わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

ことばの力=福島良典

2008-10-23 | Weblog

 パリ勤務時代、市役所前広場に行けば彼女に会えた。元コロンビア大統領候補イングリッド・ベタンクールさん(46)。解放を待つ支援者が掲げた肖像写真は凜(りん)とした笑みをたたえていた。選挙運動中、左翼ゲリラ「コロンビア革命軍」に拘束され、人質生活は6年半に及んだ。

 学生時代をパリで過ごし、フランス国籍も持つ。いち早く解放要求の声を上げたのは欧州だった。今年7月、コロンビア政府の救出作戦が成功し、自由の身に。今月、欧州連合(EU)の欧州議会に招かれて演説した。訴えたのは「ことばの力」だ。

 「(ゲリラの)蛮行を指弾するあなた方の声をジャングルの奥でラジオから聞き、希望の灯がともった」「武器はことばの力だ。ことばで憎悪と闘い、対話で戦争に終止符を打てる」。最後に、捕らわれたままの仲間の名前を一人ずつ読み上げた。目頭が熱くなった。議場でも涙をぬぐう議員が少なくなかった。

 舞台が欧州議会だったのは象徴的だ。議会の英語名パーラメントの語源はフランス語の「話す」。市民の声を代弁し、民主主義と人権を守る「ことばの殿堂」であることを示す。

 世界議会にあたる国連総会で世界人権宣言が採択されて60年。宣言には「理性と良心を授けられた全人類は互いに同胞の精神で行動しなければならない」とある。だが、地上に争いは絶えず、人権侵害も続く。

 「アフリカの紛争地を訪れ、難民の母子を抱きしめたい」。ベタンクールさんは人質時代の疲弊を乗り越え、女性闘士の顔を取り戻した。ことばの力で復活した彼女にならい、ささくれだった世界を癒やす人間の可能性を信じたい。(ブリュッセル支局)




毎日新聞 2008年10月20日 東京朝刊

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