手を変え、しのぎを削る。激しさを増す外交の荒海を行くには、仲間を集める求心力と、確かな羅針盤が必要だ。(ブリュッセル支局)
毎日新聞 2009年5月25日 東京朝刊
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