大阪・北新地のバーで。店の女性が「こないだね」と、こんな話を聞かせてくれた。
前に勤めていた店で、この仕事を一から教えてくれたママが、体を壊してやめることになり、ねぎらいに行った時のこと。「かっこいい先輩でいられなくてゴメンね」と笑うママに、「今度、飲みに行きましょうよ」と誘うと、こう言われたという。「あなたは現役なんだから、仕事でお酒を飲みなさい」
最後まで、北新地のママを貫こうとする気概に感じ入った。思えば、北新地で飲み始めたころ、こっちの背筋が思わず伸びるようなママが多かった。といって怒られるわけではなく、笑顔で頭を下げてくれるのだが、意地とか張りとか、見えない内側のものが、こちらにも伝わっていたのだろう。
北新地は戦前、お茶屋が軒を連ねる花街だった。今もお茶屋は少ないながら残り、芸妓さんも14人いる。
この夏、往時の花街の話を聞き歩いたのだが、かつての大阪四花街で最も格が高く、「実の北」と評された北新地の意地が残っていた。名妓とうたわれたお茶屋の女将(おかみ)が音もなく座敷に入ってくると、客は居住まいをただしたという昔話を聞くにつけ、ここはそういう街だったんだと思う。
ビル街に様相を変えた北新地から、張りのあるママが姿を消していく。それも時代と言うはやすいが、街は変わっても、変わってほしくないものもある。街のにおいや魅力とは、そこに息づく人の醸し出すものやらなんやらが溶け合ったところにあるんではなかろうか。酔眼朦朧(もうろう)としながら、そんなことを思った。(社会部)
毎日新聞 2008年10月19日 大阪朝刊
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